主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2
第一章 愚人は過去を、賢人は現在を、脇役は未来を語る ④
「石井さん、私達が貴方に言い寄っているという噂が出て困っているので、早く氷高さんと付き合っていただけないでしょうか?」
「そうだよ! あたしなんて、石井の鉛筆入れって呼ばれてるんだぞ!」
ざけんな。俺は鉛筆じゃない。大変ご立派な万年筆だ。
「ちなみに、俺としても早く付き合ってほしい。氷高を諦めずに絶対無理なくせにワンチャン狙ってるって誤解されて、男子と仲良くなれないんだ」
私利私欲のために、人の恋愛事情に介入するとは……まぁ、それは俺もか。
自分が生きるために、ラブコメをぶっ壊したわけだし。
てか、氷高がこいつらを拒まない理由って……
「協力者の存在は、とても大切」
キリッと答えちゃったよ、キリッと。
「それを言って、俺に嫌われるとか思わないのか?」
氷高が返事をすると思いきや、直後に射場が介入してきた。
「むしろ、想いを理解しておきながら、いつまでも先延ばしにしている石井さんこそ、氷高さんに嫌われてしまう可能性を恐れたほうがよいのでは?」
「うるせぇよ、射場! 俺には俺の考えがあるんだ!」
ド正論をかましてくるな、腹黒孤立女。
「……っ! かずぴょん、もしかしてそれって、プ、プ、プロポー……」
「気が早い!」
正直、俺は氷高にかなり感謝もしているし、そういった特別な気持ちというのも抱いていないかと聞かれるとそんなわけがない。
とてつもなく美人だし、性格だってアグレッシブな部分はあるが、それ以上に魅力が勝る。
だが、それでもだ……。
「なぁ、天田がどうしてるかって、誰か知ってるか?」
尋ねると、全員がどこか重たい表情を浮かべて静まり返った。
天田照人。氷高命の幼馴染にして、自分をラブコメ主人公だと信じてやまないイカれた男。
一度目の人生では、自分のラブコメを成立させるためだけに、間接的にではあるが、俺や俺の家族を殺したとんでもない奴だ。
だが、二度目の人生ではそうはならなかった。一度目の人生と同様に、俺を罠にはめようとしてきたが、それを逆に利用して陥れてやったからだ。以来、あいつは登校していない。
そこに罪悪感はないのかと聞かれたら、胸を張ってないと言い切れる。
射場や牛巻に関しても恨みがないわけではないが、天田は別格。
あいつとだけは、金輪際交流するつもりはないし、このまま比良坂高校から消えてくれればいいとすら思っている。
「申し訳ありませんが、私は知りません。その、あまり関わりたくないので……」
「あたしもだ」
気まずい表情を浮かべながら、射場と牛巻がそう言った。
この二人は、天田に利用されていたからな。俺とは違う複雑な感情を抱いているのだろう。
「そっか……」
俺が氷高に自分の気持ちを伝えられない理由もこれだ。
確かに、天田は撃退した。奴の比良坂高校での地位は陥落したと言ってもいいだろう。
それでも、俺はあいつが氷高を諦めているとは、とてもじゃないが思えないんだ。
奇跡的に氷高が俺の気持ちを受け入れてくれたとしても、それはハッピーエンドじゃない。
天田が知ったら……俺の想像を遥かに超える行動に出かねない。一度目の人生のように、俺だけじゃなく、家族や氷高も巻き込んだとんでもないことを……。
だから、俺は未だに氷高へ自分の気持ちを伝えられずにいた。
「あ〜。その、俺、実は一度会ったんだ。テルと……」
どこか気まずそうな表情で月山が告げた。
「あんなことはあったけど、やっぱり放っておけなくてさ。学校に来ないってのも心配だし……それで、会いに行ったんだ」
「どうだった?」
俺の問いかけに加えて、氷高達も月山に視線を集中させる。
