錆喰いビスコ

6 ④

「んう!? んむうーっ!」と、目を見開いてもがく少女をよそに、ミロが少女の気道を思い切り吸い上げれば、少女の白いのどに何かがせり上がり、ふくがってくる。

 ミロは口中に何か動く異物をとらえると、それをおくでしっかりとつかまえる。そして思い切り首をよじれば、2Lペットボトルほどの白い虫が少女ののどからずろりと飛び出し、ねんえきと血にぬらりと光った。ミロがそいつをゆかてると、「ぴゅぎぃ」と悲鳴が上がる。

 意外なほどすばやく地をい、そうとする虫を、ビスコのひとりがすっとばす。ほん殿でんの柱にべしゃりと打ち付けられたそれは、くたりと体を折ってそこで動かなくなった。


「何だァ、こりゃ?」

ふくがいこだ」額のあせぬぐいながら、ミロがビスコに言う。「昔、れいげられないために使った虫だよ。最初に卵を飲ませて、しないように薬で飼い殺す。今だと、しゆうじんとか……」

いみはま知事の、特務隊とかに使うって?」げほっ、げほ、と何度もんで残ったねんえきし、ようやくひと心地ごこちついたくらげ少女は、いまいましげに言葉をした。


「ど、通りで、いっつも、変な薬飲まされると思ったんだ。変なバイトするんじゃなかったよ、あの、インチキ知事……」

「ほら、水飲んで。しばらくがあるだろうけど、もう、平気だから……」


 むさぼるように飲む水で、青ざめた顔にじよじよに血の気をもどし、落ち着いていく、商人の少女。それを見て、ミロがうれしそうに微笑ほほえむ。


(こいつ、昼間あれだけコケにされた相手に、よくまあこんな顔ができるなぁ)


 ビスコはあきれていいのか感心していいのか、とにかくミロと目を合わせてうなずいてやると、元気をもどしたももいろくらげの背後から、そのしりをばすんとげた。


「ぎにゃッ! うわ、あ、あかぼし……! なんでまた、あんたが……」

「ぎにゃっ、じゃねんだよ。お医者様ありがとうございますの一言が、まず、先だろうが!」

「……く、くふふ、じようだん言うよお。旅先で、女一人、助けるってことはさ~……」


 くらげ少女は口元をぬぐい、はだけた白いかたでながら、不敵に言ってのける。


「つまり、そーいうこと、でしょ? さっき、すんごいキスされたし。食べられちゃうかと思ったよお。あたし、結構高いけど……パンダくん、はらえるのお?」

「……え、えええっ!? あれは、そんなつもりじゃ!」

「くふふ、かーわいい! じゃあ、りようだったらいいの? ねえ先生、さっきの虫ぃ……もう一ぴきおなかに、いるような気がするんですけどお」


 少女にしゅるりとられて、顔を真っ赤にしてきゆうするミロ。あきれながらも相棒をかばって、ビスコがせいを飛ばす。


「いい加減にしろ、コラ! てめえのそのカマボコみてえな身体さわって、だれが喜ぶんだ!」

あかぼしくんは、女を知らないなー。あたしの値打ちがわかんないようじゃ……くふふッ、ひとあかぼしも一皮むけば、初心うぶなチェリーくんってわけですか」

「……わあっ! 落ち着いて、ビスコ!」はつを立て眼を見開いて、本気で弓に手をかけるビスコにしがみつき、ミロがあわてて止める。「目が、目が本気だよ! うわっ、こ、こわ!」

