錆喰いビスコ

7 ②

 自警団長パウーの、その美しいそうぼうが、ぎっ、とくろかわにらみつける。つかみかかってくるウサギ面のそのかたうでをひっつかみ、軽々と放り捨てれば、ウサギ面はそのままくろかわの漫画コレクションのたなにぶちあたって、ぐったりとうなだれてしまう。


あかぼしの、場所がわかっていながら!」パウーの声が、りんと部屋にひびく。「何故なぜついせきたいけん許可を頂けないのです! 放っておいて、いい男ではありません!」

「どこで聞いた、それ。うちのウサギ、なぐってかせたか?」


 くろかわはお気に入りのファンタグレープを冷蔵庫から取り出し、うち一本をパウーへ差し出す。パウーがぎろりとひとにらみくれれば、つまらなそうにかたをすくめて言葉を続けた。


「何にしろ、ダメだ。キノコじよきよだってまだ人手がいるし、キノコ守りはもう一人いたってうわさもある。県内がまだ落ち着いてないじようきようで、自警団にこれ以上ける人員がいるのか?」

「だからと言って……!」

「つまらんきはやめろ、ねこやなぎ


 ずるり、と、場の空気が一気に黒くよどむような、くろかわの低い声がパウーをとらえた。その、くまの深い、真っ黒くしずむような両目が、じっとりと重い気をはらんでパウーを見つめている。


何故なぜ、簡単に言えないんだ……? 助けに行きたいんだろうが。さらわれた、いとしの王子様を……」


 くろかわが手元のボタンをいじると、映像がわり、かべの向こうへあかがみの男と、空色のかみの男を映し出す。キノコの発芽力でぶ二人を、かべに備えつけたかんカメラがとらえたものだ。ハッと息をむパウーを横目に、くろかわはぐびりとファンタをあおる。


「本人には何度も言っているが、つくづく美形だよ、お前の弟は」くろかわは手元のボタンで、ミロの顔を大写しにする。「このあざがなければかんぺきなんだが。もつたいない。しかし……くく、何だな。とても、さらわれてゆくおひめ様の顔には見えんな」


 それは、まさに、パウー自身が強く感じていることでもあった。ビスコにかかえられてかべんでゆくミロの表情は、じやつかんの不安こそあれど、となりひといテロリストを信じきり、身体を預けているような安心感をにじませている。


何故なぜだ……ミロ……!)

「ことによっては、お前の弟には、テロリストほうじよの疑いもある」くろかわは声を落として、突き放すようにパウーに言ってのけた。「弟のことは自己責任だ。何度来ようが追っ手は出さん」

「知事っ!」

だいじようだって。そのうち見つかるよ……全身、キノコまみれでかもしれんが。ま、それはそれで、いいオブジェになりそうじゃないか?」


 パウーはそこで、こらえていたいかりがふつてんえたのか、あやうくげかけるうでさえ、ふるえるほど強くくちびるんだ。れたくちびるから血があごを伝い、ぽとぽととゆかへ垂れていく。

 それを見て、これまで軽口をたたきながらも、一度もしようすら見せなかったくろかわこうかく


『にぃぃぃ』


 と、がった。あまりにもじやあくな、見るものを底冷えさせる、あくの笑みであった。


「っ。失、礼」


 よろよろと部屋を出て行くパウーへ向けて、くろかわは笑い混じりに言った。


ねこやなぎぃ。いみはま自警のひめ将軍様に、もし出て行かれちゃったら、うちも困るんだ。お前にも同罪を着せなきゃならなくなるぞ。わかってくれるよな?」

 ばたん! と、したたかにめられたドアを見つめて、くろかわはいかにも可笑おかしそうに、なんとか声を殺そうと苦心して、しばらく笑った。そして、はあはあと息をつきながら、今度はビスコの顔を画面に大きく映して、しげしげと、半ばほれぼれとそれを見つめた。


「あの、ジャリガキが……。でかくなったもんだよなァ、あかぼし……。見ろよこのつらがまえ。強そうだ。強えんだろうなあ。きっとオレなんざ、足元にも、およばねえ」


 くろかわの、深いくまおくの黒いひとみは、ビスコのそのはじけるような若さを放つ顔にくぎけになって、まんじりと動かなかった。一人つぶやく声は、ぞうとも、とうすいともつかぬひびきを帯びている。


「最強の、キノコ守り。よく現れてくれた、オレの前に。きっと殺すよ、あかぼし……。オレが、ちゃんとお前の首をねて。わきをくすぐって、笑わねえか確かめて……それから……」


 くろかわふるえる手で、たくじようびんをひっつかむと、じようざいをがらがらと口に流し込み、くだいた。


「それから、ねむるんだ、ぐっすりと。こんな、ションベンの赤くなるあんていざい無しでな……」


 しばらくの間、くろかわは先ほどまでのことなどすっかり忘れて、ビスコの写真を見つめ続けていた。


「待っててくれ、あかぼし……」


 ともすればそれは、好きな女の子の写真をながめる、少年のそれにすら似ていた。




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影