主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1

第一章 友達がいらなければ、バイトをすればいいじゃない ⑥

◇ ◇ ◇


「なぁ、明日の土曜日だけど、みんなで親睦会をしないか?」


 翌日の昼休み、教壇の前に立った月山がイケメンオーラ全開でそう言った。

 さすが、現時点では女子生徒ほぼ全てのハートをキャッチしているナイスガイ。一斉に女子生徒達が「賛成!」「絶対やろう!」と月山の提案に乗り、男子生徒達も「まぁ、暇だしいいけど」「仕方ないから付き合ってやるよ」なんて、まんざらでもない返事をしている。


「オッケー。それじゃ、みんな出席だと思っていいか? 不参加の奴のほうが少なそうだし、どうしても来れないって奴だけ手を挙げてくれ」


 ちっ。悪気はないのかもしれないが、厄介な言い回しをしてくるな。

 これだけクラスの注目が集まっている中で、欠席を伝えるために手を挙げるというのは、かなり勇気のいる行為だ。それこそ、本当は行きたくなくても手を挙げにくい。

 できれば先駆者がいると有難いと思って周りを見渡すが、誰も手を挙げない──というか、乗り気じゃない少数は、「誰か手を挙げろよ。そしたら、便乗するから」という情けないオーラを全力で放っている。知ってるよ、一度目の人生でもそうだったからな。


「よし。全員出席だな。じゃあ──」

「あ〜。ごめん」


 自分の中に残された勇気を必死にかき集めて、俺は手を挙げた。

 一斉にクラス中の注目が集まり、軽い吐き気を催してしまう。耐えろ、耐えるんだ。


「どうした? えっと……」


 どうやら、月山はまだ俺の名前を覚えていないらしい。一応、自己紹介はしたんだけど、月山にとって俺は覚えるに値しない脇役野郎なんだろう。ありがとう、そのままで頼む。


「石井だ。ごめん、俺はその日に予定があるから欠席させてもらうよ」


 天田は驚きの眼差しで俺を見つめ、俺と同じく欠席しようとしていた奴らは、「自分もその戦法でいこう!」とキラキラした眼差しで見つめている。

 だが、月山はこれだけで済ます程甘い男ではなかった。


「予定って?」


 満面の笑顔で聞いてきているが、目が笑っていない。「全員参加の空気だったろうが」と言わんばかりのオーラを溢れさせているのが俺には分かる。ここで物怖じしていてはダメだ。


「その日、バイトの面接があるんだ」

「バイト?」

「ああ。うちは小遣いが厳しいからさ、高校生になったらバイトをしないと結構しんどいんだ。その……情けない話だけど、親睦会に参加する金すらない」


 俺の今月の小遣いは、昨日の帰り道にコンビニで買ったユズのポテトチップス代と、ユズのジュース代と、ユズの筆記用具代と、ユズの揚げたてチキン代によって消滅した。

 お年玉貯金を崩せば何とかなるが、いついかなる時にユズへの供物が必要になるか分からない以上、無駄遣いをするわけにはいかない。

 どうだ、月山。社長の息子であるお前には、金がないという概念がなかっただろう?

 だが、庶民は違うんだよ。少ない小遣いで自分のやりたいことをやり繰りしているんだ。


「そっか。なら、仕方ないな!」


 よし。今度は、ちゃんと敵意のない笑顔を引き出すことに成功したぞ。

 そんな俺に続いて、他の連中も「俺も予定が……」と名乗りを上げたが、月山から「はいはい、乗り気じゃないからって噓つくなぁ〜。こういうのは、みんなで参加するからいいんだよ」とあっさりと辞退自体を却下されていた。ざまぁ。

 ただ、そんな中でもう一人、静かに手を挙げる人物がいた。


「私も不参加」


 これは、いったいどういうことだ? なぜ、氷高が親睦会を欠席する?

 一度目の人生では、氷高も参加していたじゃないか。


「えっと、氷高はどうして?」


 脇役男子相手には強気に出られる月山も、氷高には弱腰な態度。

 俺は絶賛混乱中。なぜ、一度目の人生と違うことが起きている?


