錆喰いビスコ

7 ①

 県庁のゆかに、かわぐつの音があわただしく鳴る。大型で黒ずくめのウサギ面が、早足でリノリウムのろうを歩き、大量の書類をかかえた新人職員をかたで突き飛ばして、紙の雨を降らせた。

 いみはま県庁。いまだ、あかぼしの残した大量のキノコのじよしゆうぜんにいそしむこの庁舎には、事務員、自警団員、科学者、建築業者と様々な人種が対応に追われ、せわしないことこの上ない。

 その中でもひときわあせりをにじませたウサギ面の手が、ある一室の、くろりのドアをノックした。


「開いてるよ」


 低く落ち着いた、にも関わらず不思議なまでに不安をあおる声が、ドアの中から答えた。ウサギ面は一度呼吸をはさみ、ゆっくりとドアを開ける。

 暗く、大きな部屋である。

 正面のかべに備え付けになっているスクリーンには、てんめつする映写機から、おにもれいとはいえない画質の映画が写し出されている。映像の中で、スーツ姿の黒人の男がハンバーガーをむさぼりながらよくわからない説法を垂れ、目の前でおびえる白人達を続けざまにころした。


てんれんとう、という、を知ってるか?」


 スクリーンからややはなれて机にこしけた男が、映画もろくに見ずに、手元の、何やら果物のようなものをいじくり回している。


「天然のエゾマンゴーを、アザラシのくそんで、はつこうさせたもんだそうだ。あまりのかんさに全国から注文さつとう、とか言うもんだから、取り寄せたよ、いばらから。いや、ミーハーを言い訳するわけじゃないが。知事たる人間、食っておかないと、知識階級の話についていけないんじゃないかと思ってな」


 それで、知事……くろかわは、そのマンゴーらしき果実の頭をスプーンでえぐて、中のみつかおりを数回、いで、まんざらでもない顔をすると、大きくすくったそのみつを口へ放り込んだ。


「うん……うん」くろかわは数回、そのみつを味わうように舌で転がしてから、なんとも言えない表情でウサギ面をあおた。「なんというか……キリンののう吸ってるみてえな味がするよ」


 それでくろかわは、持っていたてんれんとうをスプーンごと思い切りブン投げた。ガラスだなが割れ、マンゴーはべちゃべちゃにつぶれ、あまくさったようなにおいを部屋中にりまいた。


鹿にしやがる。いばらへの経済えんは全面ストップだ」

「知事。お耳に入れておかなければならないことがあります。おそらく、あかぼしは」

「生きてるって?」机の引き出しから口直しのメントスを取り出し、ミント味をくちゃくちゃやりながら、くろかわが答える。「あの、あしこうみやくだいばくはつまれても……ターミネーターみてえに、ほのおの中からよみがえったと。そういうことか? ははあ。いいぞ、続編も気になる」

「あのばくは、我々、特務隊員が行ったものでは、ありません」


 無表情なはずのウサギ面の首には、あせたきのように流れる。


「付近に、巨大なほうげきがたの動物兵器が、キノコきんによってたおされているのをかくにんしています。おそらくは、あの生物による……」

「誤射で、ばくはつした?」くろかわはそこで、大口を開けてげらげらと笑い、デスクの上のコーラのびんたおしてそこらへんの書類をぐちゃぐちゃにらした。


「は、は、はは。ふう、ふう。いやーなるほど。せで、あかぼし一行を丸焼きにするつもりが……丸焼きになっちゃったわけだな? 特務隊員、およそ五十人」

「こればかりは、計算のしようがなく……人員の不足する中、まことに……!」

「どうせばくはつで死ぬ五十人だ、それはいいんだが。うーむ、あしを張ったのは、読み通りだったんだがなあ」一度言葉を切り、たおれたびんコーラを手にとって、一口あおる。


「運が、良い……? いや。それだけで片付かない、みような星の力を感じるぞ。あかぼし……」


 じっとりと、黒いひとみくうにらくろかわ。そこへ、

 ずがん! と、かぎのかかったドアをやぶって、白銀の女戦士がそのコートをひるがえし、ずかすかと部屋にんできた。くろかわは無礼な態度に、むしろげんをよくして女に語りかける。


「ノックを、しろ、ノックを。自警はやり方があらっぽいよ。オレとこのウサギがもし、りん関係にあって……熱いほうようでもかましてたら、どうするつもりだったんだ?」

「失礼。しかし〝得体の知れぬやから〟から知事を守るのも、自警の義務ですから」


刊行シリーズ

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