主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2

第一章 愚人は過去を、賢人は現在を、脇役は未来を語る ⑤

 最近の蟹江は、うちのクラスのリーダー格である女子生徒に気に入られているおかげで、クラスのマスコット的な立ち位置を確立させている。一時期、鬱陶しいまでに男子生徒に言い寄られていたことで、今では男子とろくに話さなくなり、女子達も蟹江を率先して守っている。

 蟹江が他の女子と一緒に羊谷と話しているのも、男子が話しかけられない理由だろう。


「おい、石井! 石井! 石井!」


 そんな中、転校生の羊谷ではなく、俺の下へと中々の速度でやってきたのは月山だ。

 一度目の人生で月山は、女子を含めた誰よりも先に羊谷へと声をかけて、「また月山だよ」だとか「月山君って、可愛い子なら誰彼構わずいくよね」などと陰口を叩かれていたのだが、今回の人生では異なる行動を取っている。


「声をかけなくてよかったのか?」

「バカ野郎。可愛い転校生にいきなり声をかけたら、またクラスの立場が悪化するだろ」


 どうやら、今回の月山は前回の月山よりも、少し賢くなっているらしい。

 というよりも、かなり早い段階で『がっかりプリンス』に就任してしまったから、自分を省みるようになったのだろう。


「って、そうじゃなくてだよ!」


 月山がやや息を荒くして、俺へと問いかけた。


「お前、何なの? 本当に転校生が来たじゃないか! あれ、冗談だと思ってたんだぞ!」

「そうか。俺もビックリしている」

「のわりには、めちゃくちゃ冷静だけどな」

「俺は顔に出ないタイプなんだ。無感情だけど実は驚いているが、萌えないでくれよ?」

「萌えるか!」


 なお、チラリと教室の出口を確認すると、うちのクラスに転校生がやってきたという情報をいち早く入手した射場と牛巻が、月山と似たような表情で俺を覗き見ている。


「射場から連絡が入った。後で詳しい話を聞かせて下さいだってよ」

「詳しいも何も、俺だって知らないことしかないぞ」


 あっけらかんとそう伝えるが、まるで信じていないようで、「噓つけ」と小さく文句を零した後に月山は自分の席へと戻っていった。そのタイミングで、俺のスマホが振動する。


『かずぴょん、どう思う?』


 氷高だ。


『どうも思わない』

『でも、可愛い子だよ?』


 チラリと氷高を確認すると、不安を隠そうともせず俺を見つめている。

 何を考えているのかがよく分かって、何となく気まずい気持ちになる。


『可愛くても、興味を持つ理由にはならない。今の環境が、最高だからな』

『つまり、私が一番ってこと?』

『すまん。俺には、ユズと母さんがいるんだ』

『大丈夫。ユズちゃんとお義母さんは、殿堂入りだから順位にカウントされない。むしろ、順位にカウントすることが無礼にあたる』


 さすが、氷高だ。よく分かっているじゃないか。

 ひとまず、俺はユズへ『ユズは殿堂入りだから、もはや全てを超越しているぞ』とメッセージを送ったら、『きっっも!!』と返事が来た。

 すぐに返事をくれるなんて、ユズはやっぱり天使だ。

◇ ◇ ◇

 三限目終わりの休み時間、そろそろいいだろうと羊谷を中心とした女子生徒の輪の中に、何人かの男子生徒が交ざるようになった。女子も男子の目的は分かっているのだろうが、牽制をしないのは、男子の邪魔をして自分が嫌われたくないからだろう。


「なぁ、羊谷。羊谷って、前の学校に彼氏とかいなかったのか?」

「あはは! いないいない! 私、今はそういうのに興味ないしさぁ」


 嬉しい情報と悲しい情報が、混ざり合った返答。

 羊谷美和という女は、一見するとサバサバした女のように見える──が、それは偽り。

 あいつは、サバサバ系ぶりっ子なのだ。普段は、言いたいことをハッキリと言うどこか無遠慮な口ぶりに加えて、恋愛には興味がないですと言わんばかりの態度で過ごしているが、信用した相手──ではなく、自分が気に入った男子に対してだけは、意図的に弱さを見せる。

