錆喰いビスコ

5 ②

「姉さんを、ただひとりの肉親を、救えるかもしれないんだ。うでなんか、くれてやる、首が飛んだって、構うもんか!」


 ミロの全力の、しのさけびが、ビスコの鉄の心にびしりとれつを走らせた。

 口をいちもんに結んで両目を見開き、ミロのむなもとをぐいと引き寄せ、そのひとみのぞむ。

 これまで、ジャビ以外のだれも、ビスコの相棒たりえたことはない。その暴れ馬のような鉄の意志力は、どんなに武勇にすぐれるキノコ守りも、くらからとしてきた。

 まして眼前でふるえるこの少年は、かぜが吹けば飛びそうにか細く、弓も引けず、かににも乗れないのだ。かべの外に出たことすらない、なまちろい都市の少年にすぎない。

 ただ、その眼だけは。

 そのんだ青色のひとみだけは、かつとうの中でふるえながら、それでも……

 ビスコのすいひとみと強く引き合って、こうせいのように、燃え立つ意志にきらめいていた!


『二班、三班、散開! 北門へ回りこめーッ』

「ビスコ! 自警じゃ! もう迷っとるひまぁ、ありゃせんぞッ」


 ビスコはそこでひとつ、大きく息を吸い込んで、三秒だけめいそうした。

 目を見開くと、激情をかくに変えた、キノコ守りの一等星のせいかんな顔がそこにある。ありったけをして、ふるえながら自分を見つめ続けるミロに、そのするどい眼光を向けて、言った。


「死にたくなきゃ、ちゃんと言うことを聞け。キノコ守りの旅の基本は、相棒同士、二人一組。片方が死んだら、そのまま道連れだ」

あかぼしさん!」

「それと! それだ、その、クソめんどくさい敬語をやめろ! 相棒は常に対等なんだ。おれはビスコ。お前はミロ! わかったかよ!?」

「わかりまっ……」


 ギロリ、とビスコにさっそくにらまれて、ミロはあわてて口をつぐむと、はじけるような笑みをかべて、言い直した。


「わかったよ、ビスコ!」

「ウヒョホホ」ジャビが屋根の上で、高らかに笑った。


「新タッグ誕生ちゅうわけじゃの。ほい、もう行けい!」

 せまる自警団、イグアナへいの道をふさぐように、ジャビの放ったキノコ矢が、ぼぐん! ぼぐん! と咲き、いみはまの夜にまたけんそうを呼び込む。遠くんで行くジャビへ、ビスコは口を開きかけて何か言葉を迷い、そして、やめた。


「おい、お前、姉貴はどうすんだ。このままかしとくのか!?」

だいじよう! 自警団のみんなが、しっかり保護してくれる。ポーチにも、たくさんキノコアンプルを入れておいたから! あっ、でも……」

こんじようの別れになるかもしれねえんだ。時間はねえが、顔ぐらいよく見とけ」


 ミロはうなずいて、いきを立てる姉にり、自分のうでにつけていたかわのブレスレットを、姉のうでにはめてやる。


「何度も、何度も……ぼくのこと、守ってくれた。ぼくの、たてになってくれた。だから、一度ぐらい。ぼくがパウーを守っても。パウーのために傷を受けても、いいでしょう……?」


 ねむる姉の額に自らの額を押し付けて、少しだけ、目を閉じる。


ぼくが、かならず。かならず、助けるから。待ってて、パウー。姉さん……」


 ミロはしばらくそのまま、愛情を確かめるように姉をいていて……ふと、思い出したようにあわててき、ビスコへ向き直った。新しい相棒は手首の時計を血走った目でながめながら、すさまじい落ち着きのなさであたりを見回している。


「お、お、終わったよビスコ! もういいよ!」

っっせえええんだこのボケ──ッッ! 始める前に終わる気かァッ!」


 ミロの言葉を聞くなり、ふんぜんうでつかみ、そびえ立つ北門へ向けてしてゆく。


「ミロ、ってのは、」ふとかえって、ビスコが聞く。「あの、ココアみてーなアレか? 牛乳で、かす……」

「うん! 強い子のミロ。母さんが、つけてくれたんだって……」

「けッ。強い子の、ミロ、か」ビスコは、走りながらむらさきいろの矢をつがえ、かべの手前の地面に向けてした。矢毒はすぐにきんめぐらせ、周囲の地面をじよじよむらさきいろに変えていく。


「……悪い名前じゃあ、ねえ!」


 ミロの身体をかかえ、ビスコが思い切り矢をけば、ぼぐん! と大きいしようげきとともに、巨大なエリンギがほこる。それに乗ってんだ二人の身体が、いみはまの夜空へおどり、そのまま高いかべえて、新しい地平へと飛び出していった。

刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
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