「お前はくやしくねえのか! こんな、しようねじれきった女……!」

「しっ。……ねえ、きみ、行商に行くんでしょう」


 自分のくちびるに指を立ててビスコを制し、ミロが笑顔で少女に問いかける。


ぼくたち、食べ物が足りなくて。よかったら、何か分けてもらえませんか?」


 くらげ少女は、予想しなかった展開に、大きな目をぱちくりまたたかせる。散々だまくらかしたはずのパンダ少年のくつたくのない笑顔を、きょとんとした顔でながまわして……


「……あんたたち、本当に、身体目当てじゃないの?」と、疑い深げに言う。


「だったらどうして、りちに……あたしなんか、助けたのさ。品物が欲しけりゃ、あたしが死んだ後、そっくり持ってけばよかったじゃん」


 少年二人はしばらく、びっくりしたようにおたがいを見つめ合い、やがて言った。


「……言われてみりゃ、その通──」「損得の前に、身体が動いちゃうんだ、ビスコって! 目の前で死にそうな人、ほっとくなんて、できないよ。ね! ビスコ!!」


 がいとうの下でミロに手首をつねられ、くちびるをきゅっと結び、不服そうにだまむビスコ。

 このみような二人組の空気に毒気をかれたか、くらげ少女はひとつ大きく息をついて、しなを作るのをやめて乱暴に胡座あぐらをかくと、鹿らしそうにほおづえをついた。


「どーやら、天然物のおひとしに助けられちゃったみたいだなー。運がいいやら、情けないやら……。ちぇっ、子供相手にこび売って、損したよ!」


 少女は首をって、さっきまでのびた態度をすっかり放り捨てると……心機一転、自前のランプに火を入れて、赤いを広げる。荷物から手早く並べられる商品のそのしなぞろえは、いかくるっていたビスコをしてきようしんしんにさせるほど、そうかんなものであった。


「ま、いいや。そんなら本業でお相手すっかいな。わくのくらげ商店へようこそ、お二人サン」

「くらげ商店? おもしろいね、きみの名前から取ったの?」

「まー人がいいなパンダくんは。このご時世、商人が簡単に、人に名前なんか教えないよ」


 くらげ少女は三つ編みをくるくると指で遊んで、楽しげに言う。「あたしのかみ、くらげに見えない? このかみがただと、お客の覚えがいいんだ。店の名前は、そっからだね」

「……言うだけあって、見たことねえもんばっかりだな。うわっ、このワイン、2017って書いてあるぞ! これ、本物かよ!?」

「ほんとはうちは、武器や兵器図面が専門だけど。もちろん食べ物だってじゆうじつしてるよ! どう? これなんか。純度百のさそりみつ、舌がとろけちゃうよ! 今はなきソロモン酒造の、バニラウォッカなんてのもあるけど……これはきみら少年には、ちょっと早いかな」


 少女の手に商品がひらひらとおどるたび、ビスコの眼がきらきらとかがやく。そこに、相棒の手でそっとがいとうすそを引かれて、あわてて我に返った。


「おい、ちんぴんとか高級品が欲しいわけじゃねえんだよ。腹がふくれりゃいいんだ、炭パンとか、しおもちとか、そういうのはねえのか」

しおもちぃー? そんなびんぼうくさいの、いちいち背負ってないよ、あたしは」


 景気の悪そうな顔でむくれる店主の前で、ミロは楽しげに視線を動かし、すみっこのほうに置いてある、おの山に目をつけた。


「見て、ビスコ! ビスコのバター味がある! これ、もらおうよ! 好きでしょ?」

「……いや。食ったことない」ビスコはなんだかみようずかしそうに、視線を泳がせて答えた。


「見たことあるだけだ。キノコ守りはそういうのめつに、手に入らねえからな……」

「……ビスコって、ビスコなのに、ビスコ食べたことないの!」ミロは一度おおおどろいて、その後、はじけるように笑った。「じゃあ、なおさらだね! あの、これ、もらえますか?」

「なんだ、そんなのがいいの? ひとつ、四につだよ」

「はああ───っ!? このおよんで、そんなに金とるのかよ!!」

「あったりまえだーッ! お前の力が弓矢なら、あたしは金なんだよッ!」ピンクの三つ編みをらして、少女がビスコへ額を近づける。


「たまたまお前にかなわないってだけで、こっちはお前の賞金まるまる損してんだ! ケチくさいこと、かすんじゃねーッ!」


 図々しいのもここまで来ると、説得力すら帯びてくるから不思議である。そのはくりよくに顔を見合わせる少年二人の、手に持ったにつの札を二枚すばやくって、ビスコの箱を五つ放ると、少女はつまらなそうにさっさと商品をしまい、をたたんでしまった。


「あーあ。つまんない商売だったー。かに乗り相手じゃ、燃料も売れないし……。あたし、もうるけど。さわったら、百につだかんね」


 少女は不満そうにぼやいて、古くなった液状骨炭を、ポリタンクから外の地面にびしゃびしゃと捨てていく。


さわるだあ~? わざわざ、毒くらげにかよ?」

「パンダくんは、半額でいいからねっ」

「いいからもうろよ、てめーはっ!」


 空のタンクを片手にほん殿でんおくへ引っ込む少女を、ふんぜんと見送るビスコ。そのそでを、ミロがくいくい引く。


「ほらビスコ、おこると、おなか減っちゃうよ。せっかく買ったんだから、これ、食べようよ!」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影