 普段は強気なあの子が、自分にだけは弱さを見せてくれるというギャップにときめいた男子は、羊谷へ本格的にのめりこんでいく。

 ここで非常に厄介なのが、羊谷はそうして弱さを見せた男子に恋愛感情を抱いていないということ。利用価値があると判断した相手を操るために、そのような振る舞いを行っている中々に強かな女なのである。本当に、比良坂高校の美少女にはろくな奴がいない。


「てか、君こそ彼女いるんじゃないの?」

「うぇ! いや、いないって!」

「ガチぃ? めっちゃ、いそうな雰囲気なのに!」

「ま、まぁ、そういう子ができたらかな……」


 はい、まずは一人目。見事、羊谷の術中にはまった男子生徒の出来上がりだ。

 実際、あの男子に彼女はいないのだろうが、『彼女がいそう』と言われたことで、羊谷という美少女から男としてそのレベルで見られているのかと、密かな優越感を抱く。

 しかも、言っているのは普段からサバサバした態度で本音しか言わない(と思われている)羊谷だ。こういう手腕に関しては、本当に感心するよ。


「やってるね」「やってるな」「やっていますね」


 が、それに騙されない奴もいる。氷高命、牛巻風花、射場光姫だ。

 せめて、昼休みまで待ってほしかったのだが、堪え性のない三人(主に射場と牛巻)は当たり前のように俺の座席へとやってきていた。

 ただし、射場も牛巻も、氷高がいないところで俺に関わるのは禁止というルールを設けているようで、まずはチラリと氷高を確認しお目通りを請う。

 そして、氷高が俺の席へとやってきたのを確認してから、自分達もやってくる。

 一見すると面倒な手順のように思えるが、氷高としては『かずぴょんを守るためだから仕方がない。これは、仕方がなくやっている』とウッキウキの笑顔で告げていた。

 こういうのも、氷高が牛巻と射場を遠ざけない理由なのかもしれない。

 閑話休題。


「まぁ、やってるな」


 揃った三人の声に返答。今はちょっとアレな立場の射場と牛巻だが、さすがは以前まで男子から人気のあった美少女なだけある。

 しっかりと、羊谷の本性に気づいているようだ。蟹江も、すでに羊谷と交流しようとしていないことから、その本性に薄っすらと気がついているのかもしれない。


「え? お前ら、何言ってんだ? 普通に話してるだけだろ?」


 そして、まるで分かっていない月山は、キョトンとした顔で首を傾げている。

 俺達は揃って、大きなため息をついた。


「はぁ……。これだから、がっかりは困る。そういうところが、がっかり」

「王子君、純粋と愚鈍は紙一重なんですよ? そして、今の貴方は後者です」

「ツキって、バカだよね。こういう時は特に」

「まったくだ。アレを見て何とも思わないとか、不感症にも程がある」

「なんで、お前らって俺を傷つけることに余念がないわけ!?」


 別に傷つけようとしているわけじゃない。ただ、気づかない愚かさを嘆いているだけだ。


「それで、石井さん。彼女はどういったトラブルを抱えているのですか?」


 愚かなる月山への興味を失った射場が、ハッキリと俺へ尋ねてきた。


「さぁ? そもそも、トラブルを抱えているかすら分からんぞ」

「へぇ……」


 疑いの眼差し。そりゃ、本当は全部知ってるよ。

 羊谷美和のもう一つの顔は、人気Vチューバー。その際は、羊谷美和という名前ではなく、『花鳥みやび』という名義で活動を行っている。一度目の人生で天田からこの話を聞いた時、『羊』繫がりの名前じゃないんかいとつっこんだところ、「羊はかなりの大物がいるから、やめておいたらしい」と説明を受けた。被っていても、ギリギリ悪くないじゃないか。

 ユズが、花鳥みやびの配信を見ていると言った時に俺が焦った理由は、全てこれだ。


刊行シリーズ

主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる3の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる2の書影
主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくるの書影