主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1

第二章 ストーカーとは、アグレッシブな努力をする変人のことである ②

 視線で『返事をよこせ』と促された気がしたので、俺もスタンプを送る。おにぎりのイラストによろしくと☆マーク。それを確認すると、氷高が小さく微笑んだ。

 まるで絵画のように整った笑顔だ。心なしか、後光すら見える気もする。


「よろしく」

「あ、ああ……」


 そこでようやく満足したのか、氷高は足早に去っていった。

 残された俺は、茫然と氷高の後ろ姿を眺めながら、


「どうして、こうなった?」


 唐突に訪れた、絶望的な状況に嘆くことしかできなかった。

 なお、その日の夜まで待っても、月山から親睦会の写真が送られてくることはなかった。

 やはり、あの発情残飯は氷高の連絡先を知るためだけに、俺の連絡先を聞いたようだ。


◇ ◇ ◇


 日曜日。俺が初出勤のためにコンビニへと向かうと、すでに氷高は到着していた。

 到着していたのだが、格好が昨日とはまるで異なるものになっている。


「……どう?」


 普段の氷高とは随分と違う、三つ編みに眼鏡をかけたスタイル。

 どうして、こんなことになってしまったのだ?


「対策。これで、比良坂高校の人が来ても私ってバレない」


 名札って知ってる? 君の胸元には思い切り「ひだか」って書かれた名札が装着されているんだ。それで、どうやって正体を隠すつもりだい?


「どう?」


 再び、同じ質問。俺の返答を待っているようだ。


「えーっと、良く似合ってると思う」

「ん」


 返事に満足したのか、氷高は表情をさほど変化させずにピースを向ける。

 多分、喜んでる……のだと思う。


「君も似合ってる」


 それは、コンビニの制服のことだろうか? 褒められても、あまり嬉しくない。


「ありがと。その、今日から一緒に頑張ろうな」

「ん」


 果たして、俺は無事に今日という日を乗り切れるのだろうか?


◇ ◇ ◇


「──って感じで、古い商品を前に、新しい商品を後ろに並べるの」

「分かりました」「はい」


 研修初日、俺と氷高は中年女性の店長から業務についての説明を受けていた。

 商品の陳列やトイレ掃除、中華まんやフライの作り方、そしてレジの使い方についてだ。


「ひとまず、今日はレジを集中的にやってみて。タバコの銘柄は、分からなかったら番号でお願いしますって伝えれば大丈夫だからね」


 レジの背後に並んだタバコは、全部で一〇〇種類以上。

 熟練のコンビニ店員は、これらの名前も全部覚えているのだろうか?

 そんなこんなで、始まったアルバイト初日なのだが……


「お待ちのお客様、こちらへどうぞ!」


 そう言うと、一部の男性客がものすごく嫌そうな顔をして俺のレジへとやってくる。

 余計なことをしやがってという気持ちを、まるで隠す気がない。

 このコンビニには、レジが全部で三つある。うち一つは現在稼働していないが、残りの二つにはそれぞれ俺と氷高が立っている。そして、男性客のほとんどは氷高を見た瞬間に、俺ではなく氷高のレジへと向かっていくのだ。おかげで、俺のレジはスッカスカなのに、氷高のレジは長蛇の列ができるという、珍現象が発生していた。


「お願いします!」

「よろしくお願いします!」

「ねぇ、よかったら連絡さ──「おい、終わったならどけよ!」──くそう!」

「おねしゃす!」


 まだ初日なのに、いきなり大勢の客を捌くことになった氷高は大変そうだ。

 自分のレジだけどうして混雑しているか理解できていないようで、困惑した表情を浮かべながら、懸命にレジにバーコードを読み込ませている。


「これが、新人いびり……」


 違います。

 その間、俺は高齢の客の対応をしていた。


「マイセンスーパーライトで」

「すみません。番号でお願いします」

「あぁ、27番だよ」


 客から番号を聞いて、27番のタバコを取りに行くとスーパーライトと記載はされているのだが、マイセンなどという名前ではなくメビウスと記載されていた。

 これがどうしたら、マイセンなどという名称へと変化していくのだ。

 タバコには、謎が多いぺこ。

 そんなこんなで、レジ業務に就いて二時間が経過した頃に店長がやってきて、「氷高さん、休憩に入って」と告げたところで、ひっきりなしに客の相手をしていた氷高は事務所へと向かっていった。

