錆喰いビスコ

6 ③

 大体のじようきようを察したビスコは、背中の弓をはなって、ぱしゅん! と一弓放ってみせる。

 ビスコの矢は、走るアクタガワのちょうどくらあたりの高さをただよう、大きなさって、ぼぐん! と、いつしゆんで勢いよくシメジの群れを咲かせた。


「ぎにゃッッ!」


 くらげ少女はシメジのすさまじい発芽のりよくに、つぶれたような悲鳴を上げて吹っ飛んで、アクタガワから転がり落ちた。それに追い打ちをかけるように、ビスコの二の矢、三の矢が少女すれすれの地面に突き立っては、ばくはつするシメジで少女をまどわせる。


だれかにに、手ェつけてんだ、コラ! そのまま、えさになりてえかァッ!」

「ぎゃーッ! わーッ!」さけらすくらげ少女のあしはすさまじく、ビスコのおどしが聞こえたのかすらわからないほど、すでにはるか遠くへ走り去っていた。

 ほどなくして、くらに主人を失ったアクタガワが、ビスコの元へゆるりとはしもどってくる。

 ビスコの前で、ようやっとアクタガワのおおばさみから転げ落ちたミロは、どろですっかりよごれた顔をぬぐい、ごほごほとんだ。


「この、バカ! 何がどうなったら、あんな……」


 ビスコはミロにりつけ……ようとして、それはもう見るからにすっかりしょげかえってうつむく、生傷まみれのミロの顔を見て、そのあまりのびんさに何も言えなくなってしまった。


「び、ビスコ、ごめん、ぼく……!」

「いい! あやまるな。……今日はもうお前が持たねえ。先に進もう」

「だ、だいじよう! 時間がないよ、はやく、乗れるようにならないと……」

「その、産まれたての鹿しかみてえな足でかよ。訓練はまた明日だ。怪我けがだけ、治してこい」

「……うん、わかった」


 言いながらビスコは、少しけんしわを寄せて、次の手に考えをめぐらせていた。

 ミロの才能うんぬんよりも、本音を言えば、キノコ守りでもない素人しろうとにすぐにかにに乗れなんて、そもそも無茶な話なのだ。

 キノコ守りにしてもそのすべてが自在にかにあやつるわけではないし、中には、薬物によるさいみん状態を利用して、半強制的にかにあやつるキノコ守りも存在する。


(急ぐ旅とはいえ、アクタガワに、薬は使いたくねえが……)


 ビスコが思いをめぐらせながらミロをながめていると、ミロは自分の少ない荷物をかかえて、てくてくと……どうやら、アクタガワの方へ歩いてゆく。


「アクタガワ。無理させちゃって、ごめん。薬、るから、じっとしててね!」


 ミロがふところからむらさきいろかがやく薬管を取り出し、アクタガワへ歩み寄ると、さすがにアクタガワも不気味がったのか、ぐわり! とおおばさみかかげてかくする。アクタガワのかくはくりよくといったらすさまじく、他の動物はおろか、兄弟分のビスコをしてたじろがせるほどである。

 それへ、


「強がってもだめ! ほっといたら、筋肉が弱くなるよ! はい、きをつけっ!」


 少しのひるみもみせずに、ミロが声を張った。おどろいたのはビスコで、それまでおおばさみかかげていたアクタガワがじよじよけいかいを解き、ゆっくりと、かくを解いたのである。


「そう! いい子だね。はい、おすわり!」


 アクタガワの白い腹をでて、笑顔のミロがささやけば、とうとうアクタガワも全身のきんちようを解いて、足を折ってそこへ座り込む。ミロが、手にした薬液をアクタガワの関節に吸い込ませてゆくと、ほのかにこうそうのようなかおりが辺りにただよった。

 呆気あつけにとられて自分を見つめるビスコに、アクタガワをでながら、ミロが声をかける。


「ごめん、あんな無茶な乗り方されたから、ずいぶん筋肉に傷をつけちゃった。でも、ツキヨモギの再生薬を使ったから、アクタガワなら、歩きながらでも治るよ!」

(……おれは、自分の傷を治せって、言ったんだがなあ)


