錆喰いビスコ

1 ②

 ビスコのとしに見合わぬ熟練の弓さばきは、かつてはきゆうせいうたわれたジャビのわざいだものだし、ジャビ自身、かにあやつらせればいまだ右に出るキノコ守りは居なかった。

 しかし、その熟練の戦士も、かぜの起こす死病、サビツキにむしばまれ……

 死期が近い。


「ジャビ。もうつうのキノコが効かねえ。すぐ《さびい》がいる。少し旅のペースを上げる」

「……。」

いみはまけちまえば、あとは関所もない。あきまですぐだ」


 れいやく、《さびい》。

 いかなるさびもたちどころにかし、健康な肉をもどすと言われるこのキノコについては、キノコ守りの中でも半ば伝説的な存在である。かつて、さびによってほろびかけたキノコ守りの集落を、その効力で救ったいつこそあるが、その具体的な生息地も、咲かせ方も、今となってはジャビの思い出の中にしかない。


「ビスコ」

「あ?」口のはしから、ねずみ尻尾しつぽをちゅるりとすすり、顔を上げるビスコ。ジャビは微笑ほほえみながらも、だんひようひようとした空気をその時ばかりはしんとおさえて、低い声で言葉をつむいだ。


「お前にゃ、ワシのやれる事ァ、全部教えた。きんじゆつかにり。きゆうじゆつ……弓ならもう、お前のが上手うまい」ビスコは、しようそうな気配を感じとって、やややわらいでいた表情をじよじよめていく。「薬の調ちようざいだけはお前、ひひ、てんでダメだったがよ。さっ引いても、体も、わざも、お前に並ぶキノコ守りはいねえ。ただワシゃあな……心残りが、あるとすれば……」


 ジャビはそこでいつたん言葉を切って、その眼をしっかりとビスコと合わせ、口を開いた。


「ビスコ。ワシが、死んだらな……」

「うるせえ」

「聞けい、ビスコ」

「うるせぇッ、だまれッ!」しるわんを砂にたたきつけて、ビスコが立ち上がる。歯を食いしばり、するどい目の中の緑色のひとみを、ぶるぶるとふるわせている。


「そうならねぇように、関所の十、二十ぶち破って、旅してきたんだろうが! いつも、いつも、自分の命を他人ひとごとみてえに……! そんなに、くされて、くたばりてえのかッッ」

「ウヒョホホ……道中、毎回痛快じゃッたのォ。あの、えいざんの立ち回り、覚えとるか? 関所の前で、ロープウェイのロープ切ってよ……ターザンみてえに、こう」

「修学旅行に、来てんじゃァねえんだよッ!」ビスコは激情を持て余して、ジャビのむなぐらをつかみ、そのとがった視線をぶつける。しかしその視線も、ジャビの包み込むようなおだやかな目に吸い込まれてしまえば、ビスコはくちびるんで、放るようにジャビから手をはなす。


「……老いぼれに足引っ張られて、くたばるのはごめんだ」


 ビスコはてるように言って、がいとうつかんでると、テントの外へ出て行く。


「……。次、くだらねえことかしたら。……ブンなぐるからな……!」


 ジャビへいちべつくれて、ビスコはテントの幕を乱暴に閉める。しるあふれたわんが、ほのおに照らされてゆらゆらとかげおどらせている。


「……やさしい子ォを、しゆにしちまった」ジャビはわんを片付けながら、うつむきがちにつぶやいた。


「ワシはたぶん、死ぬるよ、ビスコ。かわいたままのお前を、置いて」

(その後、だれかが。どうかだれかが、お前を……)


 最後までを言葉にせずに、ジャビは口をつぐんだ。そしてその大きな黒目で、ゆらゆらとれるほのおをじっと見つめていた。


 風が吹いて、砂とともにビスコのがいとうをばさばさと吹き上げた。ビスコが軽く眼をかばいながらテントの裏手に回ると、巨大なかにが特につながれもせず、退たいくつそうにそこでたたずんでいる。


