錆喰いビスコ

0 ②

 関所守り十五年のかんが、けいてきを鳴らした。


「オウ。久々によ。無信心のおれも、きようきたくなったな」後ろ手に、おおに非常のサインを出している。「ひとつ、んでくれや。きようわれて、断るぼうなんざ、いねえよな?」


 場の気配が、びり、とめる。

 風がさかき、おおつぶの砂を巻き上げても、たびそうはまばたき一つしなかった。緑色のひとみがすっと細くなり、解けた包帯からわずかに見える口元から、犬歯がぎらりとのぞいている。


「『つよい男の子に、なるように』……」

「……何だって?」

「おいしくて、強くなる、ビスコだ。」


 たびそうの声がにわかにけんを帯び、ざらついた殺意をにじませた。


「温かいいのりがもった、強い名前だ……。てめえごときに、笑われるいわれはねえ」

「てめえッ、ぼうじゃあねえなァッ」

「ビスコさん、ゴメンナサイと言いやがれェッ」


 すかさずひげづらはなち、ったけんじゆうたまたびそうの耳をかすめ、包帯の結び目をはじばした。

 ばらり、と。

 赤いかみが、かわいた風におどった。

 そうの仮面をかなぐり捨てたその眼はするどく。らんらんと緑色に光る両のひとみが、岩を通すような意志をみなぎらせている。燃えるような赤いかみは、男のれつさを示すように逆立ち、ばくの風にあおられてばさばさとれている。

 じゆうひるむ様も見せず、不敵にうでで顔をぬぐえば、あせでぬめるはだしようげ、右目を囲む赤い刺青いれずみが、ぎらりとあらわになった。


「ひ、ひとい……」ひげづらおお、二人の役人が口をあんぐりと開けて、あかがみの男におののく。


ひとい、あかぼし!!」

だれが、ひといだァッ」


 ビスコが背中の短弓をずらりとはなつと、エメラルド色のそれが陽光を照り返して、まぶしくかがやいた。ふところづつからいたドス赤い矢をばやしぼり、窓口に向けてはなつ。


「おわぁっ!」と悲鳴を上げてかがみこむひげづらの頭をかすめ、矢は水着グラビアのカレンダーをつらぬいて関所のかべに突き立ち、かべ一面に、びしり! と、すさまじいれつを走らせた。


「な、なんつー弓だ!?」

「イノシゲさんっ! あ、あれ、あれっ!」


 おおが指差す方向を見れば、かべに走ったれつを中心として、関所小屋のあちこちから、ふつふつと真っ赤な──何か丸いものがき、ふくれてくる。

 そのゆるゆると回る赤いものはほどなく、ぼん! と音をたてて勢いよくがり、関所小屋のかべをへし割ってしまう。赤いかさをふわりと広げ、くきをなおも豊かにがらせる姿は、素人しろうとにも容易に、それが何であるか知らしめた。


「こ、これって……うわあっ! き、キノコだあっ!」

「バカろう! げろおおァ」


 ひげづらは、私物の望遠カメラを必死に回収するおおつかんで、あわてて小屋から飛び出す。その戸をまたがぬうち、すさまじい勢いでふくがった真っ赤なキノコの群れが、ばがん! ばがん! とごうおんを立てて発芽し、関所小屋を粉々にくだいた。





 ばくれつする関所小屋をかえりもせず、ビスコはぶように自分の犬車にり、車をおおあさぬのに向かって、大声でった。


「ジャビ! 失敗だッ。かべ沿いにげる! アクタガワを起こしてくれッ」


 たんあさぬのがぶわりとがり、宙をぶ。布の中から姿を現したのは、巨大なかにであった。高さにして、人のたけの二倍はあるかというところ。おおがにはそのままくるりと回転して砂の上にどすんと着地すると、ほこらしげに大バサミを上げ、だいだいいろこうかくを陽光に光らせた。

 ビスコがひらりと背中のくらに飛び乗れば、おおがにいきおんで走り出す。


「だーから言ったんじゃい」ビスコのとなりおおがにづなを取るのは、豊かなしろひげたくわえ、はばひろさんかくぼうかぶったろうである。「かんじんちよう真似まねごとするなら、きようのひとつふたつ覚えんと。わしゃ言えるよ。ジャモンキンナラ、ホスヤクシャイ」

「関東ならてんとうは顔パスだって、てめえが言ったんだろ!」走るおおがにの上でビスコがろうる、その声をかき消すように、ほうだんが数発、走るおおがにの横へちやくだんして砂を巻き上げた。


「……あのろう、カバを出してきやがった!」


 すなぼこりに目を細め、くようにビスコが背後をにらむと、じゆうやらたいほうやらを背中にくくけた軍用のスナカバの群れが、すなけむりを上げて走り寄ってきていた。大小様々なスナカバの、速いものはおおがにまでへいそうし、背中のじゆうをビスコへ向けてくる。


じやだァッ」


 ビスコの短弓からしゆんそくの矢がひらめいて、スナカバにさる。「グモォッ」と悲鳴を上げるスナカバは、まりのように転がりながら体表にふつふつと赤いかさかせ、ぼぐん! とその場に巨大なキノコを咲かせる。追いついてきた後続のカバがまとめて吹き飛ぶ中、ビスコの二弓、三弓がそれこそばやに飛び、ぼぐん、ぼぐん! と、続けざまにさくれつするキノコでカバ達をらしてゆく。

 ただ、ビスコのキノコ矢がいかに強力であるとはいえ、なにしろすさまじい数のカバ兵である。とうとう一匹のスナカバがおおがにに食らいつき、背中のじゆうを足にむ。歴戦のテツガザミのこうかくはこともなげにたまねのけ、まとめて数匹をはらったが、着実にせまるカバの海を目の前にして、ビスコの額には玉のあせいている。


「ジリひんだ」


 ごくり、とつばを飲み、決心したようにろうを見つめ、風の音に負けぬようにさけんだ。


「エリンギでぶ。ジャビ。十秒くれ」

「また、あれか」ろうはややうんざりしたように言ったが、ビスコの顔を見て、ぱちりと片目をつむってみせた。「ま、ばくなら、こしにも優しかろ」


 そこでろうづなを取り、「ホイ、てい、アクタガワ!」言っておおがにむちをくれる。おおがには反転しながらその大バサミをいきいきとかかげ、せまるカバの群れにおおづちのごとくたたきつけた。

 巻き上がるスナカバの身体とすなぼこりの中で、ビスコはエリンギ矢をつがえ、がった一匹にむ。落ちてきたスナカバの身体に耳を当てれば、ぶつ、ぶつ、ときんの発芽する音が快くビスコの耳に伝わってくる。


「ジャビ!」

「ほいさ」

刊行シリーズ

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