 ビスコはとなりまで歩いていき、不思議そうな顔で、落ち着いたアクタガワとミロを見つめる。


「おまえ、これができるのに、なんで、背中に乗れないんだ?」

「……? これがって、どれが?」

「……。く、ひ、ひひひ……。まあ、いいよ」


 ビスコはそこでかいそうに笑ってくらへ飛びのり、ミロの手を引いて、右のくらへ上げてやった。づなに反応して走り出すアクタガワの上で、ビスコがつぶやくように言う。


「予定へんこうだ、かにの訓練はやめる。おまえ、かにに関しちゃ、才能がある」

「ええっ!? あんな、ありさまだったのに……?」

「でも、アクタガワと話した。おれも初めて見たよ、かにに乗るまえに、かにと話せるやつなんて」


 巨大な八本足で走るアクタガワのしようは、ふしぎとおだやかで、みぎかたに乗っている異物感も、先の一幕でずいぶんとやわらいだようであった。


 くずれかけた巨大な寺の屋根をぶち破るようにして、巨大なせんしやほうが一対、空へ突き出ている。やしろを囲むように折り重なったそうほうや戦車のざんがいの上には、やシダが生え積もって、昼間にめた陽光をやわらかく夜にともしていた。


につこうせんちようぐう、って言うんだ」アクタガワの上で、ミロがビスコしに言う。「昔にね、もうびちゃった戦車とかをいつせいはいするときに、このお寺でとむらって、まつったんだって。だからほら、鳥居も、何かのしゆほうみたいな、つつでできてるでしょ」

「あの、像はなんだ? 鳥居んところの。さるが、三びき並んでるぞ」

「見せざる、聞かせざる、言わせざる、っていう神像なんだって。自警団のそつこう三原則だね。当時のとちの軍規を、像にしたんじゃないかって言われてる」

「ふうん。くわしいじゃねえかよ」

「学校出てますから」

「そうか。…………だれが、へんゼロだ、コラ!」


 いまいましげにうなるビスコが改めて寺のたたずまいをながめれば、長い間人の手は入っていないように見えるものの、鉄はれいさびの気配もなく、仮にも寺なのであればそうやまぶしのようなやからからまれることはないように思えた。


「よし。ここでいつたんる。ちょうど、あしの鉱脈も目と鼻の先だ。お前、アクタガワだけじゃなくて、自分の傷もしっかり治しとけよな」

「これぐらい平気だってば。ぼくだって男だよ!」

「血のにおいで、岩ダニが寄ってくるだろ。傷口にもぐまれたら、死ぬほどかゆいぞ」

「……う。ちゃんと、治します……」


 アクタガワを中庭にかせ、ほん殿でんに入る二人。ふと、くらやみおおわれたほん殿でんの中に、何やらけむりかおりと、ほのかにたきぎがらが、小さい光を放っているのが見てとれる。


「……先客がいる。ここで待ってろ」


 びくりときんちようするミロを片手で制して、ビスコが弓を構えてゆっくりと歩を進めると……

 やみの中に、見覚えのあるピンク色の三つ編みが、不規則にれているのが目に入る。


「……なんだ。さっきのかにどろぼうじゃねえか? おい、よく会うな、このろう

「う、うぐ、う……かひゅう、かひゅう。う、げえっ……」

「んん? そういやお前、いみはまでも見たな。てめえ、何かの差し金で、おれ達をけて……」


 ビスコはそこまで言って、のそりといた少女の異様に、思わず言葉をめた。

 見開かれた両の眼はドス赤くじゆうけつしきって、顔中に玉のあせかせ、のどから絶えずごろごろと異音を立てている。どう見ても、じんじようの様子ではない。


「こいつ……!?」

「ビスコ、どいて!」ミロがはじかれたように少女へけより、その背中を強くたたいた。「ぎゅぼおっ」と、ねんちやくしつの音を立てて、口から血混じりの白液がびたびたとされる。

 ミロは数回、その白液をかせて気道を確保すると、こしのアンプルサックから緑色の薬管を取り出し、少女の白いのどへ向けて躊躇ためらいなくす。薬液が吸い込まれていくにつれて少女の呼吸があらくなり、ふるえも一層激しくなってゆく。


「気ぃつけろ、ミロ! そいつ、なんかいてるぞッ!」

「胃の中に、何かいるんだ! ちょっと、あらっぽくなるけど……っ!」


 かんざいの注射を終えたミロは、一度大きく息をき、思い切って少女のくちびるに口付けした。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影