「飯食ったか? アクタガワ」ビスコがえさおけの中をのぞむと、やはりれいにカラになっている。かにというものがはたして、ストレスをどれほど感じる生き物なのかビスコにはわからないが、ともかくこのおおがに・アクタガワは、いかなる時にも調子を乱すことのない、ビスコとともに育ってきた兄弟分なのであった。


「……てめえは毎度、つくづくノンストレスの、マイペースで」


 ビスコはアクタガワの腹に寄りかかり、その、何を考えてるんだかわからないかに特有の表情を見あげた。


うらやましいよ。おれも、かにに生まれりゃよかった。……いや。やっぱり上に乗られんのは、めんだな」


 アクタガワは、聞いているのかいないのか、口からあわをひとつ「ポコ」と吹く。ビスコは少し笑ってがいとうで身体をおおい、アクタガワのあしかれるようにして、しばらく目を閉じていた。

 ふと、背後のアクタガワがびくりと動き、がった。

 ビスコはにわかにするど狩人かりゆうどの顔をもどし、油断なく砂からきると、アクタガワにせるように合図する。

 空気をくような、高い音……

 音、というよりそれは気配に近いものだが、自然術にけるキノコ守りの感覚が、このかんきようの中で明らかに異質なものとしてそれをとらえた。


「何だ……?」


 ビスコは気配の方向を向き、目をらす。

 何か大きいものが、ごく静かに、ビスコ達のキャンプをけてかつくうしてきている。

 突然、パシュウ、というさくれつおんがビスコの耳にさった。空気をく気配がにわかに強く、はだれるかんしよくとなってビスコの感覚をます。とつねこゴーグルを下ろせば、何か白いつつのようなものが、はくえんを上げてアクタガワへ向かって突っ込んでくるのがわかる。


「こいつッ!」


 ビスコはすかさず弓をしぼり、砂をいてせまるそれへ向けて放った。矢がねらたがわず白いつつけば、それは空中でのたくった後、砂の上にげきとつしてごうおんとともにばくはつする。


「ロケット!?」


 ばくはつの明かりに照らされて、ビスコのあせが光った。


「くそっ、何だ、こいつ!? アクタガワ、ジャビを!」


 走り出すアクタガワから前方に視線をもどせば、ロケットのばくえんは、その向こうからせまる大型の軍用機も同時に照らし出していた。砂を巻き上げながらせまる飛行物体の、巨大なりようよくの中央には、何やら不気味にうねるなんたいのものがその頭をもたげ、二本のしよつかくをのたくらせている。背負った巻貝のその中央には、まとせいてつの、星的をかたどったロゴマークが刻印されている。


まとせいてつの、カタツムリか……! こんなもん、どうして……!?」

「ビスコ───ぃ」アクタガワのづなを取って、ジャビがさけぶ。「ゲロ吐きが来るぞォッ。アクタガワへかくれろォ」


 ジャビの警告とほぼ同時に、カタツムリのなんたいしつの頭がひときわふくれたかと思うと、見るも毒々しいピンク色のようかいえきを、思い切りビスコけて吐き出してきた。はじかれたようにすビスコの背後で、ドジュウ、ドジュウと鉄の砂がす音がひびく。岩をかし、飛び出た鉄骨をぐにゃりとへし曲げながら、ようかいえきげるビスコをとらえようとせまってくる。

 ようかいえきがビスコに追いつくのと、ビスコがアクタガワのかげすべむのはほとんど同時であった。アクタガワの背中が、浴びせられるようかいえきに「ばぎめぎ」と鳴り、はくえんを上げるが、とうとうまんこうかくでそのゲロばくげきしのぎきり、んだ主人二人を守った。

 黒いかげが、その腹を見せて空からビスコ達をおおい、過ぎてゆく。


「エスカルゴ空機じゃ」ジャビが、ドロドロにすキャンプのテントを横目に、ごうおんに負けないように声を張る。「いみはま自警の色じゃねえ。何故なぜ、ワシらを……」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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