錆喰いビスコ

8 ③

「きみの、それ」手をにぎったまま、ミロが静かにつぶやく。


「指のところ、かいしよう、だね。もうずっと、長いの?」

「……えっ!」


 プラムはぎゅっと息をめ、はたしてどこまでを話していいか迷ったが、心の中でこの目の前の男をすっかり信用してしまっていたし、自然に出てくる言葉を止められなかった。


「こ、これ、は……ずっと、なんだ。あたしだけじゃない、集落の、ほとんどの子が、そう……。この病気、サビツキって言うんでしょ。子供たちのために、大人たちは、これを、治したくて……でも、薬がすごい値段だから。あたしらを守るために、いみはまかせぎに行って。そこで、いみはまの知事の、くろかわってやつに……変な、お面、かぶらされてるって……」


 プラムは、悲痛なおもちで、しぼすように言葉をつづる。だんやさしくおだやかなミロの両目が、まるで青くさかほのおのように、いかりにらめいた。


「……くろかわ。あいつ、子供相手に、こんな……っ!」


 ミロはすばやく、ふところのアンプルサックから数本をると、それを布にひたして、ていねいかいしよういてやる。おどろいたことに、その灰色のはだはほどなくもとのうるおいをもどし、しんせんな肉のはだいろをもって、差し込む陽にかがやいた。


「うそ……うそ! こ、これって!」

「きみたちの病気は、サビツキなんかじゃない」


 ミロはやさしさといかりのないまぜになった、みような感情のまま、プラムへ語りかけた。


かいしようは、多少の薬学知識があれば、すぐにりようできる。他の、病気の子たちはどこ? ここへ呼んでほしいんだ……今日、みんな、まとめて治します」


 ちょうどテツジンの頭頂部、ナッツの私室がわりにもなっているそこに、テツジンの歯を利用したらしい簡素なてつごうがあり、ビスコはその中で、両手をくさりでぎちぎちに巻かれたまま、てつごうから顔を出して、部屋の中をわたしている。


「ガキの部屋にしちゃごうだ。でもよお、ろうが備え付けっていうのは、どうなんだよ?」

しやべるな、悪党が! くそ、一発、あしでもっちゃろか……!」

「そこにかざってるもりは、なんだ? なかなかえぐいエモノだな」


 ビスコの視線の先には、陽光を照り返してぎらりと光る、するどもりが二本、交差するようにかべかざられている。ナッツは今度こそ、ビスコにりつけようとして……質問の内容をはんすうし、静かに、答えはじめた。


「……おやじの、もりじゃ。ここいら一の漁師で、ここのおさじゃった。いみはまの、軍に逆らって、頭、ふっとばされてしもうたけど。そん時のこと、忘れんように、ここにかざっとる」


 ナッツの声は、きんちようめたそれに、じよじよそうおもいをにじませはじめる。


「立派なもりじゃ。これだけは。これと、おれの。うらみだけは。びさせたくねえ……」


 ナッツの言葉の最後のほうは、ばんかんおもいにふるえ、音にならなかった。しんみような顔でリーダーを見つめる、タニシぼうのコースケの横で、ビスコの悪童の顔に犬歯がきらめいた。


