主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第二章 ストーカーとは、アグレッシブな努力をする変人のことである ④
なぜ、氷高がここに? 駅は正反対の方向じゃないか。まぁ、いい。好都合だ。
「ひ、氷高じゃないか……。ちょうど、良かったよ。実は氷高に大切な話があったんだ」
「大切な話?」
氷高は俺を見ること自体が嫌なのか、顔を明後日の方向へと向けている。
さすがに、ここまで嫌われるとちょっとへこむぞ。
「石井君から大切な話って言われるとドキドキするんだけど、その辺分かってる?」
「えっと、あんまり分かってない。ところで、なんか口調が……」
さっきまでと、態度が随分と違いやしないだろうか?
バイト中の氷高は、端的に返事をしたり、片言で話すことが多かった。
だが、今の氷高は随分とハキハキと喋っている。
「元々、私はこんな感じなの。ただ、相手によっては顔を見てると緊張して上手く喋れなくなるから、それが昨日今日一番の反省点。だから、謝りたくて追いかけてきたの」
つまり、俺の顔を見ているとイライラして片言になるから、今は絶対に見ないようにしてるわけね……。その行動自体が傷つきまっせ。
「別に気にしてないからいいよ」
「ありがと。あとさ、石井君からの大切な話の前に、一つ聞いてもいい?」
「どうした?」
「…………石井君って、彼女がいるの?」
「いないが?」
この人は、いったい何を仰ってらっしゃるので?
しかし、俺の返答がお気に召さなかったのか、氷高が不機嫌……いや、不安そうな表情になった。相変わらず、俺のほうは決して見ないままに。
「でも、入学式の後の帰り道で、手を繫いでる子がいたよ?」
「妹だよ。妹のユズ。俺にとって世界で一番可愛い妹なんだ! あっ! よかったら、写真見るか? 凄まじく嫌がられたけど、必死に頼んだら撮らせてくれたんだ!」
「そこまでは大丈夫。そっか、あの子は妹さんか。うん、言われると面影もあったね……」
氷高は穏やかな笑みを浮かべて、ホッと息を吐く。
そういう色っぽい仕草はするものじゃない。勘違いする奴が出てくるからな。
「安心した。じゃあ、石井君の大切な話を聞かせてもらえる?」
お、ようやく俺の番が回ってきたか。よしよし、では早速……
「氷高って、好きな奴絡みであのコンビニで働いてるだろ?」
「…………っ!」
ハッキリ指摘すると、氷高の顔が分かりやすく真っ赤になった。
やはり、俺の予想は正しかったようだな。
氷高は、天田と恋人関係になりたいから、天田と席が近い俺と仲良くなりたかったのだ。恐らく、クラスの親睦会を欠席したのもそれが理由だろう。
将よりも馬を射ようとしすぎではあるが、恋愛とは回りくどいものだ。
傍目にラブコメを見続けてきた俺には、よく分かる。無干渉恋愛マスターたぁ俺のことよ。
「そ、そんな、ことは、ない、けど?」
「無理すんなって。全然ごまかせてないぞ?」
「〜〜〜〜っ!」
おうおう、恋する乙女は可愛い反応をするねぇ。
どれ? 仕方がないから、そんな氷高さんに最高にハッピーなお言葉をプレゼントしてあげちゃいやしましょうかね。喜びすぎて、火山でも噴火するかもな。
「両想いだから安心しろ」
はい。ミッションコンプリート。これ以上は、何もしないぞ。
告白の状況作りを手伝えとか、そういうのは絶対にやらん。
あくまでも俺は、絶対的安全圏の中でしか行動しない男だからな。言葉だけならセーフ。
「え? え? え? ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ここまで驚いた氷高を見たのは、俺が世界初ではないか?
