主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第二章 ストーカーとは、アグレッシブな努力をする変人のことである ①
天田のラブコメと関わり合いにならず脇役として見届けるため、魑魅魍魎渦巻く比良坂高校での人間関係構築を避けるため、俺は地元のコンビニでアルバイトをしながら、新たな交友関係を得ようとウッキウキで面接へと向かった。
そして、面接会場兼将来の勤務先であるコンビニに着いたら、あらビックリ。
天田ラブコメのメインヒロインである氷高命が、そこに立っていたのだ。
しかも、事もあろうか面接を受けに来たと言っている。
「…………」
すごく怖い。
この人、さっきから一言も喋らずに、無言で俺を睨みつけてるんだぜ?
「あの、さ、そろそろ面接の時間だから、行ってもいいかな?」
「ん」
尋ねると、小さな返事と小さな頷き。
了承を得られた俺は、逃げるように店内へと駆け込んだ。
面接では、どうしてこの店を選んだか聞かれたり、週にどの程度働くことができるかを聞かれたりしたので、家から近かった、毎日入れると伝えた。ただ、稼ぎ過ぎると税金がかかるという情報を得ていたので、そのラインは超えない範囲でだ。
面接での感触は非常に好印象──というか、その場で採用が決まった。
店長さんは、「じゃあ、明日から来てよ。新人研修やっちゃお」と言ってくれたので、俺は胸をなでおろしてコンビニの事務所から退室した。
すると、次の面接のためになぜか事務所のドアに密着していた氷高がいたので、その体に触れないよう慎重かつ迅速に逃亡しようとしたのだが、すれ違いざまに「待ってて」と言われてしまった。聞こえなかったフリをしては、ダメだろうか?
残念ながら、そんな度胸を持ち合わせていなかった俺は、やむを得ず店外へ出て待機。
約一五分後。面接を終えた氷高がコンビニ内をウロウロと探索した末に、店の外にいる俺の姿を発見して、こちらへとやってきた。
「…………ありがと」
「いや、別にいいけど……」
目の前にやってきた氷高は、やはりとてつもない美人だ。
私服姿を見ることなんて滅多にないので、うちのクラスの連中からしたら、相当なレア状態の氷高と俺は接していることになるのだろう。で、なぜ俺を待たせていた?
「…………」
沈黙が重い。待てと言われたから、待っていたんだぞと心の中でだけクレームを入れる。
耐え切れず、俺は質問した。
「その、面接はどうだった?」
「合格。明日から研修。そっちは?」
なんということでしょう。氷高さんが、質問を飛ばしてきましたよ。
いつも何を聞いても冷淡な返事しかせず、文字数も少なめなのに、まさかの一〇文字オーバーのお言葉をいただくとは、明日の天気は斧か?
「合格したよ。明日から研修だ」
「────良き」
「え?」
何か小さく言葉を漏らしていたが、小さすぎて聞こえなかった。
ただ、それ以上追及されたくないのか、氷高は凄まじく鋭い眼差しで俺を睨んできた。
ものすごく怖い。
「何でもない。時間は?」
「えっと、一〇時から一八時で……」
「同じ」
マジ勘弁して下さいよ。ウキウキで同年代の同僚と友達になれたらと思っていたのに、こんなドキドキの危険人物が来るなんて聞いていないぞ。
「その……。なんで、このコンビニで働こうと思ったんだ?」
「…………っ!」
こわっ! 氷高の目が、とてつもない勢いで見開かれたよ。
そんなに聞いちゃいけないことだったか?
