主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1

第二章 ストーカーとは、アグレッシブな努力をする変人のことである ③

◇ ◇ ◇


 一七時。そろそろバイトも終盤で、あと一時間でようやく解放される。

 コンビニバイトで一番しんどいのは、客の少ない時間にレジに立っていることだった。

 とにかく、やることがなくて暇。

 かといって、雑談で時間をつぶそうにも一緒にいるのは氷高で話しかけづらいし、そもそも勤務中に雑談をするというのはクレームの元にもなる。

 だから、タバコの補充をしたり、無駄に商品を丁寧に陳列したり、少しだけ減った中華まんを補充したりして時間をつぶしていた。

 そんな中、氷高はタバコをジッと見つめて、懸命に銘柄を覚えようと努力していた。

 タバコを注文する客は大まかに、番号で注文、正式名称で注文、略称で注文の三種類に分かれており、一番厄介なのが略称で注文する客だ。

 マイセンという意味不明な略称を筆頭に、キンマル、セッター、アメスピ、ロンピー。

 時折、同じタバコなのに別の略称で言われた時は、意味が分からないと困惑したものだ。

 ともあれ、無事にバイト初日も終盤。あと少しで解放だ。

 そんなことを思っていた時、店の自動ドアが開き見知った顔が入ってきた。


「…………あっ! ……やほっ」


 俺を見つけると嬉しそうに微笑み、小さく手を振る上機嫌な中年男性。……父さんだ。

 ついでに、隣のレジの氷高を見て少しだけ驚いた表情を見せていたが、すぐさま気を取り直して、いくつかの商品を手に取り、俺の立つレジの前までやってきた。


「お願いします!」

「レジ袋はご利用になりますか?」

「お願いしま〜す!」


 ウッキウキである。まったく、父さんは仕方ないな。


「来てくれてありがとな、父さん」

「来たくて来ただけだよぉ〜。和希君が頑張ってるところはちゃんと見に来ないとね! それにしても、同僚の子すごい美人さんだね! 和希君の彼女かい?」

「初日で同僚に手を出すってやばいと思わない?」

「そうだねぇ〜。早朝に涙と鼻水と涎でスーツをトッピングされるくらいやばいかも」


 その節は、大変ご迷惑をおかけしました……。

 父さんが買ったポテトチップスとジュース、それにいくつかのつまみをレジ袋に詰めようとしたら、いつの間にか隣にやってきていた氷高にレジ袋を奪われた。


「袋、詰めとく。お会計、やって」

「あ、ああ……。ありがとう……」


 手が空いている時は袋詰めを手伝うよう言われていたが、並んでる客はいないし別に手伝わなくてもいいと思うんだが……氷高も暇だったのだろう。黙々と商品を袋に詰めている。

 なぜか、父さんに向けて胸元をやけにアピールしながら。ハニートラップか?


「ひだかさんって言うんだね。和希君とはお友達?」

「今のところは」


 俺と氷高はお友達だったのか。そして、今のところはなのか。

 将来的には友達関係ではなくなり、破滅へと導くということか?


