錆喰いビスコ

6 ②

「彼のプライドと、ぼくの首の骨の、どっちが先に折れるかってこと?」

「予想以上に、口の減らねえパンダだなあ」


 ビスコはうでを組んで少し考え込んでいたようだったが、のんびり近寄ってきたアクタガワの、そのかたぶくろとミロの白衣を見比べて、ひとつうなずく。


「いずれにしろ、アクタガワに乗れなきゃ、炭鉱も通れない。よし。まず、形からだ。……そういや、アクタガワ、医者はきらいだった」


 キノコのきんませた、ヒトデがわのズボンとチュニック、マムシがわのブーツ。こしまわりには、キノコ毒の薬管をしたアンプルサックと、とかげづめの短刀を二本、雑多な道具をんだポーチが二つ。刀のさやのようにしてベルトへづつを差し、使い込んだなめしだけがいとうを首かられば、それが全身をさびきようから守る、いっぱしのキノコ守りの正装である。

 ミロにこの一式を着せてやれば、白衣の時よりいくぶんせいかんに見え、ビスコから見ても存外、んでいる。

 実際のところ、ミロもビスコが思っていたほどきよじやくなわけではなく、幼いころからのパウーとのたんれんのおかげもあって、かにに乗るための体の基本はできている風ではあった。

 それをその通り伝えてやると、ミロは満面の笑みで喜んで、アクタガワへ飛び乗り……

 かれこれ三時間。


「うわああ──────っっ、止まって────っっ!!」


 もう、何度目かもわからないミロの悲鳴が、広いばらにこだまする。

 ビスコはこぶし大ほどのてつつぼにかけながら、ミロを横目に見てアドバイスをさけぶ。


「曲がるとき、ビビって逆に体重かけるから、アクタガワがおこるんだ! そいつを信用しろ、動きを強制するな」

「そりゃ、言ってることは、わかるけどーっ!」

「なら、あとは慣れだ。平気だ、お前の首の骨が勝つ……たぶんな」


 ミロは、何度も地面に放り出されてどろきずまみれの顔にあせしたたらせて、それでもアクタガワのくらきやしやな身体でがると、なんとかもう一度づなを取った。


(す、少しは、ちゃんと……となりで、教えてくれてもいいのに!)


 ずっと遠くで何やら火をいている、あんまりにも放任主義なビスコをうらめしげに横目に見つつ、ふと、ミロが前に視線をもどすと。

 何やら大荷物を背負った、がらぎようしようにんが道をてくてくと歩いているのが、すぐ眼前までせまっていた。ミロはあわててづなを引きしぼり、大声でさけぶ。


「うわっ! 人! 人がいるってば! アクタガワ、ストップ、スト──ップ!」


 アクタガワの急ブレーキとともにミロは前方へすっとび、あやうく石道にたたきつけられるところ、ただよっていたのひとつにぼふんときとめられて、かろうじて勢いを殺して着地した。


「い、痛ったああ……! あ、アクタガワ、速すぎるよ……!」


 ミロは打ち付けられた脇腹わきばらさすりながら、先の商人の安否に思い当たって、あわててき……ようとして、自分の様子をのぞむ、がらな少女と目を合わせた。


「あ、目え開いた。死んじゃったかと思った」

「っあ、ごめんなさいっ! ど、どこか、怪我けがしませんでした?」

「それ、こっちの台詞せりふだよー? まあ、いっか」


 商人はミロににやりと笑いかけ、背後のアクタガワのようかえった。


「きみさあ、すんごいかに、乗ってるね! こんな立派なの、あたし、初めてだなあ」


 ふところにするりと飛び込むように白いはだがすり寄り、金色のひとみがミロを見上げた。目に痛いようなピンクがみの、がらな少女である。れる三つ編みが、深海でおどるクラゲを思わせた。


「よく見たら、か~わいい顔してる! ねえ、パンダくんって呼んでいい? こんなかに、買えちゃうぐらいだから、かせいでるんでしょー。ねえねえ、おくさんいるの?」


 耳元でささやかれる少女の声に、ミロはぶるりとふるえ、あわてて首をった。


「わ、わあっ! ちがいます、アクタガワはぼくかにじゃないんです! 相棒の……その、友達で」

「なあんだ、連れがいるの? ちぇー、つまんねー」


 くらげ少女はあっさりとミロからはなれて、アクタガワを見つめながら思案するように、耳の前の三つ編みをぐりぐりと指で遊ぶ。そして……ぜんとした顔を、いつしゆんでにこやかな笑顔に変えて、不思議そうに自分を見つめるミロと目を合わせた。


