錆喰いビスコ

1 ③

 かぜが精密な鉄機械をらし、すぐにだめにしてしまう現代にあって、生体エンジンにぎよう生物を採用したいわゆる『動物兵器』を採用している県は数多い。自然進化した生物達の、かぜに強い性質を兵器に転用して、ぎようが改造生産しているものをそう呼んでいる。

 先のスナカバ兵にしてもそうだが、エスカルゴ空機はその中でもかなり大型の、しろがねマイマイと呼ばれるなんたい生物をベースにしたばくげきせんとうで、じんぞうの生体エネルギーをりよくに転用することで、かなりの重量の兵器をとうさいできるというのが売りであった。


「来るぞ、ビスコ! あんなじゆうそうこうに矢は通らん。いみはままでけて、街へげこめい!」


 せんかいし、再度二人へねらいを定めるエスカルゴから、はくえんを上げてロケットが放たれる。ジャビの矢がばやくそれをとすのを横目に見て、ビスコはそのおくを、ぎり、とめた。


「何の、うらみがある、おれ逹に……! どこまでも、じやしやがってッ!」


 ビスコはしざま、エスカルゴへ向けいつむくいようと、エメラルド色の短弓をしぼる。

 あせりといらちに心をむしばまれ、ひやくせんれんのビスコの心に、わずかにすきが生まれた。

 ざばん! という音とともに、足に激痛が走る。

 意識を完全にエスカルゴに取られたビスコの足首に、鉄の砂から飛び出した大ぶりのウツボが、そのきばを思い切り突き立てたのである。

 予想外のしようげきで思わず矢を取り落とすビスコに、エスカルゴがねらいを移す。すぐさまこぶしでウツボの頭をたたつぶすビスコだが、そつこうせいどくすでにその足首にみてしまっている。


(くそ……あ、足が……!)


 エスカルゴのりようよくじゆうがビスコをとらえようとするそのしゆんかん、小さなかげが、砂上をすさまじい速さでね、かんいつぱつ、ビスコの身体を横っ飛びに突き飛ばした。


「っあ……!」


 じゆうが、てつにいくつも穴をあけて通り過ぎてゆく。ごうおんに混じって、肉がはじける生々しい音がひびき、血の飛沫しぶきがいくつも砂へ飛んでかわいた音を立てる。

 エスカルゴのかげが通過した後、月の光に照らされて、たおした小さなかげから、ぼろぼろのがいとうがはためいた。


げい……ビス、コ……」

「うわあああーッ! ジャビッ!!」


 戦慄わななさけぶビスコへ向けて、エスカルゴがまたもせんかいを開始し、そのカタツムリの頭部をぬらりと月光に光らせる。

 ぎらり、と。

 ビスコの緑色のひとみが、ひときわ強くきらめいた。はつを波打たせ、おくくだかんばかりにめたぎようそうは、しゆすくむようなれつきわまりない殺気に満ちている。まばたきひとつせずにごうきゆうしぼれば、筋肉がむちのようにしなり、りったけの力をそのいつめていく。


「おまえええ──────ッッ!!」


 ほうこうとともに、いつせん。放たれたふとは一本の直線となって、せんかいちゆうのエスカルゴの横っ腹をとらえた。はがねの毒矢は、エスカルゴのほこそうこうの、まとせいてつのロゴマーク、その星的の中心にそのやじりを突き立てると、めりめりとそうこうばんえぐき、ついには、がん! とくぐもった音を立ててつらぬいてしまう。さらにあろうことか、その勢いを殺さずに反対側をかんつうし、夜空の彼方かなたへ消えてゆく。

 分厚いそうこうを無理矢理えぐかれた軍用機の身体は「く」の字にひん曲がり、横っ腹はつらぬかれた風穴を中心として、巨大な鉄球でなぐられたかのようにへこんでしまっている。

 ねらいがたくみであるとか、りよりよくすさまじいとか、そういうレベルの一弓ではない。

 およそ人間のわざではなかった。

 横っ腹をつらぬかれたエスカルゴは「ぎびょお」と一声鳴いて、ピンク色の毒液を吹き散らかした。予想だにしないダメージと、キノコきんに体内をらされるかんしよくに、その首をぐるぐるとみだして完全にせいぎよを失う。

 ぼぐん! ぼぐん! というごうおんとともにキノコが咲いて、そのそうこうを食い破り、エスカルゴはその身体をキノコまみれにしてついらくする。そしていしのように何度も砂をねた後、ばくを50mほどもけずえぐって、そこでついにばくはつした。


「ジャビ、ジャビっ! うあ、血が……おいっジャビ、死ぬな、しっかりしろォッ」


 さかるエスカルゴの明かりに照らされるジャビの小さな身体に、ビスコがる。助け起こす手に、ぬるりと生暖かいせんけつかんしよくを認めて、ビスコは総毛立った。


「うへへへ……。げろ、っつったのに。あんなのを、一弓で、落としちまうんだからな……。やっぱり、お前は、ワシの……ゴホッ、がはっ!」


 豊かなしろひげに、せんけつがこぼれる。


しやべるな、ジャビ! すぐ、いみはまで医者を探す! ジャビをこんな……こんなところで、死なせてたまるか!」

「い~~い、弓だったァ~~……」


 ジャビは夢見るような目で、うっとりとつぶやいた。


「あの矢はな、おまえだよ、ビスコ。なんもかんも、つらぬいて、飛ぶ……」


 なみだうるまなひとみと目を合わせて、うたうように続ける。


「……弓を、さがせ、ビスコ。お前を、放つ、弓を……」


 ジャビのふるえる指が、ビスコのほおやさしくでると、指の形に血が線を引いた。

 そこでとうとうジャビは全身の力をき、意識を手放した。その軽い身体をきしめて、ビスコは声を殺して泣く。二粒、三粒となみだをこぼして、そして四粒目で決然となみだり、ひんしようを背中にしばって、すでに走り始めていたアクタガワの背に飛び乗った。


「絶対に、おれが、助ける……! 死ぬな、ジャビ!」


 もう、先のいつしゆんに見せた感傷は、欠片かけらもない。背中に師父の脈動を感じながら、ビスコはその両目に意志のほむらを燃えたぎらせて、ネオンまたたいみはまの街へ向け、放たれた矢のようにアクタガワを走らせていった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影