錆喰いビスコ

8 ②

「ねえよ、そんなの。どうせ、うまくいくからな」


 二人の話の終わり際、武装して、それぞれの頭に思い思いの貝をかぶった、年若い少年の集団が、かいみしめてアクタガワの前へ歩いてきた。先頭にいる、さめのマスクのパンクなサザエ少年が、どうやら先ほどの声、一団の長のようである。


「……ほ、本当に、あかぼしじゃあねえか。なんで、こないなとこで、観念する気になった」

「賞金首になっても腹は減るってのを忘れててよ。この、かに、パンダ、おれ。三人にメシをくれ。その後、おれいみはまわたしたらいい」

「お前は、しばけるにしても。その、白パンダが、暴れねえ保証は」

「おとなしい品種だ。もし暴れたら、三人ともて」ビスコはこうしようごとがいかにもめんどうというふうに、れたポーズをしてみせる。「おら、しばるんだろ? さっさとしろ」


 サザエ少年は、じゆうをつきつけられて平然とするビスコに多少、されかけたものの、なんとかげんもどし、部下の少年達へするどく指示を飛ばした。


「プラム、コースケ! あかぼししばれ、荷物も、取り上げろ。この、かには……うう、でかいな……しばったりすると、暴れそうじゃ。キューピー呼んできて、世話させろ」

「ねえ、ナッツ。キューピーだけで、平気かな。こいつ、すごい強そう。やっぱり、しびれ毒かなんか、ませたほうが……」

「あっ、だ、だいじよう! アクタガワは、ぼくとビスコが言えば、ちゃんとおとなしくしてるよ!」


 きんちよう気味に少年達の話すところへ、ちがいなほど明るい、すずやかな声がひびいた。ミロはぎこちない挙動でくらから降りようとして、派手にすっ転び、カラフルな貝の砂にべしゃりとその顔をもれさせた。起き上がって犬のように顔をると、れた青いかみから小さな宝石が飛び散って、陽光にきらきらとかがやく。

 ミロはずかしそうに一度せきばらいをすると、アクタガワの腹にれながら、静かにささやく。


「これから、ちょっとだけここでお世話になるからね。だいじようきんちようしないで……」


 その、ミロのおだやかな所作にあてられて、一人の構えたじゆうこうが、知らず、下がってゆく。


「す……てきな人ぉ……。」

「ちょ、ちょっと、プラム! な、ナッツに聞こえるよ!」

「全部、聞こえとるわ、このバカども!」サザエ少年のせいが、二人のお供をびくりとすくめさせた。どうやら、そのナッツというのがこの少年の名前らしく、会話の一連の流れを聞くに、この厳しい生存競争の中で、まだ少年少女らしいじようちよを失ってはいないように見える。


「は、はい、あ、あかぼししばったよ。……き、き、きつすぎたかな。く、苦しくない?」

「バカ! 相手は大悪党じゃぞ、きつすぎるくらいで丁度ええんじゃ! おら、歩け!」

「くひひひ……。元気のいいガキだ。日本の未来は、明るい」


 にやにやと笑うビスコにされまいと、そのこしるナッツ。一方でプラムと呼ばれた女の子は、ミロの差し出す両手に、うまくじようをかけられないでいる。


「たぶん、その真ん中の穴にかぎすんだよ。ぼくがこう、手のこうを上にして……」

「こ、こう?」

「うん、そこに、かぎを……。あっ、やった、できたね!」


 ミロは、自分のうでにかかったじようかかげて、プラムに笑いかける。プラムは、そのクモ貝のぼうの下の可愛かわいらしい顔を、ぼん! と真っ赤に染めて、うつむきながらごういんにミロを引っ張ってゆくのだった。


 上階から、手動のハンドルを数人の少年が回していくと、ビスコ達五人の乗ったゴンドラがゆっくり上がっていく。文明自体がひんじやくに退化したこの時代において見ても、ずいぶんアナログなやり方でこの街は成り立っているらしい。


「ねえ、この街、不思議な形をしてるけど……何をもとにして作ったの?」


 ナッツに聞こえないように、ミロがコースケにささやく。


「て、テツジン、だよ」コースケは、自分の声のボリュームを操作するのが難しいらしく、気の毒なほどしんちように、ミロに答えた。「と、東京の、だいばくはつで、ふっとんできた、テツジンの。その身体を、くりぬいて、作ったんだって……昔、大人達が、い、言ってたよ」