「ねえ、パンダくん。こんなおおがににさ、ただ乗って慣れようとしても身が持たないよ。乗りたてのころは、けんのあたりにこういてやるのがつうなの。そうすりゃかにだってリラックスするから、自然と、ご主人になついてくれるんだよ」


 くらげ少女はふところかわバッグから黄色いびんを取り出すと、その細い指で、ひらりとミロの前にかざしてみせる。ふたを開ければ、やまさわやかなかおりがそこからただよった。


「えっ! や、やっぱり、そういう方法があるんですね!」

「常識だよう。こんな無茶して、れいな顔に傷つけたらもったいないよ。ちょうど、こうが余ってるからね。あたしがちょっとばかし、手本を見せてあげる!」

「わあ、本当ですか! あっ、でも今あんまり、持ち合わせが……」

「くふふッ……お金なんか取らないって!」ねこみたいな金色のひとみが、にい、と笑った。


「困った時はおたがさま。こんなろくでもない世界でしょ……あたしは、人情だけは大事にするって、決めてるの!」


 その、アクタガワから半キロほどはなれて。

 ビスコは油断のない顔で、目の前のてつつぼを見つめている。くつくつと弱くえる赤い液体に、ころいを見て何やら緑色のほうを少し、足す。しばらく様子を見た後、鉄のやじりしんちように、一枚ずつひたしてゆく。

 ミロのそれと比べ、きわめて原始的に見えるこれが、いわゆるキノコ毒の調ちようざいである。

 はたにはシンプルでも、少しでも加減を誤れば、調合中のキノコきんが一気に発芽して大事故につながってしまうため、非常にせんさいかつ危険な作業といえる。

 特にビスコの調合するキノコ毒というのは、発芽りよくを極限まで高めたとんでもなくピーキーなしろものほとんどで、本人かしようのジャビでもなければ、れることすら危険であった。

 危険度の見返りに、ビスコのキノコ毒はらしく高品質で、独創的かつ豊富な種類も持ち合わせている。特にエリンギなんかは、はつダケの発芽力にタマゴタケのだんりよくせいを合成し、強力なジャンプ台として機能させた、ジャビをしてうならせるビスコの代表作である。

 一方で、人間やかにいやしたり、病を回復させるキノコアンプルについては、ビスコは才能のかけらも持ち合わせていなかった。薬は毒とちがい、人体に効果的に作用させるためのせんさいなバランス感覚が必要で、いくらジャビがそのあたりを教えても、心肺の停止しかねないきよくたんな薬ばかり出来上がるのである。これについてはジャビは早々にこの分野に見切りをつけ、それ以上のキノコ薬学はビスコに教えていない。

 ビスコはきんが落ち着いたころいを見計らって、ひたしたやじりつぼからてつばしで拾い上げ、ためしにそこいらに生えた大木に向けて、やじりでぶん投げた。

 ばぐん、ぼぐん、ぼぐん!

 やじりさった大木から、連続的に赤くれいなキノコが咲き、平たくうすかさをゆっくりと広げ、ふわりとほうをばらまいた。こつたんの鉱脈も食い破って咲く、赤ヒラタケの毒である。


「……うーん。まあ、いいか」


 ビスコは自前のキノコ毒の出来にとりあえずなつとくすると、を消し……


「うわ─────っっ! かにどろぼう────っっ!」


 しばらくぶりのミロの悲鳴を聞き流そうとして、その内容に、ぴく、と身を固めた。


「かにどろぼう……??」


 思わず声のほうを見れば、方向も定めずめったやたらに走り回るアクタガワ、そのくらに、見知らぬ大荷物の少女がすわっている。ミロはといえば、アクタガワの巨大な左のハサミにつかまって、ぶんぶんと上下にれている。


「だ、だましたなっ! づなはなせよっ、アクタガワ、返せーっ!」

「人聞き悪いなあ! パンダくん、悪いのはあたしじゃなくて、世の中なの! いいからあきらめて、手ぇはなしなってば!」


 当人達が必死なのはわかるのだが、遠目にはなんとも間のけたづらではある。


「……何、やってんだ、あのバカ!」



刊行シリーズ

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