錆喰いビスコ

6 ①

 青々とわたった空に、堂々たる入道雲が天高く積み上がっている。

 千切れ雲が時折、強くす夏日差しをかくしては、からりとかわいた風があせばむ身体をすずやかにけてゆく。

 とち、《ばら》。

 いみはま北部に広がるこの高原、名の由来にもなっている《》は、春から夏にかけて勢いよくえ、玉状になってふわふわと空中をただよう。それらが日中の光をんで、夜にやわらかく発光する様はなかなかに美しく、旅人の心のなぐさめにもなるのだったが、およそ旅ゆく無骨の賞金首には、そういうぜいはあまり興味の対象にならないようであった。


「……よかった、追ってこないみたいだね」

「暑っっつい! わかったから引っ付くな! ヒトデか、てめー!」


 ビスコの後を必死でついていくミロに、ビスコがそでで額をぬぐい、返事を返す。

 熱を持ってただよに加えて、足元にえる若草と、転々とそこらに転がる自動車や戦車などのスクラップが夏の陽に焼けて、厚着せざるをえないビスコに玉のあせかせていた。


ぼくの見立てだと、キノコアンプルのおかげで、パウーはもう三ヶ月は持つと思う。問題はジャビさんのほうで、かべの中でもひと月ぐらいが限度だと思うんだ」


 ビスコはキロリとミロを見やって、びくりとすくむミロに、先をうながすようにうなずいてみせる。


「ジャビさんの言う通り、あきの秘境みたいなところにさびいがあるんだとして、歩いてちゃとっても間に合わない。かといって、車なんかで行けるような旅路じゃないし、いみはま高速道なんか使ったら、すぐ自警につかまっちゃうだろうし……」

「お前、おれけんだけのアホだと思ってんな。そんな事ァ、わかってる。考えなしで、飛び出してくるわけねえだろ!」

「何か、アイデアがあるんだね!」


 ビスコはそこで、小さく毒づきながらも、こしのポーチから、たたんだ地図を取り出した。のぞむミロに示すように、生傷まみれの指が地図をなぞる。


あしこつたんみやくまつたんが、丁度この北あたりまでびてる。炭鉱の中の一番長いトロッコ線が、山形南部まで続いてるらしい。うまくげれば、二日とかからねえはずだ」

あしの、炭鉱、って……」


 ミロの表情が、じよじよあやしげにくもってゆく。


こつたんみやくの、中を通ろうってこと!? そ、それは、ビスコ! いくら何でも、無茶だよ!」


 あしこつたんみやくとは、東京ばくさいの後に出現した新たな燃料資源『こつたん』のさいくつげんとしてさかえた、日本有数の炭鉱地帯のことを言う。

 こつたんは、すずや黒炭などの鉱物がかぜで変質した新世代燃料であり、骨のように白い外観からそう呼ばれたとか、テツジンの飛び散った骨をなえどこにして発生したからだとか、名前の由来には諸説あるものの、とにかく現在多く使われているいつぱんてきな燃料の一種である。

 かつてその広大な鉱脈のさいくつけんめぐって、とちにいがたふくしまなどの県が争い、炭鉱の拡大開発が行われたが、しかしそれも、炭鉱内に増え続けるぎようの進化生物や、ふんしゆつする有毒ガス、ひんぱつするばくはつ事故などが重なり、現在はどの県もこの鉱脈から手を引いている。

 今はただ、トロッコのトンネルに穴だらけにされた山脈が、天然の火薬庫としてそびえ立っている……というのが、あしこつたんみやくの現状であった。


こつたんみやくひそんでるてつは、おそろしくきようぼうだってうわさだよ。集団でかじりつかれたら、骨になるまで十秒かかんないって。いくらビスコが強くたって、ぼくらだけで、そんなの相手に……」

