錆喰いビスコ

3 ①

『県西せいへきから10㎞地点、ご覧のように、さいたまてつばくに中規模のキノコ森がかくにんされています』

『六月初頭より、けんがくしけん、次いでぐんけんと連続的に続くキノコテロ、その同一犯との見方が強く、いみはま県庁からはテロリストのくわしい情報をぐん県警にようせいしています』

『一方でぐんけんからは、テロリスト「あかぼしビスコ」はすでにぐんなんへきにて殺害した、との発表が先日あったばかりであり、きよ情報を意図的に流したことによる責任の所在をめぐって……』



 暗い病室で、テレビの青い光が断続的に、ベッドの上の白いはだを照らした。

 女である。

 はだ一枚の長身はしなやかな筋肉でまり、強さと美しさをそなえたそれは、ねこの動物を思わせる。顔にはやや、ろうの色がにじむが、それでもその眼に強い意志がきらりと光り、すっきりと通った鼻筋と合わせてせいえんな美しさを保っていた。

 その完成した美にかげを落としているのが、彼女の半身をおおう、くような『さび』であった。さびは左のももから広がって、腹、胸、首筋を登り……ざんこくにも、その整った顔の半分をおおってしまっている。はたにもそれとわかる、重度のサビツキであった。

 女は長いまつふるわせて数回またたき、テレビから眼をらして、てんてきの針をく。

 ベッドから降り、まっすぐに立つと、長くつややかなくろかみがするりと降りる。女はぺたぺたと裸足はだしかべぎわへ歩き、そこに立てかけてある長棒を手に取った。

 てつこんである。無骨な六角形がただびているだけの、鉄の棒。長身の女の、実に身長ほどもあるそれは、重さも四、五キロではきかないしろものであった。およそ、女の持つものではない。

 それを、

 がうん! と、すさまじいキレでいた。

 風圧が、部屋のカーテンをめちゃくちゃにおどらせる。てつこんはかすりもしていないのに、部屋のあちこちがみしみしと悲鳴を上げている。

 女は呼気を落ち着けて、もう一度、

 がうん! がうん!

 続けざまに空をぐ。長いかみは風のように、てつこんおうぎのようにおどり、もうをもって部屋中をびりびりとふるわせ、びたり、と、テレビの前2㎝にてつこんを突きつけて、止まった。

 テレビではきんきゆう速報の太字とともにアナウンサーが早口でしやべり、キノコが次々と咲くいみはまの大通り、それにいみはまの夜をあかがみのキノコ守りの姿が、かえし映し出されている。


「キノコ守り、さびげんきよう、か」


 息ひとつ乱さず、女にしては低いその声が、つぶやいた。


「間に合ったな。わたしが、くされてゆくまえに。まだ、こんれるうちに……」


 女の低い声からは、冷静にあろうとする努力の裏に、テレビしに咲くキノコへのにくしみ、いかりが、おさえようもなくにじしている。

 いつぱんに、いみはまけんでいう自警団のような武力組織では、犯罪やしんりやくの防止と同じくして、キノコの、ひいてはキノコ守りのぼくめつが基本理念とされている場合がほとんどである。

 巨大なかべを立ててまでさびおそれる人民心理からすれば、さびげんきようとされるキノコを持ち込ませないというのは当然ではあり、加えて……

 この女、いみはま自警団長であり。名を、ねこやなぎパウーという。


「パウー! また、電気ぜんぶ消したでしょう!」


 がうん! と、てつこんが空をき、とびらを開けたミロの、その眼前数ミリのところでびたりと止まった。こんの圧がふわりと風になり、ミロの空色のかみでた。


おそい、ミロ」


 女はてつこんを引き、固まるミロの鼻先へ顔を近づけると、れいな口元にわずかな笑みをかべる。そしてりよううでをくるりとミロの首にからませ、自分のむなもとへ強引にんでしまった。