 すれ違い様、「頑張って」と小さく声をかけられたので、「ありがとう」と返す。

 まさか、氷高が俺を労うとは。別人では?

 それから三〇分後、休憩を終えた氷高が戻ってきたので、入れ替わりで俺が休憩に。

 先程応援をしてもらったお返しに俺からも「頑張れよ」と伝えると、「ん」と小さな返事だけが返ってきた。

 コンビニの事務所というのは俺が思っていたよりもずっと狭く、二畳程度の広さで、その内の半分をテーブルとパソコンが占めている。

 なので、俺は作業の邪魔にならないように隅っこに腰を下ろして、スマホを確認する。


『アルバイト、どう?』


 ユズからのメッセージを確認して、思わず顔がにやついてしまう。

 あぁ、こんな風に俺を心配してくれるなんて、なんて素晴らしい妹なんだ。

 待っていろよ、ユズ。お兄ちゃんのバイト代は、ユズへのお布施と将来何かトラブルが起きた時のためにちゃんと貯金をしておくからな。


『バッチリだ! お土産、何が欲しい?』

『パパに頼んだから平気。カズに頼むと、こないだみたいに大量に買いそうだし』


 くう! いらぬ気遣いをしおって!

 可愛いなぁ! 俺の妹は、本当に可愛いなぁ!

 ニヤニヤとスマホを眺めていると、店長が話しかけてきた。


「んふふふ。石井君、嬉しそうな顔だねぇ〜。彼女?」

「いえ、妹です」

「あ、そうなんだ。仲が良いんだねぇ」

「はい。たとえ世界が滅亡しようとも、今度こそ妹だけは守ってみせます」

「まるで、世界の滅亡を経験してきたみたいな言い方だね……」


 家族の滅亡は経験済みですから。

 だからこそ、二度目の人生では絶対に失敗しないように立ち回るつもりだった。

 だが、随分とおかしいことになっている。

 まだ二度目の人生がスタートしてから四日しか経過していないが、一度目の人生とは異なる展開が発生しているからだ。

 もちろん、俺が一度目の時と違う行動を取っているからというのは分かる。

 天田との友人関係やクラスの親睦会を避けられたのは、目論見通り。

 氷高が俺と同じバイト先で働くことになったのは、目論見外。

 これが、バタフライ・エフェクトというものなのだろうか?

 いや、まぁいい。起きてしまったことを悔やむよりも、今度の対策を考えよう。

 幸いにして、氷高は同じコンビニで働いていることを内緒にしてくれるみたいだ。

 ただ、学校ではどう接すればいい? 俺は、氷高に声をかけるべきなのか?

 ダメだ。危険すぎる。氷高に声をかければ、確実に天田もついてくるだろうし、同じバイト先だと知られた日には、天田はありとあらゆる理由をつけてこのコンビニへやってくるだろう。

 そこで、俺を巻き込みつつラブコメが展開されれば、最悪の破滅イベントが発生する可能性が激高。あぁ、今思い出しても全身が身震いする。

 あのドぐされ女は、入念に俺を陥れる準備をしていたようで、無実の証拠を探そうとしても何一つ見つからなかった。恋愛に頭をやられた女の恐ろしさを、体に教え込まれたよ。

 っていうか、天田も少しは俺を信じてくれよな。それなりに仲良く過ごしていたわけだしさ、最初から何も聞かないスタイルでこないでくれよ。あんな経験は二度とごめんだ。


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