だれが、二人だけで行くっつったんだよ」

「ええっ!? だって、他に……」


 そこでミロは、ビスコが自分の言葉を話半分に聞きながら、先ほどからあたりをきょろきょろとわたしているのに気がつく。


「ねえビスコ。さっきから何か、探してるの?」

「その、三人目をな。……いま、見つけた」


 ビスコがそこで指笛をひとつ「ぴい」と鳴らすと、突然、眼前の土がぐわりと持ち上がり、巨大なかにが二人の前にふさがって、日の光をかくした。

 オレンジ色のこうかくが陽光にまぶしくかがやき、げた大バサミは、自動車ぐらい容易にたたつぶしそうな、はくりよくように満ちている。


「うわ、わ、わああ!」

「バカ。味方だ」


 思わずビスコの後ろへかくれるミロをひじき、ビスコはうれしそうにおおがにへ歩みよると、こうについた土をていねいはらってやる。ていこうもなくそれに身を任せるおおがにの様子を見て、ミロも少しずつけいかいを解き、それでもややぜんとしてビスコへ問いかける。


「そ……そのひと、ビスコの、友達?」

「兄弟だ」あらかた土をはらいのけた後、ビスコは大きなあしんで、背中にかれたくらへ飛び乗った。「テツガザミの、アクタガワ。かべの東から回り込ませたんだ。こいつ、暑いの苦手だから……土にもぐってるだろうと思って、探してた」


 テツガザミは、名前の通り非常にかたこうかくを持つおおがたがにである。

 そのきようじんな身体とあつかいやすい性格から、海沿いの県の自警団に動物兵器として採用されていたこともあり、アクタガワもそのまつえいであろうと思われる。たいほうじゆうを背負ったまま、さんがくぬまばくと場所を選ばず行軍できるテツガザミのとうりよくすさまじく、そのこうかくきようじんはさみによるこうげきと合わせ、一時は無敵の兵科と言われたほどであった。

 が、おきなわかにへい部隊が九州へ行軍する際の異常気象で、好物のコムギエビが大量発生したために全兵が海へ飛び込んだきりもどらなかった、というなんともけないつから、今では自警団にテツガザミを見かけることはほとんどなくなっている。


「炭鉱にひそむタイプの動物は、歯や毒が通らない相手には絶対におそかってこない。どんな場所でも歩けて、力も重機より強い。アクタガワはおれたちの切り札だ。お前も、早めに仲良くなっとけよな」


 改めてそのアクタガワのようながめれば、左の大バサミこそきようあくに見えるものの、すっとぼけたあいきようのある顔をしており、先ほどからひまそうに土をほじる仕草も相まって、なかなか可愛かわいらしく見えてくる。

 自分に手をべるビスコへ、ミロはおそるおそる近寄ってその手をつかむと、ビスコのとなりみぎかたくらへ引き上げられてそこへストンと収まった。


「うわあ──っ、すごい……!」


 アクタガワの上から見る景色は、青々としげばら草原をずっと遠くまでわたせる、ゆうだいながめであった。ミロは先ほどまでのきようも忘れてすっかり喜び、前に身体を乗り出して、アクタガワのそのすっとぼけた顔をのぞんだ。


ねこやなぎミロっていいます! よろしくね! アク」


 ミロが自己しようかいを言い終わることはなかった。アクタガワの右のハサミでえりもとを『ぐい』とつかげられ、そのままはるか前方へ向けてえんりよにブン投げられてしまったのである。


「ゆわああ────────っっ!!」

「あ、ああっっ!! バカ、アクタガワ、お前っっ」


 遠く悲鳴を上げて、放物線をえがいて落ちてゆくミロを、アクタガワを降りたビスコがあわてて追いかける。しげる草とやわらかいのおかげか、ミロに怪我けがはないようだったが、ぶすりとふくれてくちびるなみだのその顔から、精神的なダメージは容易に察することができる。


「……きらわれてる」

「……。く、くひひひ……!」


 そのふてくされたような言い草に、ビスコもさすがに笑いを殺しきれず、腹をかかえて笑った。うらめしそうなミロの視線を受けてあわててせきばらいをし、言う。


「バカ、その程度でくさるな。お前だって、知らないカニが背中に乗ってきたら、ブン投げるだろ。あいつだって、かになりにプライドがあるんだ。おたがいに慣れていくしかねえ」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
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