氷高驚かせ大会の金メダリストになっちまったようだな。困っちまうぜ。
「本当!? 本当に、両想いなの!?」
今まで一切俺を見なかったくせに、両想いという情報を得た瞬間に凄まじい勢いで顔面を近づけてきた。まるでキス一歩手前の距離だが、自分が氷高の想い人ではないという自覚があると、これだけ美人でも案外ドキドキしないものだな。
「ああ。間違いなく両想いだ。だから、さっさと告れ」
「──っ! 石井君、強引! ……でも、それもすごく良きっ!」
左様か。まぁ、これだけ喜んでくれたのなら、俺としても伝えた甲斐があったよ。
では、今すぐに地元へ帰って天田照人に告白してきなさい。
君達の恋愛成就は、俺の世界を救うんだ。愛は世界を救う。時折、着服もあるが。
「分かった。言われた通りにする。こんな好都合な展開ならせざるを得ない」
そうだろう? 俺にとっても非常に好都合な展開なので、まさにウィンウィンだな。
俺も家に帰ったら、ユズに対して全力で愛を──
「石井和希君、好きです。付き合って下さい」
「……………………………………何と?」
「もう一度言わせるなんて、やっぱり石井君は強引! でも、良きっ! 良き良き!」
あの、ちょっと氷高さん。一人で盛り上がらないでもらってもよろしいでしょうか?
僕はですね、貴方が天田照人君に対して恋愛感情を抱いていると思って……。
気のせいだな。きっと、これは気のせいか、幻聴だ。そうに違いない。
「石井和希君、愛しています。結婚しましょう」
「大幅にパワーアップしている!」
ちょっと、待てよ! どういうことだよ!?
なんで、氷の女帝たる氷高命が脇役中の脇役である俺に告白しているんだ!?
「両想いなんて夢みたい! もしかしたら、これは夢? でも、夢でも良き! 夢なら、このまま欲望の限りが尽くせる! ならば、確認も兼ねて実行あるのみ! ……いざ!」
「ちょっと待てい!」
グワッと俺に抱き着こうとしてきたので、思わず肩を強く押さえて止めた。
ものすごく不満そうな目で、氷高にジロリと見つめられる。
「……解せぬ」
「俺もだ」
予想外の事態が発生しまくっていたが、これが最大の予想外の事態だ。
氷高が俺を好きだって? 俺は前世で、徳で出来たスカイツリーでも建築したのか?
いや、前世では凄惨ないじめを受けて死んでいるな。
あれを前世と判断していいのかどうかはさておき。
まずいぞ……。とんでもない勘違いをして、最悪の選択をしてしまったじゃないか。
てっきり、天田を好きだと思って「告白しろ」なんて煽ったら、まさかの俺が被弾。
絶対的安全圏にいると思ったら、とんでもない爆心地にいたときたもんだ。
本来であれば、人生初の告白が学校一の美少女からというラブコメ展開に大喜びをして踊り出すべきなのだろう。だが、俺にはそれができない。なぜなら、未来を知っているから。
もし……もしも、ここで俺と氷高が付き合ってしまったら、確実に俺と天田の仲は拗れる。加えて、月山からもとんでもない怨念を向けられるだろう。
もしかしたら、敵と見なされることで断罪イベントが発生する可能性も……。
「誰かと、間違えてはいやしないか?」
「間違えてない。私、ずっと石井君が好きだった。名前で呼んでいい?」
どうやら、勘違いではないらしい。距離の詰め方がえげつない。
「あ、あ〜。すまないが、いくつか確認させてもらってもいいか?」
「いいよ、かずぴょん」
許可を出してないのに、名前をスキップして愛称で呼ばれた。ちょっとしたミステリーだぜ。
「クラスの親睦会に参加しなかったのは?」
「かずぴょんが参加しなかったから。かずぴょんがいない所に行っても、時間の無駄」
「あのバイト先を選んだのは?」
「かずぴょんがあそこで働くと思ったから」
「どうして、そう思った?」
「教室で、コンビニでバイトするって言ってた」
この女、いかつい聴力を装備してやがる。まさか、天田との会話を聞かれているとは。
「それだけで、あのコンビニと断定はできないはずだが?」