「姉さんを、ただひとりの肉親を、救えるかもしれないんだ。腕なんか、くれてやる、首が飛んだって、構うもんか!」
ミロの全力の、剝き出しの叫びが、ビスコの鉄の心にびしりと亀裂を走らせた。
口を真一文字に結んで両目を見開き、ミロの胸元をぐいと引き寄せ、その瞳を覗き込む。
これまで、ジャビ以外の誰も、ビスコの相棒たりえたことはない。その暴れ馬のような鉄の意志力は、どんなに武勇に優れるキノコ守りも、鞍から振り落としてきた。
まして眼前で震えるこの少年は、錆び風が吹けば飛びそうにか細く、弓も引けず、蟹にも乗れないのだ。壁の外に出たことすらない、生っ白い都市の少年にすぎない。
ただ、その眼だけは。
その澄んだ青色の瞳だけは、葛藤の中で震えながら、それでも……
ビスコの翡翠の瞳と強く引き合って、恒星のように、燃え立つ意志に煌めいていた!
『二班、三班、散開! 北門へ回りこめーッ』
「ビスコ! 自警じゃ! もう迷っとる暇ぁ、ありゃせんぞッ」
ビスコはそこでひとつ、大きく息を吸い込んで、三秒だけ瞑想した。
目を見開くと、激情を覚悟に変えた、キノコ守りの一等星の精悍な顔がそこにある。ありったけを吐き出して、震えながら自分を見つめ続けるミロに、その鋭い眼光を向けて、言った。
「死にたくなきゃ、ちゃんと言うことを聞け。キノコ守りの旅の基本は、相棒同士、二人一組。片方が死んだら、そのまま道連れだ」
「赤星さん!」
「それと! それだ、その、クソめんどくさい敬語をやめろ! 相棒は常に対等なんだ。俺はビスコ。お前はミロ! わかったかよ!?」
「わかりまっ……」
ギロリ、とビスコにさっそく睨まれて、ミロはあわてて口を噤むと、弾けるような笑みを浮かべて、言い直した。
「わかったよ、ビスコ!」
「ウヒョホホ」ジャビが屋根の上で、高らかに笑った。
「新タッグ誕生ちゅうわけじゃの。ほい、もう行けい!」
迫る自警団、イグアナ騎兵の道を塞ぐように、ジャビの放ったキノコ矢が、ぼぐん! ぼぐん! と咲き、忌浜の夜にまた喧騒を呼び込む。遠く跳ね飛んで行くジャビへ、ビスコは口を開きかけて何か言葉を迷い、そして、やめた。
「おい、お前、姉貴はどうすんだ。このまま寝かしとくのか!?」
「大丈夫! 自警団のみんなが、しっかり保護してくれる。ポーチにも、たくさんキノコアンプルを入れておいたから! あっ、でも……」
「今生の別れになるかもしれねえんだ。時間はねえが、顔ぐらいよく見とけ」
ミロは頷いて、寝息を立てる姉に駆け寄り、自分の腕につけていた革のブレスレットを、姉の腕にはめてやる。
「何度も、何度も……僕のこと、守ってくれた。僕の、盾になってくれた。だから、一度ぐらい。僕がパウーを守っても。パウーのために傷を受けても、いいでしょう……?」
眠る姉の額に自らの額を押し付けて、少しだけ、目を閉じる。
「僕が、かならず。かならず、助けるから。待ってて、パウー。姉さん……」
ミロはしばらくそのまま、愛情を確かめるように姉を抱いていて……ふと、思い出したように慌てて跳ね起き、ビスコへ向き直った。新しい相棒は手首の時計を血走った目で眺めながら、凄まじい落ち着きのなさであたりを見回している。
「お、お、終わったよビスコ! もういいよ!」
「遅っっせえええんだこのボケ──ッッ! 始める前に終わる気かァッ!」
ミロの言葉を聞くなり、憤然と腕を引っ摑み、そびえ立つ北門へ向けて駆け出してゆく。
「ミロ、ってのは、」ふと振り返って、ビスコが聞く。「あの、ココアみてーなアレか? 牛乳で、溶かす……」
「うん! 強い子のミロ。母さんが、つけてくれたんだって……」
「けッ。強い子の、ミロ、か」ビスコは、走りながら紫色の矢を番え、壁の手前の地面に向けて撃ち刺した。矢毒はすぐに菌糸を巡らせ、周囲の地面を徐々に紫色に変えていく。
「……悪い名前じゃあ、ねえ!」
ミロの身体を抱え、ビスコが思い切り矢を踏み抜けば、ぼぐん! と大きい衝撃とともに、巨大なエリンギが咲き誇る。それに乗って跳ね飛んだ二人の身体が、忌浜の夜空へ躍り、そのまま高い壁を越えて、新しい地平へと飛び出していった。