錆喰いビスコ

6 ⑤

 ミロはビスコの手にさつそくふくろから取り出したビスコを数枚、にぎらせる。自分を見つめる、星のような視線にあらがえず、ビスコは、おそおそるそれを口へ運んでゆく。


「どう? 自分の、名前の由来だよ! ……想像とちがった?」

「……もっとこう、かたいのかと思った。強い子の、って言うからよ。味も、ようのための……なんか、くまきもみてえな味なのかと」

「あっはは! そんなはずないよ、おなんだから! ねえ、おいしかった?」

「うん。うまい。」ビスコは言葉少なにそう言いつつ、じんじようでない速度でビスコをあさり、はやくも三箱目に手をかける。「……都市の人間は、毎日こんなもん食ってんのか……」

「ちょ、ちょっとビスコ! 食べすぎだよ、ぼくのも取っといてよ!」

「なんでだよ。おれのほうが身体でかいんだ。多少多く食って当然だろ」

「相棒は常に対等なんだって、あかぼしさんがおつしやったんですけどお」


 ビスコは悪戯いたずらっぽい皮肉に返す言葉を失ってぶすりとだまみ、ミロのてのひらに半分、ビスコを出してやって、自分は大事そうに残りをちびちびかじす。ミロはその横顔をなんだか楽しそうにながめて、一枚一枚をゆっくりしやくしていくのだった。


 深夜。ビスコを起こさぬようにミロはほん殿でんからこっそりして、アクタガワがねむる中庭へ歩いてゆく。

 まぶしいほどの月光が、夜にアクタガワのようを照らしている。


「……すごい、回復力。アクタガワも、つうかにじゃないんだな」


 あのビスコの兄弟分として今日までを共にいたとすれば、このきようじんさもなつとくできる。ミロは静かにアクタガワの関節部分にれ、筋肉の具合を確かめた。

 ふと。ねむっていたアクタガワが起き出し、その身体をずわりと持ち上げる。


「っあ……! ごめん、アクタガワ。起こすつもりじゃ……」


 言いかけて、アクタガワの様子とみような気配に、ミロは耳をます。何か、地の底からひびくような『ごごごご……』とうなる気配が、だいにしっかりとしんどうとなり、足の裏に伝わってくる。


しん……? でも、これって……!」ミロが、あわててほん殿でんかえったしゆんかんごうおんを立てて寺のいしだたみが割れ、いくすじもの蒸気がしてきた。同時に、寺全体が大きくふるえ、どうやら地面全体がじよじよにせり上がってくるようなのである。

 思わず悲鳴を上げ、どんどん強くなるしんえかねてアクタガワにたおれこむミロ。アクタガワはすばやくミロをハサミでつかみ、自分のくらへ押し込むと、そのまませんちようぐういしだたみって、しげる地面へ飛び降りた。

 かろうじて体勢を立て直したアクタガワと、ミロの目の前に。

 夜のやみに二つ、黄色く光る電球のような巨大な目がまたたく。大木のような前足がごうおんを立てて地面をたたけば、そこらに転がるはいしやのスクラップが、紙切れのように宙にう。


せんちようぐうは、生きてる!」ミロはアクタガワにられながら、きようがくにわなないた。


「兵器を、ただまつってたんじゃない。寺そのものが、動物兵器だったんだ!」


 やどかり、と表すのが最も近い姿形だが、そのようはじつに、人の二倍あるアクタガワの、さらに三倍以上もあるような巨大さ。まさしく、せんかんのごとき、かいぶつである。

 土をかきわけて突進してくるそれを、アクタガワはからくもかわす。『せんちようぐう』はそれを気にもめずに、何か明確な目的地があるのか、迷いなくそれへ向かってゆく。


「ビスコがっ! アクタガワ、ビスコが、まだ中にっ!」


 ミロの言葉の終わらぬうちから、アクタガワが走り出す。

 慣れない新人キノコ守りと、歴戦のおおがにの目的意識が、ここで初めてビスコを助ける使命にいつしたようであった。その、すさまじいスピード! ミロは自分がかにに乗れないことすら忘れて、ジェットコースターのようにづなにしがみついているしかない。