「行きたくないから」


 さすが、氷の女帝。クラスの空気などお構いなしに、自らの意志を貫いているぜ。

 ここまでハッキリと言われてしまったら、月山も反論はしづらかったのだろう。

 加えて、何人かの女子は、氷高が来ないことに喜びの感情を覗かせている。

 恐らく、月山と氷高の関係が深まるのを嫌う連中だ。

 しかし、なぜ氷高は……もしや、俺のせいか? 俺が不参加と言ったから、自分も便乗して不参加にした。おいおい、随分と狡いことをするじゃあないか、氷の女帝さんよぉ。


「まぁ、乗り気じゃないなら仕方ないな! うん! 分かった!」


 これ以上、クラスの空気を悪化させたくなかったのか、月山は笑顔で氷高の不参加を受け入れた。「俺達の意見は無視したくせに」と一部の男子から睨まれているが、お構いなしだ。

 ま、俺も不参加になったし関係ないなんて思っていると、月山がそばに寄ってきた。


「なぁ、石井。よかったら、連絡先教えてくんね?」

「へ? 俺の?」


 一度目の人生で、俺は最後まで月山と連絡先の交換なんてしなかった。

 なのに、どうして俺の連絡先を……。


「親睦会に来られないなら、写真だけは送ろうかなって思ってさ」


 うっ! わざわざ、そこまでしてくれるのか……。

 まぁ、乱暴なところはあったけど、正義感の強い奴ではあったしな……。


「ああ。分かった……」

「サンキュ!」


 もしかしたら、俺は月山という男を少し誤解していたのかもしれない。

 こいつは、傍若無人な側面もあるが、根は正義感の強い奴だったじゃないか。

 そりゃ、父親の権力を利用して父さんをクビにした件については今でも恨んでいるけど、あれは誤解から生じた暴走。悪い印象ばかり持って、ごめ──


「じゃあ氷高、お前の連絡先も教えてくれ! 写真を送りたいから!」


 排水溝に溜まった残飯以下のゴミクソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 利用しやがったな! この俺を利用しやがったなぁ! お前のその下らねぇ欲望を満たすためだけに俺の連絡先を聞くとか、随分と股間に忠実な奴だなぁ、ああん?


「嫌。そういうの、迷惑」

「あ、はい……」


 ざまぁぁぁぁぁぁぁ!! はい! ざまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 今だけは、全力で氷高を賞賛してやりたいね! よくやったぞ、氷高!


「「「「「月山君、私にも連絡先教えて! 写真を送るために!!」」」」」

「うわっ! わ、分かったよ……。とりあえず、落ち着いて……」


 策士策に溺れるたぁ、このことよ!

 無様に断られた月山に、月山の連絡先を狙っていた肉食獣達が一斉に群がっておるわ!

 いいぞ! そのまま残飯を食らい尽くして、クソとして排出してやれ!

 そんな満足感に浸っていると、天田が語り掛けてきた。


「マジかぁ〜。石井、来ないのか……」


 そんな、猛烈にガッカリされることではないと思うのだが?

 まるで、恋人と会えない男のようなリアクションじゃないか。


「悪いな。だが、俺にとってバイトは非常に大切なことなんだ」

「あ〜、いいよ、いいよ。ところで、どこでバイトすんの?」

「知り合いに来られるのとか絶対に嫌だ。教えない」

「え〜! ケチケチすんなよ。俺と石井の仲だろ?」

「ハブとマングースにも劣るが?」

「ひどすぎない!? いいじゃないか! 教えてくれよ!」


 ええい、しつこい奴だ。そんなに何度も、教えてコールをしてくるんじゃない。

 これは厄介だぞ。ただでさえ、昨日も俺は天田に対してそれなりに険悪な態度を取ってしまっている。さらにここでも拒絶の姿勢を見せてしまうと、悪印象を抱かれる可能性がある。

 そうなると、俺は空気脇役ではなく悪役脇役になって、また家族が……くそ。


「地元のコンビニだよ……。けど、これ以上は教えないからな」

「コンビニ? なんか面白くないな」

「知るか」


 俺は比良坂高校までは電車通学で、天田と氷高も電車通学。

 幸いなことに、天田と氷高とは比良坂高校の最寄り駅を挟んで、反対方向。

 つまり、俺の地元に来るには、天田からしたら結構な手間になる。

 しかも、『地元のコンビニ』という情報だけでは、店の特定は難しいだろうからな。

 このぐらい、ギリギリセーフだ。最悪、店に来ても無視すればいいし。


「悪かったって。まぁ、採用されるといいな! 応援してるぞ!」

「ああ、サンキュ」


 少しだけ計画とは変わってしまったが、及第点の結果ではあるな。

 これで、余計なイベントからは逃げられるし、これからも絶対に避けたいイベントの時は、「バイトがあるから」で逃げることができる。

 元々、学校で友達を作るつもりはなかったからな。バイト先で友達を作ろう。

 待っていろよ、まだ見ぬ我が同僚達よ。


◇ ◇ ◇


 ──土曜日。


「「…………」」


 今日は一〇時から面接がある。だから、少し早めの九時五〇分頃着を目安に俺は家を出て、目的地であるコンビニに到着した。

 ここまではいい。全て予定通りだ。だが、明らかに予定外の事態が発生した。

 超絶緊急事態だ。まだ採用も決まってないのに、今すぐにでも転職をしたい。

 なぜだ……。なぜ、ここに……


「何をしていらっしゃるので?」

「面接、受けに来た」


 氷高命がいるのだ!?


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