錆喰いビスコ

4 ②

「そんな真似まね、どこで覚えるんだよ。いみはまじゃ、はなよめしゆぎようこんらすのか?」


 ビスコのごうきゆうりよくもさることながら、そのスピードもじゆうだんとほとんど変わるものではない。それをたがわずたたとしてみせる、そのわざじんじようのものではなかった。

 ましてそれが、女となれば。


いみはま自警団長、ねこやなぎパウー」女にしては低めの声が、こつちようはつにややにじませている。「投降してを待て、キノコ守り。次は頭をかち割る」


 長身に白いコートをはためかせ、てつこんを青眼に構えるパウーの姿は、さながら西洋のいくさ天使を思わせるゆうそうさである。ただその、一見せいれんに見える姿と、かくしきれないしゆの気配のギャップがビスコの興味をて、その犬歯をいたずらっぽくのぞかせた。


「そういう事は、なぐる前に言うんじゃねえのか?」かいそうに笑うビスコ。


「おなわについても殺すって顔してるぜ。おれに親でも、殺されたかよ?」

「警告したぞッ!」


 長いかみが一直線にび、てつこんがビスコの足元をくだいた。風がパウーのまえがみをかき上げ、その美しい顔の、いた部分をあらわにした。


(ひでえかたしてやがる。くたばりかけで、この動きか)


 ビスコは内心おどろきつつ、連続でおそいかかるパウーのてつこんけながら屋根から屋根へまわり、先ほどばされて転がっていたパウーの単車を、そのりよりよくでもって、まるで四番打者がバットをかざすように、ぐわりと持ち上げた。


「しゃあァッッ!」


 がうん! ろされるてつこんを、ビスコが単車をおおたてのようにあやつって、はじく。二合、三合と合わすたび、単車はまたたにべこべこにへこみ、ついにエンジンから火をした。


「キャァラァッッッ!!」


 パウーの気合いつせんろされたてつこんすさまじいりよくをもって、自分の愛車を真っ二つにへし折る。しかし、ここ一番のビスコの判断もまた、ばやいものであった。ビスコはとつに火をくエンジン部分をパウーへ向けて放ると、ばやく弓をき、それへ放つ。

 大きなばくはつが、二人の間で起こった。

 すさまじいしようげきに吹っ飛んだビスコは、背後にあったゆうじようの屋根の上、巨大なボウリングピンのマスコットにぶち当たって、そいつをごうおんとともにぶったおしてはくえんを上げた。一方でパウーもてつこんくいのように屋根にしてしようげきこらえ、なんとか屋根の上でみとどまり、はくえんの中で不敵に立ち上がるビスコをにらえる。

 かすっただけでも骨をる、必殺のこん。それのれんげきをこうまで受け止められた経験は、パウーにはない。パウーの眼光に込められた殺気は変わらずするどく、しかしきようがくにじませてもいる。


「そのかたで、大したもんだと言ってやりてえが。あんまり動くと、回りが早いぜ」

「ぬけぬけと……! そうやって、これまでの街も、サビまみれにしてきたか!」

おれきたが、キノコは、さびくんじゃねえ。さびを食って育つ、ゆいいつの、さびじよう手段だ」ビスコは血混じりのえきいつしよに、折れたおくを「べっ」とそこらへして、パウーへ向き直った。「さびの気がいところに、通りすがりに生やしてやってるだけだ。感謝されこそすれ……そんなエモノで、こうまでめつちにされるいわれはねえ」


 まさに死線を続けざまにくぐるようなとうの中で、かいそうに言葉をつむぐビスコ。パウーは息を切らしながら、やや呆気あつけにとられた風でそれへ答える。


「そんなおとぎ話を、信じると思うのか……!? 都市を手当たりだいキノコまみれにして、キノコ守りはくがいふくしゆうをしてやろうというのが、貴様のねらいであろうが!」

ちがう。おれは、《さびい》を探してる」


 ビスコはパウーの視線を正面から見返して、たいぜんと言い返した。


い……? だと……?」


 てつこんを構えながら、パウーのひとみれる。相手は、すきだらけである。なのに、目をらすことができない。語るビスコの両目にゆらりと燃える、悪意とも殺意ともちがう、何か強力な意志がパウーをとらえ、そのてつこんふうじていた。


