錆喰いビスコ

5 ①

「動くな」


 うなじにひやりとした殺気を感じ、ビスコは思わず動きを止めた。


ひとじちを置いて、もろを上げろ」


 背後からねらわれているらしい。熟練の敵の気配に、ビスコの表情がまる。

 パウーとの戦いでずいぶん時間をかせがれてしまい、他の自警団員が集まる気配を感じ取ったビスコは、蜘蛛くものような下町の道を走り、ジャビを置いてきた地下道へ急ぐちゆうであった。

 保険に、ひとじちとしてねむるパウーの身体をかかえてはいるが、どうやら自分をねらう気配は相当なれのもので、小手先のきが通用する相手とは思えない。

 ビスコは言われた通りひとじちを置き、ゆっくりとりよううでを上げて……

 だん! と、地面をくだいて飛び上がる。飛び上がりざまにいたとかげづめの短刀をひらめかせ、ぎゅるりと身体をひねり、殺気の主の首元めがけいた。

 ぎいん!

 必殺の一刀を防いだのは、同じくとかげづめの短刀であった。

 短刀しのふくめんがおにぎょろりと光る眼を見て、ビスコはさけびかける自分をあわてておさえる。


「……っ、あ……!」

「ウヒョホホ! がりのジジイに、ようしやないのォ」

「ジャビっっ!」思わず目を見開いて、さけぶビスコ。ふくめんいでげらげらと笑うしように、ビスコははじめ言うべき言葉を見つけられず、口をぱくぱくと動かすのみであった。


「う……動けるのか!? 傷はどうした!?」

「んやあ、この通りよ。たまァ六発、入っとったらしいぞい」


 ジャビは言いながら、服の腹のあたりをまくげて、そのきずをビスコに指し示した。


「……てめえ、くそじじいっ! 結局、ぞこなうなら、最初から元気にしてやがれッ!」

「ばかいえ、あんなん死ぬと思うわい。あのパンダぞううでがなかったら、ワシもここまでじゃったろな。でもさあ、生きてるワシもワシで、すごくない?」

「……ばかやろう……あんな、ゆいごんみたいな事、言うから。おれはっ……!」


 強面こわもてをくしゃりとくずし、こみ上げるものを必死でこらえるビスコ。

 さるのように裏路地をけるジャビを追いかけて、そこでようやく追いついてきたミロは、そのビスコの表情をたりにして、思わずびくりと立ち止まった。

 ひとあかぼしの流すなみだは、このきようぼうなキノコテロリストのむねおくに息づく、暖かく少年らしいやさしさをミロに感じさせ、そのほおをわずかにほころばせた。


「……ミロ。お前、やってくれたのか」

「いえ! できることをしただけです。あかぼしさんの、アンプルが効きました!」

「恩人に義理を返すのはキノコ守りのおきてだ。おれにできることは、何でも言え」

「そんな、ぼくはただ……」


 ミロは照れくさそうにビスコから視線を少しらして、すぐ近くにたおれている、ちようはつの女戦士にを止める。


「……ああっ! パウー!」

「知り合いか。やっぱ」ビスコはひとつうなずくと、女の身体を助け起こして、かべに寄りかかるようにしてやった。「すげえ暴れっぷりだったから、ねむどくませてあるけど、てるだけだ」

「姉です。……ねむどく、って、あかぼしさん、勝ったの!? パウーに!?」

「こいつのサビにはまだキノコが効く。さっき、ジャビに打ったのを使え」


 ビスコが言い終わる前に、ジャビがひょこひょこと歩み寄って、余ったヒソミタケのアンプルをパウーへ注射してやった。むらさきいろの薬液が、びたかたぐちから身体に吸い込まれると、パウーは少しまゆを寄せたが、ほどなくして静かな、楽な呼吸にもどってゆく。


「っす……すごい……!」


 キノコ守りの知識が作るアンプルの薬効は、ミロの才覚をもってしても調ちようざいできたことのない、らしいものであった。これまで苦しみをおさえつけるようにしてねむっていた姉の、その安らかながおを見て、ミロは自分の心に新しい決心ががるのを感じる。


「ビスコ。ぼーっとしてられんぞい。自警のイグアナへいがこっちまでせまっとる、もう五分とかからんぞ。次、囲まれたら、流石さすがけきれん」

「わかった。北門はすぐだ。行こう!」

「うん。ワシが食い止めとく。行ってきんしゃい」

「おう、……ああ!?」


 ビスコはそうとして、しようの思わぬ返答にかえった。


「何だ、食い止めるってのは!? てめえが来なきゃ、意味ねえだろ!」

「ちったあ考えろい。たま六発いたばっかりの老いぼれが、すぐ旅に出られるわきゃ、ねえだろう」

「考えるのはてめえだ、ジジイ! 調ちようざいをどうする!《さびい》を採ったって、その場に、調ちようざいできるやつがいねえと……!」


 ジャビはしろひげでながら、いたずらっぽい眼で、ついと目線をビスコの横へ投げてよこす。

 ビスコが、ゆっくりとジャビの視線を追いかける、その先に、きんちように身を固めて立ちすくむ、童顔のパンダ医師の姿があった。ビスコの視線を受けてミロは一度ごくりとかたみ、それでもいつしようけんめいに、その眼をらさないように受け止めた。


「っ、ボケたか、ジャビっ!」

あかぼしさん! ぼくも! ぼくも、連れていって下さいっ!」


 そでにすがりつくミロの思った以上の力に、ビスコはそれをはらいのけることもできず、ただきようがくに口を開いた。


「ッは、はなせッてめえ、ジジイから何か、吹き込まれたなっ」

「聞きました、《さびい》のこと! お役に立てますっ、調ちようざいもできる、貴方あなたの傷も治せます!」

「バカろうっ、お前みたいな、ちょっと目はなしたら死んでそうなやつだれが連れていくかよッ」

「いま、何でもお願いを聞いてくれるって、言ったばかりです!」

おれはランプの精じゃァねェんだよォッ」


 ビスコはそこで眼をいて、れつのごとくミロにりつけた。


「お前みたいな都市育ちのガキが生きていけるほど、かべの外はあまくねえんだッッ! そのなまちろうでの一本二本で、済む話じゃねえんだぞッ」

「それが、なんだ!」


 ミロは勇気をしぼり、その目に力をみなぎらせて、さけかえした。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影