(……これが、テツジン。テツジンのなきがらで、街を、作るだなんて……)


 なるほどよく見てみれば、巨大などうから上、しゆつしたせきついから横にびるろつこつけるようにして、テントやらハンモックやら、思い思いの生活空間が築かれ、その頂上には、すっかり表情のわからなくなったテツジンの顔面部分が、ややかたむいて口を開けていた。

 かつて大東京の中心でばくはつした、かぜげんきよう、テツジン。一度日本をほろぼしたむべきしようちようとして、長年日本人からはされてきたが、今や東京ばくさいを体感しない世代の人間にその意識はうすれ、その存在は歴史の教科書をかざる一ページ程度のものでしかない。

 かつての人類の墓標が、今また人類の街として息づくそのありさまながめ、ミロは不思議なかんがいひたり、しばしまばたきも忘れてその街にった。


「白パンダは、プラム、お前がめんどうみぃ。あかぼし、おまえはこっち。コースケ、いつしよに来い」

「飯を、食わしていいのかい?」

「そういう約束じゃ。……キューピーにも、伝えとけ」


 ゴンドラが足場につくと、ビスコのなわを引いて、さらに階段を上るナッツ。コースケは、タニシのぼうらして心配そうに何度かかえり、やがてあわててナッツについていった。


「……こっち。なんか、作るから」


 プラムはおずおずと言って、ミロを簡素な調理器具のあるテントの一角へ連れていき、そこへ座らせた。ほどなくして、昨晩の残りものみたいな、貝のミルクが皿に盛られてきた。


「うわーっ! すごい! し、シチューだ!」

「大げさだよ、バカ貝のちちぐらいで……ああ、ほら、こぼれるよ!」

「んぐ、ん、ん……ぷはっ! うわあ、これっ、美味おいしい!」


 じようのまま、不器用にスープをすすんだミロの喜びの表情に、全くうそはない。何しろ、飲まず食わずの行軍がずいぶん続いたのだ。ただでさえせたミロの身体はいまにも折れんばかりだったが、この一ぱいのスープがどれだけ彼の身体にみたか、目の前のプラムにも十分に伝わったようであった。

 プラムはミロの不器用さを見かねて、少し迷い……結局、ミロのじようかぎを外してやる。


「あ、ありがとう……えっ、これ、だいじよう!?」

「し、仕方ないだろ、あんまり危なっかしくて……ねえ、そんなに腹が減ってるなら、ウミウシのさしもやってやろうか。ちょうど、今日、くさりそうなやつがあるからさ」

「まだ何か、作ってくれるの?」

「待ちなよ、すぐ、さばくから……」


 カラフルなウミウシを冷蔵庫から取り出して、包丁を入れるプラムの後ろ姿を見ながら、ミロは街の様子をわたしていた。少年達は一様に、ぶつそうじゆうで武装してはいるが、見たところその半数ほどはさびにひどくやられており、ちゃんと機能するかはあやしいところだった。


「ねえ、この街のみんなは、どうして武装してるの? とうぞくが出たりするのかな?」

「……昔は、いみはまからよく軍隊みたいなのが来て、大人ともめてたけど。今は、人間相手にぶっぱなすなんてことは、ほとんどないよ」

「じゃあ、何か、生き物がくんだね」

「うん。トビフグの群れが、冬にくんだ。すごい数で……それで毎年、あたしたちも数が減ってる。……じゆうも、もう、古くなってるし。今年も、せるかどうか、わからない……」


 トビフグは、体内にめたガスで宙をう空遊魚の一種で、大きく可愛かわいらしい外見とは裏腹に、きようじんあごで人間ぐらいならくだいて食うという、きようあくな進化生物のひとつである。


「……大人たちが、いれば。帰ってきてくれれば、この街だって、きっと……あ、痛っ!」


 激情から手をすべらせたプラムが、指に包丁を走らせてしまう。ミロはするりと側へ寄って、こわばるプラムの手を取り、その指に、ふところから出したクラゲ油をりこんでやる。

 そしてその際、プラムの指のまたの部分に、灰色にかわき、ひび割れたが広がっているのをのがさなかった。


「あ、ありがと……」


 おずおずと見上げるプラムと、ミロの眼が合う。先ほどまでの弱気がうそのような、しんけんなまなざし。星のようなひとみに間近で見つめられて、プラムのほおが燃え上がるように赤くなる。


「っ、も、もう、だいじようだから……手、はなしてよ……」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影