錆喰いビスコ

6 ⑥

 鋼鉄とこうかくがおたがいをくだう、すさまじいごうおんかいじゆう映画さながらのだいはくりよくいちげきに、せんちようぐうはくえんを上げてさすがに大きくよろめき、るようにそのまえあしを高くかかげた。

 その、まえあしがって、はくえんくように飛び出す、赤いかげ


「ビスコ!」


 銀色の月をバックに高くね、気絶した少女をミロへ放り、赤いかみがいとうをはためかせたビスコは、そのまま逆さまの姿勢で弓をしぼり、ぎらりとミロに笑いかけてみせた。


「言っただろが。お前、かにの才能あるってよ!」


 ミロがくらげ少女を受け止めると同時に、一弓。放たれた矢は真っ赤な直線をえがいて、アクタガワがくだいたせんちようぐうこうかくおく、その脳を深々とつらぬき……

 ぼぐん、 ぼぐん、 ぼぐん!

 すさまじい勢いでそのキノコ毒のきんを広げ、せんちようぐうの身体のそこらじゅうから、巨大な赤いかさを咲かせはじめた。

 落ちてくるビスコをくらきとめたアクタガワとミロは、苦しみにあばくるせんちようぐうから急いではなれ、小高いおかで、赤ヒラタケにおおわれてゆくそのさいながめた。


「……危ねえとこだった。あのまま、あいつをもう半キロも走らせてたら。あいつもろとも、炭鉱がふっ飛ぶところだった」

「はあ、はあ、はあ……、ねえ、ビスコ……」ミロはそこで、ようやく自分のつかれを自覚したかのように、ぐったりとかたを落とし、めまいをおさえながらビスコへ問いかける。


「ビスコはさ、いつも、こんなすごい相手と、戦ってるの?」

「いや。さすがに、寺ァまるごと相手にしたのは、初めてだな」あれだけの大立ち回りの後で、こともなげに笑うビスコ。「でも、明日はきっと、もっとすごいやつと戦う。そういう星なんだ、キノコ守りの……生き方っていうのは」

「……キノコ守りの、って言うより、ビスコの、星だと思うけどなあ……」


 ミロが相棒に聞こえないように、ひかえめにつぶやく。それに少しも気づかない様子で、ビスコは眼前にそびえるあし山脈の、そのたんこうせつを指差した。


「もう、鉱山の入り口がこっから見える。あれがこつたんの集積場で、そこからトロッコが出てるはずだ。明日には、アクタガワであそこまで登って、そこから……」


 突然、どうん! と空気をごうおんが、ビスコの声をさえぎってひびわたった。音の出所を二人がけば、どうやらキノコにおおわれゆくせんちようぐうさいほうこうか、ひときわ巨大なせんしやほうを、遠く夜空へ向けてはなったのであったらしい。


「……あ。」


 その黒々とした丸いほうだんは、夜空に大きなえがいて、そのまま、あし山脈の……今ビスコが示した炭鉱せつ、その火薬庫へ、いんせきのようにさった。


『ずっ、どおおおおん!』


 すさまじいばくおんとともに、砂混じりの熱風が二人のはだを焼き、がいとうをはためかせる。


「うおお、ちくしようっっ! そんな、そんなん、ありかよっっ!」

ばくはつで、岩が飛んでくる! げよう、アクタガワ!」


 走り出すアクタガワからながめるあしこつたんみやくは、積もったこつたんすように存分に燃え上がり、その広大な山脈一帯をえんの赤に染め上げようと、ばくはつかえして燃え広がっていく。ビスコはかえりながらみし、ほのおに照らされた横顔にあせをにじませた。