それだけ、俺達にとって天田照人という存在が大きいということだ。悪い意味でだがな。
月山が俺の質問に対して、不安そうな眼差しで質問を返してきた。
「怒らないのか?」
「月山の勝手だろ。別に天田と会うだけで、怒りゃしないよ」
「……そっか。やっぱ、石井はいいや──」
「「「「いいからさっさと話せ(して)」」」」
「少しは友情を堪能させろよ!」
やかましいぞ、がっかりプリンス。その程度で友情を感じるな。
俺達は、さっさと天田の情報を聞きたいんだ。
「はぁ……。元気そうだったよ。ただ、学校には戻ってこないかもしれないけどな」
「どういうことだ?」
「会った時に言ってたんだ。『どんな顔して戻ったらいいか分からない』って」
「そりゃ、ありがたいな」
「石井、お前……ほんとテルには容赦ないな……」
「当たり前だ。あんな奴、二度と会いたくない」
「まぁ、お前の立場だとそうだよな……」
俺の期待外れな返答に落胆を示しているが、知ったことではない。
天田が戻ってこないのであれば、最高だ。二度と関わらなくて済むからな。
しかし、バカな奴だ。この後にも、お前の大好きなラブコメが……あ。
「どうした、石井?」
思い出した。そういえば、そろそろあの時期じゃないか。
新たなるヒロイン導入の定番イベント……転校生襲来。
比良坂高校はラブコメ主人公天田の影響か、普通の学校で一〇年に一度起きればいい程度のラブコメイベントが、当たり前のように頻発していた。
そして、それを天田がヒロイン達と解決していたわけだが……、今後はどうなるのだろう?
もうすぐやってくる美少女転校生もそうだが、他にもラブコメイベントは目白押しだ。
だが、肝心の主人公である天田はいない。そうなると、解決ができなくなる。
俺が解決する? 絶対にごめんだね。ラブコメになんか、関わってたまるかよ。
「あ〜、月山、射場、牛巻。もしも、もしもだが、来週の頭に転校生が来たら、多分ドでかいトラブルを抱えていると思うから、助けてやってくれ」
俺の突発的な発言に、三人は『何を言っているんだ』という当たり前の返答と共に首を傾げていた。
◇ ◇ ◇
「羊谷美和です! 今日から、よろしくお願いします!」
翌週の月曜日、一年C組に転校生──羊谷美和がやってきた。
綺麗に整えられたショートヘアー。どこか大人びた雰囲気を醸し出す顔立ち。身長は女子の中では、少し高いくらい。制服は、比良坂高校のものではなく、以前にいた学校のもの。
制服の準備ができないくらい、慌てて転校してくる必要があったのかもしれない。
言わずもがなの美少女に、男子生徒も女子生徒も感嘆の息を漏らしている──が、月山だけはそんな美少女転校生の登場に、感動よりも驚きが勝ったようで、信じられないものを見るような眼差しで俺を見つめている。
簡単な自己紹介を終えた羊谷は、そのまま新たに用意された最後部の座席へ。
たまたま隣になった男子生徒に対して、「よろしくね」と明るい笑みで伝えている。
HRを終えた後は、恒例の転校生歓迎イベントだ。
自席に座る羊谷の周囲に、「どうしてこの時期に転校してきたの?」「前の学校はどこだったの?」「すっごく可愛いね」など、女子生徒達が笑顔で質問を飛ばしている。
転校生の女子が来たのだから、まずは女子が話す。本当は、我先にと声をかけたい男子生徒達だが、それをやってしまうと男子からも浮くし、女子からも悪い印象を抱かれる。
だから、今は待つ。興味のないフリをして聴力を全開にし、今後話しかける材料になり得る情報を集めようとしているのだ。
今はちょうど、遠慮がちな蟹江に羊谷が笑顔を向けている。
「わっ! 貴女、すっごく可愛いね! 名前、何ていうの?」
「え? あの……ありがと……。私は、蟹江、心……」
明るい羊谷の声に、どこか照れくさそうに返事をする蟹江心。