「人だろうが機械だろうが、どんな深いさびくす、そういうキノコだ。それで助けたいやつがいて……ずっと旅してる。こんを下ろしておれを通せ。いみはまに、用もうらみもありゃしない」

「……下らんもうげんで、いまさらけむかれると思うか! 構えろ、あかぼし! 私のこんは、その位置まで届くぞ!」

(……あかぼしのこのゆうは、何だ……? 私のさびを見て取って、どうようさそっているのか……いや。キノコ守りが、何をかそうと関係ない。次のこんで、私が、勝つ!)


 パウーのしゆんじゆんを見て取ったか、かいそうにビスコのこうかくが上がる。そして、自分に向けて構えられたてつこんにらみ、何かのころいをさとると、悪童の気風で、パウーに言い放つ。


「でもまあ、いみはましゆうかくがないわけじゃなかったぜ。いい医者が居てな。世話になった」


 ビスコはそこで言葉を切り、まじまじとパウーの顔を見つめる。


「……ねこやなぎ、っつったか? よく、似てるよ。お前、ミロの知り合いか?」

「ミロ、だと」


 のろいが解けたように我に返るパウーの顔に、にわかにきんちようが走り、その美しいブルーのひとみがふるふるとれた。


「ミロに……ミロに何かしたのかッ。貴様、ミロをどうしたァッ」

「何か、したか、だと?」ビスコはそこで、そのきようけんづらに、にやりと犬歯を光らせた。


「何かしたら、どうなんだ。何したと思うんだ? おれが何て呼ばれてるか、知らねえのかよ?」


 ビスコの言葉を最後まで言わせず、すさまじいスピードでパウーがカッ飛んできた。しゆそのものと化したパウーのてつこんは、大上段からぶわりと空をき、一直線に、がうん! とビスコの額へとろされ、それをスイカのようにかち割る、

 はず、であった。

 てつこんは、ビスコの額の肉の少しを割っただけで、そこにとどまっている。ぶしゅう、とす血にまみれて、ビスコは犬歯をしにして、にやりと笑った。


「っっ!?」

「バーカ」


 ビスコをとらえたはずのてつこんから、何か白い、丸いものがエアバッグのようにふくれ、しようげきを殺したのだ。それはてつこんせんたんから、持ち手のほうにまでポコポコといくつもふくし、

 ぼうん! と、てつこんなえどこにして、さくれつするように丸くほこった。

 すべらかな白いはだが美しい、球形のキノコである。


てつこんに、毒を……!)


 てつこんで鉄矢を正面から受けた時、強くんだフウセンダケの毒は、パウーがこんを強くるうたび、その中で根を広げていた。ビスコが防戦にてつしたのも、らしくない長話で時間をかせいだのも……パウーのてつこんませた毒を発芽させる、せきであった。

 キノコのしようげきひるむパウーのすきを、ビスコはのがさない。ばやふところすべみ、鳩尾みぞおちを思い切りげれば、パウーの体が空中へ高くく。


「鉄の表面に白くきんいたら。それが発芽のサインだ」宙をうパウーの目に、弓をしぼって笑う、ビスコの姿が映った。「世間話に付き合ってなければ、お前の勝ちだったな」

あかぼしぃぃッ!」

「引退してよめに行けよ。美人だから、なぐりにくかった」


 言いざまに放たれたビスコの弓を受けるすべは、今のパウーにはなかった。毒矢がびた自分のみぎかたを深々とつらぬくのを見て、パウーの意識が激痛にゆがみ、白く飛んでゆく。


(ミロ……! あの子は、あの子だけは……!)


 目を閉じ、気を失って落ちてくるパウーを、ビスコは一つ、二つ屋根をんできとめると、やや体勢をくずしつつなんとか着地する。


「見た目より、重いぞ、コイツ」


 ビスコはかたにパウーをかかえたまま路地裏へ飛び降り、そうとして……ふと、パウーのあでやかなくろかみが地面にこすれるのをしのびなく思う。しぶしぶ身体を前に、かみていねいに両手でかかえなおしてやって、そこでようやく、てんのごとく裏路地をけてゆくのだった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影