「くそッ! もう一歩で、結局、こうなったか……! これじゃ、トロッコは使えねえ……!」

「ビスコ……」


 安全な場所でアクタガワを止め、ビスコに何と声をかけていいかわからず、心配そうにのぞむミロ。しかし、ビスコのしゆんじゆんは、わずか五秒ほどに過ぎなかった。


「……まだ、可能性が消えたわけじゃねえ。なら、別の道を行くだけだ」


 一度、大きく息をいて、ふんぜんと胸を張り、燃える山脈をにらむ。


「それに、あのデカブツにあれだけキノコがめば。ここいら一帯からも、サビがそのうち消える……てめえの命より、そっちに、ジジイは喜ぶ」


 今や、すっかり絶命して自然の一部となったせんちようぐうに視線を移し、ビスコのエメラルドのひとみが、数回、またたいた。ミロはそのビスコの横顔をながめて、胸を打つそうさに、なんとか彼をはげまそうとしたけれど……結局、気のいた言葉を、思いつくことはできなかった。


 朝の日差しがまぶたの裏を焼く。ビスコは鼻にかかった声でうめいた後、不承不承むくりと起き上がった。まなこで、腹をぼりぼりときながら周りをわたせば、一面の草原と、ふよふよと宙をただよが、夏の陽を照り返してきらきらと光っている。


「あ。ビスコ! おはよう!」


 むしけのこうを片付けていたミロが、まなこのビスコへ走り寄ってくる。


「傷はどう? ……うん。ちゃんとふさがってるね。もしれたら、すぐ教えて」

「あの、くらげはどうした。あいつには、怪我けがはねえのか?」

「うん、元気だよ。かすきずしかなかったし、処置もしてあるから。今、見てくるね!」


 ミロの巻いた包帯の慣れないかんしよくが気になり、困ったように首をでるビスコ。その耳へ、「ああ──っっ!」と、もはや耳慣れてしまった相棒の悲鳴が聞こえてくる。


「あの子、げちゃったみたい。バッグのお金、全部取られた!」アクタガワのかわぶくろあさるミロの、あきかえったような声。「ひええ……ビスコとさいわけといて、よかったよ」

「まだ遠くまで行ってねえはずだ。つかまえて、きにしよう」

「あっ、ビスコ、ちょっと待って!」


 かわぶくろあさるミロが何かに気づき、おやらまめやらの保存食を次々と取り出し……最後に、一枚の紙をビスコに見せて、困ったように笑う。


ひとあかぼし御一行様 各種食料品代として 八十七につ七十せん たしかちようだいいたしました』


 丸っこい文字で書かれた領収書のすみっこに、『パンダくん あかぼしが死んだら あたしと組もうね♡』との文言と、可愛かわいらしいハート形のチョコレートがえてある。


「あの子、ぼくらに、いろいろつくろってくれたんだね。どろぼうかと思ったよ」

「要は押し売りじゃねえか。似たようなもんだろ!」


 ビスコは笑うミロの後から、ふんぜんとアクタガワに飛び乗り……ふと、ミロがすっかりアクタガワに慣れ、とされずに座っていることに気がつく。


「……?」ビスコは不思議そうに相棒の顔をのぞみ、えんりよに観察する。

 ミロの顔は、自分自身で処置こそしているようだったが、地面にこすれてできた無数の生傷だらけで、またその両目の下には、わかりやすいそくのクマが刻まれている。


「お前、その傷……」


 ミロはそこで、自分の顔についた傷をとがめられていることに気づいたらしく、はっと息をめて、つい、と視線をらしてしまった。

 ミロが早朝からアクタガワとかくとうし、何度も投げ飛ばされた挙句、ついになずけたらしいことはビスコにもわかった。本来ほこっていいようなその傷を、ずかしそうにかくすあたりが、かえってミロのみようなプライドをのぞかせ、ビスコの腹をくすぐってくる。


「く、くひひひ……」

「な、何だよっ!」

「べっつにィ」


 ビスコがひとつ、アクタガワにむちをくれる。げんよさげに笑う主人とは裏腹に、アクタガワは新米との早朝トレーニングに付き合わされてやや不満げではあったが、それでもその八本足を元気に動かして、夏のばらゆうぜんけていった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
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錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
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