「和希君、やったね!」


 何も祝われる要素がなくて困る。父さんは何をウキウキしているのだ。


「ひだかさん、和希君をよろしくね。変なところもあるけど、すっごくいい子だから」

「はい。お義父さん」


 心なしか、「お父さん」に随分と力が籠もっていた気がしたが、気のせいだろうか。

 会計を終わらせて商品を氷高から受け取ると、父さんは満足げに「二人とも頑張ってね」と告げて店から去っていった。

 バイトの残り時間は、三〇分。父さんも帰り、袋詰めを終わらせた氷高は自分のレジへと戻るかと思っていたのだが、まだ横に立っている。そして、次のお客さんがやってきた。


「袋はどうされますか?」

「いりません」

「…………なんとっ!」


 女性客から袋を必要としない旨を告げられると、氷高は凄まじく残念そうな顔でトボトボと自分のレジへと戻っていった。


◇ ◇ ◇


 一八時になり、最後のお客さんの対応を終えたところで、俺と氷高の研修初日は終わった。二人で事務所に戻り、制服を脱いで私服に戻る。

 すると、店長が上機嫌に俺達へ語り掛けてきた。


「二人とも、お疲れ様。初めてで色々大変だったでしょ? 今日はゆっくり休んでね」

「はい。ありがとうございます」

「はい」

「お腹空いてたら、廃棄弁当食べてもいいよ。本当はダメなんだけど、お家に持ち帰らない分にはいいかなって。結局、捨てちゃうだけだしねぇ」


 廃棄弁当をタダで食べられるのはコンビニバイトの醍醐味だと思っていたが、実際は禁止されているのか。まぁ、俺は家も近いし必要ないか。


「あ、俺は大丈夫です」

「私も平気です」

「へぇ〜。珍しいね。うちにバイトに来る子はこれを楽しみにしてる子が多いのに」


 気さくな店長というのは、非常に有難いな。

 これで厳しい人だったら、少し働きづらい気持ちになったが、この人なら安心して働くことができそうだ。別の巨大すぎる不安要素があるのはさておき。


「えっと、じゃあ失礼しますね。今日はありがとうございました」

「お疲れ、石井君、氷高さん。また、明日もよろしくねぇ!」

「はい……って、あれ? 氷高も?」

「ん。明日も入ってる」


 そうか。明日も氷高とバイトで一緒なのか。

 なら、学校から二人でバイト先に向かうか? バカ言っちゃいけねぇよ。


「お互い、頑張ろうな」

「ん」


 そもそも、学校から一緒に行こうなんて誘い自体、氷高にとってもいい迷惑だろう。

 なにせ、氷高は天田のことが好きなんだ。いくら同じバイトに行くとはいえ、好きでもない男と二人で帰るところなんて、好きな相手には絶対に見られたくないに決まっている。

 そう判断した俺は、足早にコンビニをあとにした。


◇ ◇ ◇


 俺の家からこのコンビニまでは、徒歩一五分程度。

 最寄りのコンビニは徒歩五分程度の場所にあるが、自分の家から一番近い店で働くというのは、どうにもむずがゆい気持ちになったため、少し離れた店を選んだ。

 ともあれ、そんなことはどうでもいい。考えるべきは、氷高のことだ。

 なぜ、氷高は俺と同じバイトを始めた? こんな異常事態は、一度目の人生では起きなかったのだし、確実に何らかの理由があるはずだ。

 可能性が高いのは、天田絡み。

 最悪なパターンは、氷高が天田と恋人同士になりたいからと俺に協力を要請してくる、だ。

 一度目の人生では、それが原因で俺の家族は最悪の結末を迎えて、俺自身も命を落とすことになってしまった。だからこそ、絶対に氷高の恋の手伝いは……


「……待てよ」


 今の天田なら、そして相手が氷高なら大丈夫なのではないか?

 あいつは、凄まじきラブコメ主人公ではあったが、現時点ではまだそうはなっていない。

 続々と現れるヒロインは、現時点では誰一人として天田に対して恋愛感情を抱いていない。

 加えて、どれだけ大勢のヒロインに言い寄られようと、天田はひたすらに氷高一筋だった。

 だったら、今のうちにくっつけちゃえばいいんじゃね?

 天田のラブコメに自ら足を踏み入れるのはかなり危険な行為ではあるが、ただ情報を伝えるだけであればそれなりの安全マージンを確保することができる。

 加えて、天田と氷高が恋人になるというのは、俺にとって危険を冒す価値のある状況だ。

 そうしたら、たとえ天田がヒロインと出会ったとしても、「恋人がいる」という完璧なシールドが生まれているから、そもそも恋愛感情すら抱かれない可能性がある。

 さらに、俺自身も俺を地獄へと叩き落としたドブカス女に恋愛サポートを依頼されたとしても、「恋人のいる相手の邪魔はしたくない」と確実な大義名分で断ることができる。

 そうだ! そうだよ! 虎穴に入らずんば虎子を得ずだ!

 今の内から、天田と氷高をくっつけてしまえば、何もかもが解決するじゃないか!

 そうと決まれば、明日にでも──


「ねぇ、ちょっといい?」

「ひゃあい!」


 ビックリした。突然、後ろから声が聞こえたと思ったら、氷高がいた。


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