主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1

第二章 ストーカーとは、アグレッシブな努力をする変人のことである ⑤

「入学式の帰りに妹さんと一緒に寄って、バイト募集の貼り紙見てたじゃん。あの時は、彼女がいると思って、ものすごくショックだった。勘違いで嬉しかった。良き。良き良き良き!」


 そういえば、ユズがすごく綺麗な人が俺を見ているとか言っていたような……。

 っていうか、そうだよ!

 ついさっきも、なぜか氷高は入学式の後の俺の行動を知っていたじゃないか!

 まさか、この女……


「氷高よ。入学式の帰りに、俺をつけていたのか?」

「してないよ。入学式の帰りも、次の日も、昨日も、お家に帰るまで見送っただけ」

「どえらいストーカーじゃねぇか!」

「違うよ。ただのアグレッシブな努力家だよ?」


 こんなんが、努力家として認知される法治国家があってたまるか。


「でも、別にいいでしょ? 両想いなんだし」

「うぐっ!」


 そう……。そうなんだよ……。

 今回の件に於いて、氷高の想定外のストーキング行為の自白に恐怖したが、致命的な失敗をしてしまったのは俺自身。氷高が天田を好きと勘違いして、告白を促したのだから。

 俺が余計なことを言わなければ、氷高は告白なんてしなかっただろうし、ストーカー行為も自白せずにひっそりと行っていただろう。いや、それは困るが。


「かずぴょん?」


 どうする? 俺は一体、どうすればいい?

 このまま、真実を伏せて氷高と恋人関係になるべきなのか?

 そりゃ、これだけの美人なんだから、恋人にできたらさぞ鼻が高いだろう。

 前回の人生であれだけ苦しめられた、天田への復讐にもなる。

 破滅イベントも、氷高に協力してもらえれば回避できるかもしれない。

 だが、そんな思考を巡らしてしまっている時点で、俺に氷高の求めている恋愛感情などないことは明白。氷高はトロフィーなどではなく、ちゃんとした女の子なんだ。

 ならば……


「ごめんなさい! 勘違いしていました!!」


 全力で地面に頭を押し付けて、土下座をした。

 一度目の人生で土下座は何度もさせられていたから、俺のフォームに隙はない。

 まさか、こんな場面でこのスキルが役立つとは思ってもみなかったが。


「か、勘違い?」


 氷高が震えた声を出した。


「ごめん! 俺、氷高が好きなのは天田だと思ってた! それで、天田も氷高を好きだから、二人が恋人になればって思って……本当にごめんなさい!!」

「────っ! じゃ、じゃあ、かずぴょんは、私を好き、じゃないの?」


 幸福の絶頂から、奈落の底に落とされたかのような悲しげな声。

 自分がやってしまったことへの罪悪感がどこまでも溜まっていく。


「好きか好きじゃないかで聞かれたら、好きです! 外見に関しては完璧で、理想的な女の子だから! でも、それだけなんだ! 俺と氷高の『好き』には明確な違いがあると思う! 外見だけ好みだから、氷高と付き合うなんて失礼なことはできない! その、勘違いしてもっと失礼なことをした俺が言うのもあれだけど! とにかく、ごめんなさい!」


 もしも、これが一度目の人生であれば、俺は間違いなく氷高と付き合っていた。

 だけど、今は違う。ラブコメに巻き込まれて地獄を見た俺だからこそ、女の怖さをよく理解してしまっているんだ。だから、外見だけで判断して付き合うなんて絶対にできないし、真剣な感情を向けてくれた相手に、中途半端な気持ちで向き合いたくない。


「…………そっか」


 氷高が、小さくそう呟いた。


「勘違いは仕方ないよね。私も、かずぴょんに彼女がいるって勘違いしてたし……」


 そう言ってくれるのは有難いが、俺のやらかしはレベルが違うだろう。


「ねぇ、かずぴょん。顔を上げて」

「あ、ああ……」


 言われた通りに顔を上げると、そこには瞳に涙を浮かべる氷高がいた。

 涙が街灯に照らされて、こんな状況にもかかわらず綺麗だななんて思ってしまった。


「ハッキリ言ってもらえて、嬉しかったよ。私の外見じゃなくて、ちゃんと中身を見てくれるなんて、かずぴょんは素敵だなって思った。粘着系腐ったチーズのことを好きだと思われてたのは、心外極まりないけど」


 そこまで、言わなくてもよくない?


「少し予定と変わっただけだから平気。元々、今日かずぴょんに告白するつもりだったしね」

「お、俺に?」

「うん。ちょうど、かずぴょんのお部屋に侵にゅ……お邪魔する方法も確立したところだったから。お部屋で告白しようとしてた」


 今、侵入って言おうとしたよね?


「すごく残念だったけど、大丈夫。沢山かずぴょんと話せて嬉しかったし、それに……」

「それに?」

「私の外見が好みなら、後は中身を好きになってもらえばいいだけだよね?」

「…………っ!」


 その時の氷高の笑顔は、恐怖を加味してもとてつもなく魅力的だった。

 こんな顔で微笑まれたら、世界中の男が恋に落ちるんじゃないか?


「赤くなった。じゃあ、まだまだチャンスありだ」

「いや、氷高。その、だな…………っ!」


 そこで、俺の頰に柔らかな感触が走る。

 氷高が、あの氷高命が、俺の頰にキスをしたからだ。


「な、な、なななななな……っ!」

「今日はこれで我慢する。あ、……明日もよろしくね! ……じゃね!」


 そう告げると、氷高は真っ赤な顔のまま振り返り、駅へと駆け出していった。

 そんな氷高を茫然と眺めながら、俺は思わず呟いてしまった。


「主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる……」



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