「思い出話はともかく。いいもりだ。それ、くれよ」

「……な、何ぃ!?」

「くれよ、それ。かざってても意味ないし……使うにしても、お前みてえなチビ、逆にまわされるだけだ。おれが使うのが、一番いい」

「おっ、お、おまえ───っ!」


 ナッツが、はつを逆立ててライフルを構える、ちょうどそのしゆんかんに。


「ナッツ、ナッツぅ────っっ!」


 喜色にあふれた声が、階下からひびいてくる。何事かとかえるナッツの部屋に、どやどやとたくさんの子供が、家具すらしのけてしかけてきた。


「な、何じゃお前ら、そうぞうしい! 白パンダの、かんはどうした!」

「それなんだ、見てくれよ、ナッツ! おれの、うで! みぎうでがほら、すっかり肉にもどって! 動くようになったんだよォ! ほら、耳も! 右足もォ!」

「おれの眼も! 眼も見てくれ、ナッツ! 見えるんだ、前みてえにくっきり! また、見張り台の仕事をやらしてくれよ、前どころじゃねえ仕事が、きっとできるよ!」

「お、お前ら、一体……!?」


 口々に、自分たちの原因不明の病が治ったことを喜ぶ子供たち。見れば確かに、白くかたくなっていたはずの彼らのはだにはうるおいがもどり、健康な肉をもどしている。


「あの、白パンダは、ブッダだ、キリストだ! すげえ薬を使って、いつしゆんでおれたちを治しちまったんだよォ! なあナッツ、お前も、その口んとこ、治してもらえよ!」

「なんだと……! バカ、かすな! 変な手品で、ぬか喜びさせとるだけじゃ。おれが行く! おい、パンダんとこへ連れてけ!」


 子供達をいつかつし、制しながら、階段を下りていくナッツ。動きかけるコースケに、


「コースケ! お前はあかぼしを見とれ。気ぃつけよ、何してくるかわからんぞ!」


 一声投げて、階段をりていく。


「ええーっ! そんな、ぼくだけ……ひ、ひどいよ、ナッツーっ!」


 さけぶ不満に返事はない。コースケはつまらなそうにうつむくと、しばらくにしていて…やがてポケットからたたんだ紙を取り出し、愛おしそうにながめはじめた。


「……路線図か? 鉄道の。」


 びくうっ! と、コースケの身体がねた。


「み、み、見て、わかるの、これ?」

「少しだけな。ジャビ……しようちゆうの関所をけてくるとき、地下鉄を使った。からける……けいきゆうべにばしせんとか言ったかな」

「は、は、はいせんを、動かしたの……! す、す、すごいや……!」


 コースケはそこでキョロキョロと、階段の下の人の気配を確かめて、だれも来ないとわかると、いそいそと親しげにビスコの元へ近づいてきた。


「お、お兄さん、キノコ守りなんでしょう。ほ、ほ、本当に、い、いろんな所を旅してるんだね。す、すごいな、うらやましいなあ」

「何だ。サザエぞうとはえらいちがいだな。キノコ守りが、こわくないのかよ?」

「お、お、お父さんが、言ってたんだ。むかし、病気で死にかけてたぼくを、キノコ守りが、治してくれて。そ、それで、それから、き、キノコ守りがだいすきになったんだって!」


 コースケはそこで、その可愛かわいらしい鼻のそばかすを一度、指でこすった。


「だ、だから、ぼくも、キノコ守りと話してみたいって、ずっと思ってたんだ。い、命の恩人だもん! ね、ねえ、お、お兄さんは、どこに、行くの?」

「北のほうだ。あきに、どうしても採りたいキノコがあってな。それで、旅してた。ちゆうで、アクタガワ……かにの腹が減っちまって、ここへ寄ったけど」

「だったら!」コースケの顔が、喜色満面にかがやいた。


「この、こ、この地図を持っていきなよ! お父さんと、よく見てた、いつか、みんなで旅したいって……。と、東北のほうの地下鉄の場所が、ぜんぶ、ってるんだ。む、むかーしの地図だから、いまは、はいせんだと思うけど、で、でも、動く列車も、きっとあると、思う!」

「あのなあ。おれしゆうじんだぞ。お前、この仕事、ぜんぜん向いてねーな」ビスコは、目の前の子供のあまりの純真さになかばあきれながら、押し付けられる地図をやむなくふところに押し込んだ。


「もう少し人は疑ってかかれよ。おれがお前くらいのころは、他人の話の九割は、うそだと思ってた」

「だ、だいじよう! ぼ、ぼく、もう、読みすぎて、それ、ぜんぶ覚えちゃったんだ」


 コースケは返事になっているのかいないのか、よくわからないことを言って、タニシのぼうを一度、かぶり直し……その後、そのかがやく目でビスコをじっとながめた。


「お、お父さんが、いつか、いつかキノコ守りに恩返ししたいって、ずっと言ってた。お、お父さんは、死んじゃったけど。ぼ、ぼくが、かわりに、恩返しできた!」


 コースケは言ってそのまま、急に何かを思い出したように、屋上へ向かう階段をがっていく。その危なっかしさに、てつごうの中のビスコのほうが、心配をかけさせられてしまう。


「おい! おれの見張りはいいのかよ! リーダーに、なぐられるぞ!」

「ちょ、ちょっとだけ、おしっこ!」


 階下からひびく声に、ビスコはすっかりいつものきばかれて、あきれたようにそこへ座り込んだ。そして、ふところにしまってあるくしゃくしゃの地図を横目にながめると、「く、くひひ……」と、声を立てて笑った。


ろうの中の男に、地図わたして、どうさせる気だったんだかな……」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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