「近かったから」
噓つけ。お前の地元は、ここから電車で軽く三〇分はかかる距離だろうが。
軽いバイトにしては遠すぎる距離だろうに。意味が分からん。
どうして、よりにもよって氷高が同僚になるんだ? 一度目の人生では、氷高はアルバイトも部活もせずに、いつもすたこらさっさと帰っていたじゃないか。
そのくせ、クラス全員が参加するイベントにだけはなぜか必ず参加していて……。
「あのさ、氷高……さん」
「なに?」
パチパチと綺麗な瞳を瞬きさせながら、俺を見つめる氷高。
こうして至近距離で見ると、天田を含めたうちのクラスの男子連中が夢中になるのもよく分かる美貌だ。実際、俺も氷高が好きだったしな。
天田程、強い気持ちがあったわけじゃないけど……って、今は美貌に浸るんじゃなくて、ちゃんと言うべきことを言わなければ。
「できれば、同じバイト先で働いてることは内緒にしてほしいんだけど……」
「…………っ!」
強張った表情。俺からの頼みというのは、そんなに聞きたくないのか。
まぁ、一度目の人生でもメチャクチャ嫌われていたのは知ってるけどさ……。
「嫌、なの?」
正直に言わせてもらえば、ものすごく嫌だ。
一度目の人生に於いて、氷高が俺へ害を為したことは一度たりともない。
だけど、氷高はあの天田の想い人なんだ……。
「嫌っていうか……」
「…………」
嵐の前の静けさとは、今の氷高のような状態を言うのかもしれない。
いいや、ビビるな。恐れて逃げ出してしまったら、俺だけじゃなく家族が死ぬ。
言うべきことは言う。拒絶されたら、対策を考えればいい。
「その、あんまり学校の奴らに、ここで働いてるって知られたくないんだ」
「…………ごめんなさい」
はて? 今のは幻聴か? あの氷高命が、俺に謝罪をしているぞ。
明日の天気は、斧のち隕石か?
「別に氷高が悪いわけじゃないよ。ただ、二人だけの秘密にしておきたいというか……」
「────っ!」
氷高の顔が、分かりやすく真っ赤になった。
やばい。ただでさえ、ブチギレ寸前の氷高に新たな燃料を投下してしまうとは。
「────き」
「へ?」
「すごく良き」
いったい、この子は何を言っちゃっていらっしゃるので?
俺の発言のどこに、良き要素があったのか詳しく説明していただけません?
「分かった。秘密にする。ふ、ふ、二人だけの……ふ、ふ、ふひひひみみみみ……」
あらやだ、ホラー。笑顔が怖すぎるんだけど……。
「助かるよ。その、氷高は目立つから苦労するかもだけど、できる限りフォローはするから」
「目立つ? どうして?」
本気で首を傾げていらっしゃるので?
「氷高は相当な美人じゃないか。だから、目立つって話」
「!?!?!?!? !!!??!! !?」
ちょっと何言ってるか、ほんとに分からない。
「今日は良き日。……素晴らしき良き日」
実は氷高って、大分面白い性格をしているのでは?
「分かった。石井か、か、かかかずずきぃがそう言うなら気をつける。対策もする」
俺の名前、そんなエキセントリックじゃない。
「じゃあ、明日もよろ──」
「待たれよ」
「なんぞ?」
立ち去ろうとしたら、遠慮がち且つ力強く服の裾を摑まれた。
「あの……。えと……。その……」
なぜ、彼女は俺を怯えさせることに余念がないのだろう。
もしかして、対価を要求されるのだろうか? 内緒にしてやるから、給料の半分をよこせ。
そんな恐怖に震えていた俺だが、氷高は中々口を開かない。三分程沈黙した後に、モジモジと鞄を漁り始めるとスマートフォンを取り出して、俺へと向けてきた。
「連絡先。秘密の共有者なら交換するべきだと私は思う」
私は思わない。声を大にしてそう言える勇気を、世界中からかき集めたい。
「分かった。じゃあ……」
やむを得ず、スマートフォンを取り出して、氷高と連絡先を交換する。
すると、目の前にいるにもかかわらず、氷高がスタンプを送ってきた。可愛らしい雪だるまのイラストに「よろしく」というメッセージとハートマーク。すごく、キャラに合っていない。