「ちょっ、ちょ、パウ、苦しっ」

「また、しようけられただろう。だから、フードをかぶれと言っているのに」

ちがうよ、アブされの子を見つけて、それでっ」ミロは女のうでの中からなんとか頭だけして、うらめしげに見つめた。「それに、出たんだ! キノコ守りが! からくさ大通りに。すごいんだ、大きいキノコがいつしゆんで……」

「病人を、あまり、心配させるな」


 ぎゅッ、とうででしめつけ、しやべりかけるミロの口をふさいでしまうと、女は先のれいな気配がうそのように、くつたくなく笑った。


「まして、自分の姉を」


 いみはま自警団長にして一等戦士、ねこやなぎパウー。その弟、パンダ医院のしゆうさい医師、ねこやなぎミロ。いみはまに落ちた二粒のしんじゆともされる、ぼう姉弟きようだいである。

 向かい合えば、その顔はやはり似ているけれども、その眼に宿るものはそれぞれ異なっていた。姉にはしゆれつさが、弟にはやさしさがそれぞれ光り、さながらそれは、二人に与える性を天がちがえたかのようであった。

 ミロは、何か今日の姉にいつもとはちがう、不思議とそうなものを感じて、その時はおとなしく姉のうでの中でじっとしていた。強いけれどやわらかいはだに包まれながら、時々びたかんしよくが、じゃり、とこすれるたび、ミロの心がじくじくといたんだ。

 突然、かべにかけてあったパウーの制服のポケットから、警報が鳴った。

 それに続いて、ノイズまじりの声が流れ出す。


西にしいみはま四区、県庁方面へしんにゆうしやを追い込んだ模様。二警三班から八班まで、一級けいかいに当たってください。かえします……』

あみに、かかったな。ひとあかぼし

「パウー!」


 パウーはすばやく弟の頭を解き放つと、かべにかけてある自分の装備を乱暴にった。

 首元までをおおうレザースーツの上に、セラミックの帷子かたびら、その上に自警団の制服をれば、なまはんたまけんは通らない。鋼鉄のレガースをいて、くろかみを後ろへ流し、額から頭頂部までをおおう大型のはちがねを結べば、それがいみはまほこる自警団長、戦士パウーの正装である。


「パウー、だめだよ! まだ、投薬が終わってない」姉の意を察して、ミロは必死ですがいた。「もうほとんど、心臓までサビが届きそうなのにっ! 命より、仕事が大事なの!?」

「おまえが大事なんだ、ミロ。私がもどるまでは、かぎをかけて、医院から出てはいけないよ。それから、知事の特務隊が来たら」

「ここから出ちゃいけないのは、パウーの方だろっ!」


 めつに聞かない弟の大声に、パウーの目がわずかに見開かれる。いつもなら、姉になすすべなくさとされる弟が、今度ばかりはその目に力をみなぎらせて、自分の前に立ちはだかっている。


「いつもいつも、ぼくが大事だって、無茶ばっかりで……ぼくのほうの気持ちを、ひとっつも考えてないじゃないか! 早くそこにて! 自警には、ぼくが話す!」

「……どう、あっても? どうお願いしても、そこをどいてくれないか?」

ぼくがお願いして、パウーが折れたことあった? ぼくだって、同じだよ!」

「……そうか。……うれしいよ、ミロ……。」


 パウーが不意に弟のほおに手を寄せると、びくり、とミロの動きが止まる。パウーはそうしてしばらく、いつくしみと、かなしみの入り混じった目で、ミロをじっと見つめて……

 すぱん!

 はじけるような音とともに、ミロの首筋へ当身を放った。身体に傷を残さず意識をうばう、達人のそれである。

 くらりとよろめくミロをきすくめ、パウーはそのまま、しんだいへ横たえてやる。


だれが、守ってやれる? 私が、死んで、そうしたら……。悪意から、暴力から、さびから。やさしすぎるこの子を、だれが、守ってくれるだろう?)

「まだ、死ねないよ、ミロ。命の限り……お前にせまどくを、一つでも多くくだいてみせる」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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