錆喰いビスコ

4 ①

「団長ッ、パウー団長──ッッ」


 自警団が守りを固める県庁正門前に、せつこうが息を切らしてんでくる。うでを組んでくちびるみ、じようきようこうちよくれていたパウーは、側にひかえる副長を制して自らその若い自警団員へった。


「県庁へのあしあとは、ブラフです! あかぼしは今、西門付近で、ものすごい暴れ方をしていますっ」

「どうした、何を見た? おい! 水を持ってきてやれ!」

あかぼしが相手取っているのは、ウサギ面……くろかわ知事の、特務部隊と思われます。かなりの数で、ただそれも、あかぼし一人に、太刀たちちできないようで……」

(知事め。勝手な真似まねを)


 ちぃッ、と舌打ちをくれるパウーへ、周りのかいほうもそこそこに、その団員が続けて言う。


「パウー団長っ、気を、気を静めて聞いてください」

「何……?」

「下町に、ひときわ巨大なキノコが、咲くのを見ました」団員はおそれるように歯をかちかちと鳴らし、それでも思い切って言い切る。「あれは、パンダ医院です! 団長の、弟さんの……」


 パウーの全身に、熱い血がカッとめぐり、その美しい顔を、いつしゆんしゆのそれへ変えた。

 返事の代わりに「ぎり」とおくをきしませると、その団員を押しのけて、ずかずかとおおまたで歩き出す。それへ向けて、副長があわててすがる。


「団長!」

「県庁のけいかいレベルを下げる。西門付近へは二、三、四班、北門へは九班を回せ」

「お一人で、先行なさるおつもりですか! 相手は国家手配の大悪党ですぞッ」

「だったら、何だというのだ……!?」パウーはたぎいかりとしようそうかくそうともせずに、正門前に止めていた、愛車の大型二輪にばやく飛び乗った。


「私に意見を垂れるのなら、せんで一本でも取ってからにするんだな。指示、ぬかりなくやれ!」

「こ、心得ました!」


 副長の返事を待たず、いきなりトップスピードで走りだす、純白の大型二輪。その上から、パウーがものてつこんろして地面をくだくと、単車は勢いに乗ってそのままいみはまの夜へがり、連なる住宅の屋根のひとつへと着地した。


(ミロ……!)


 パウーのしようそうは、そのままいみはまの街をける白色のせんこうとなって、遠くそびえる赤いキノコけて突っ走っていった。


 屋根の上に立ち、四方をわたす。ほこったキノコ達が、ほのかな明かりを発し、街灯のように街を照らしている。ほうが粉雪のように空をい、ビスコのまみれのほおでた。

 そのふんじんの戦いぶりに、もはやウサギ面の兵隊たちは気絶してそこらへ転がるものを残してのきってしまっており、だいけんそういみはまのその中心だけ、不思議なせいじやくおおわれている。


(ジャビが心配だ。下水道までもどるか……しかし、自警が出てこねえのは、なんでだ?)


 ビスコは考え込みながら一度「ず」と鼻をすすって、そして……先ほどから、足元でじりじりとげようともがく、がらなウサギ面の背中を、どすん! とみつけた。


「にぎゃあッ!」


 高い声を上げてかえるそのウサギ耳を引っ張ってやれば、ふくめんげ、ピンク色の三つ編みがばさりとかたへ落ちる。ももいろのくらげのようなかみの、少女であった。


「まっ、まってちょっとまってってば、あ、あたしは反対したんだようっ! こんなやさしそうなオトコノコが、悪党なわけないですよって、ね? それをさ、あの知事が無理矢理ぃ……」


 額や首にたまあせかべた少女の、った笑顔が、えんりよがちにビスコを見上げた。


「おい。お前ら一体、何なんだ? これで全部か? 自警はどうしてる?」

「ね、ねえ、こんないたいけな女の子、殺しちゃったら、めが悪くないかな? と、取引しようよ。あ、あたし、今日でめるからさ、この仕事、そのまま、きみに……」

「耳の通りが悪いよーだな。ドタマに一発咲いとくか、コラァッ!」

「ぎゃあ──ッ! こわい、こいつこわい───ッ!」


 ふと。……夜のやみの向こうで、何かがぎゃりぎゃりと回り、走る音がする。

 ビスコが耳をませば、その『ぎゃりぎゃり』はいみはまはんがいの屋根をいくつもんで、どうやらこちらへ向かってきているようである。


(バイク……?)