 へいそうしてくるおおがにへ向けて、『せんちようぐう』にとむらわれていた戦車のなきがらが、次々とほうを向ける。どがん! どがん! と連続して打ち出されるせんしやほうを、横へ、前へけるアクタガワ。


「アクタガワ、上っ!」ミロの声に、まんおおばさみばしたいちだんはそのまま戦車へかえり、そこでばくはつして複数の戦車をちんもくさせた。


「ぎゃあーッ! やだやだーッ! 置いてかないで! あたし、死にたくない──ッ!」

「バカろうッ、はなれろてめーッ! こ、こいつ、なんつー力してやがる!」

「ビスコ!? どこにいるの、ビスコ────ッ!」


 ほん殿でんの屋根の上、月光に照らされて、ビスコの赤いかみがいとうがはためく。

 その足に、荷物を背負ったくらげ少女が、全力ですがりついているのが見てとれる。


「ミロ! こいつの本体はすみいジャコだ、こつたんを食う! さっきくらげが捨てた燃料で、目を覚ましたんだ。このままあしの鉱脈に突っ込まれたら、鉱脈がばくはつして、トロッコが使えなくなる!」


 ビスコの声に呼応するように、戦車のじゆうが次々に火をき、ビスコをねらう。ビスコはさけらす少女をかかえるようにしてび、その全てをけるも、ビスコにきつく予想外の力にバランスをくずし、屋根から転がり落ちてしまう。


「だめだ、こっちはくらげが始末に負えねえ! お前がなんとか、こいつの足を止めろ!」

「止める!? 止めるって、こんなの、どうやって!」

けんを、ぶち割るんだ!」ビスコは声を張りながら、自分をねらしゆほうのひとつに矢をっぱなし、咲かせたキノコでもってばくさせる。「のうらしてやれば、この戦車どもも止まる! アクタガワだ! アクタガワのはさみで、けんを割らせろ!」

「いきなり、かにりビギナーにっ、無茶言わないでよっ!」


 そこで何か言いかけるビスコへ向けて、せんしやほうく。かんいつぱつ、少女をかばったビスコのあとにははくえんが残り、ビスコの声も様子も、すっかりかくしてしまう。


「ああっ! ビスコ──ッ!!」


 この危機に、相棒の姿が見えないことほど、心細いことはない。それでもミロは、心をなぐりつけるような不安をおさえつけて、一度大きく息を吸い、く。


(お前が、こいつの足を止めろ、って。言ってくれた。ぼくに、できると思ったなら。信じてくれたんだったら……やるよ、ビスコ。きみの言う通りに、してみせる!)


 ミロが両目を見開けば、そのひとみには決然と意志の火がともる。走るアクタガワの背にほおを当て、指でおおがにけんを、すーっ、とでて、静かにささやいた。


「アクタガワ。……ここが、あいつの弱点。けんねらって、足を止めるんだ。そうしたら、きっとビスコがやってくれる。ねえ、アクタガワ。きみ……うまく、できるかい?」


 アクタガワのいたあわが、ひとつふわりと宙へき、ミロの目の前ではじけた。それが、アクタガワの何かの意思表示だったかさだかではないが、とにかく……

 どがん! と、ちやくだんするほうだんばくはつ、それを利用してミロがづなあやつれば、アクタガワが巨大な身体をねさせる。そのまま、せんちようぐうほん殿でんの屋根をぶちいてせいだいに着地すると、もうぜんせんちようぐうの入り口めがけてけ、そびえ立つ巨大な鳥居をそのおおばさみで千切り取った。


「いけえっ、アクタガワ───ッ!」


 アクタガワはせり上がったがけの先、まさにすみいジャコのけんめがけて飛び上がり、きざまに、りかぶった大鳥居をおおおののようにあやつって、思う様、そのけんたたきつけた!


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影