 ビスコの気がれたいつしゆんすきに、ネズミのようにしたくらげ少女を追う間もなく、車輪が屋根をけずる音がひときわ強くなったかと思うと、街の夜を照らす明かりの中に、大型の単車がうなりを上げておどがった。向かいの屋根から一直線に、ビスコへ向かってんできたそれは、ビスコが身構えるのとほぼ同時に、がうんッ! とてつこんいつせん、ビスコけてしたたかにき、かわらを粉々にくだく。



 しゆん退すさって死をのがれたビスコのほおくだけたかわらかすめ、びィッ、と血をいた。

 くだかわらくずしに、銀のはちがねをまぶしく光らせる、女戦士の眼光がビスコをとらえた。その美しいボディラインに、およそいなてつこんを軽々と片手であやつり、車体をひるがえしてビスコへ突っ込んでくる。

 いのしししやのようなそれへ、ビスコの退すさりざまの一弓。矢は、確かにてつこんの戦士をとらえたはずであった。しかし、がうん! と再びてつこんが空をけば、矢はかげも形もない。戦士はてつこんひとぎで、ビスコのごうきゆうはじばしてみせたのである。続く二矢、三矢も、ひらめてつこんがそのことごとくをはじき、服にかすり傷ひとつつけさせない。


(こいつ!)


 ビスコはせまる戦士のはく、力量を見て取ると、とつに弓を下へ向け、眼前の屋根板へ矢をはなつ。全速力でビスコをつぶそうと眼前までせまった単車は、そこで、ぼぐん! と強く咲くキノコのしようげきによって、したたかに空へカチ上げられた。


「……っ!」

こええ乗り方しやがる。めんていだ、マヌケ」


 笑うビスコはしかし、空中にう戦士が体勢を立て直したのを見て、表情をめた。

 てつこんの女戦士は、がった単車を足場代わりに思い切りみ、その勢いでかえって、すさまじいスピードでビスコをくうしゆうしたのである。


「ッッキャラァァッ!」


 戦士の身体と、つややかなくろかみたつまきのようにさかき、遠心力をもってかれるてつこん。それはもののようなするどさで空気を引き千切り、弓をたてにして受けるビスコの脇腹わきばらさった。ビスコの身体は、まるでられたボールのようにすっび、通り向かいの家のかべげきとつして大きな穴を開けた。

 ごうおんとともに、すなけむりが上がる。女戦士はわずかに目を細め、キノコ守りの消えていった穴にしばし目をらし、そのてつこんを、風を切るようにまわしてみせる。


(先のこんで、ったはず。……ひとあかぼし、この程度か……)


 わずかに、失望の色が女戦士のひとみにじみ……そして急激に見開かれる。ネオンの光を照り返して、何かするどいものがキラリと光ったのをのがさなかったのだ。

 ぎいん!

 鉄が、鉄をつらぬく音。とつてつこんで身を守った女戦士の眼前に、黒色のやじりがぎらりと光っていた。放たれたはがねの矢が、六角形のてつこんつらぬいて、あわや眼前にせまったのである。


(人の弓か、これが……!)


 戦士の額にわずかにあせき、めた歯を「ぎり」ときしませた。

 ビスコは建物のうすい屋根をやぶってね、女戦士と向かい合うように着地して……


「なんだお前? 強いな」と、くように笑いかけた。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
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