錆喰いビスコ

8 ⑤

おれしばる気だったんなら、こんなもん、役に立たねえぞ」


 陽光に照らされて、ビスコのうでで千切れた、鉄のチェーンがれた。


「あんなサビきったこうもな。ま、ガキのごっこ遊びにしちゃ、可愛かわいかったよ」

「な、な、何ぃ!」

「ミロ、弓!」

「はいな!」


 くやしそうにみするナッツを横目に、ミロはビスコへ向けて、エメラルドの弓とづつを放った。ビスコが、ぎり、と弓を引けば、青い空に赤いかみがたなびき、戦旗のようにおどる。


「コースケ。お前の地図、見たけどな。ありゃ、けつかんひんだぞ」

「え、えっ。そ、そんなはず、ないよ!」


 ビスコはそこで少し言葉にまり、ずかしさをかくすように、ぜんとコースケへ答える。


「……ふりがながってねえんだよ、駅名に。おれは漢字読めねえからな。おれの弓と、お前の情報で、こうかんだ。とうしらかばせんの、駅名ひとつにつき、一発、ってやる」

「え、え、えええっ!?」


 自分の首にしっかりつかまらせたコースケに、悪童の笑みで呼びかけるビスコ。


「おら、どうした。お友達がわれちまうぞ。順番に言え。全部、覚えてるんだろ?」

「わ、わ、わかったよ! しらかばせん、最初の駅は、えっと、」


 同族の死に様を見て、トビフグはいつせいに対象を変え、ビスコめがけて食いかかってくる。


「あ、ああ~やばい、われる、食べられちゃう~」

「お、思い出した! ひとつめ、きつねざか!」

「きつねざか。なるほど」


 しゆんかん、ビスコの放った矢がせんこうのように空をき、トビフグの身体をつらぬいた。

 トビフグはびくりとけいれんして動きを止め、直後に、身体のそこらじゅうから、ぼぐん! ぼぐん! と。なまりいろのキノコを咲かせ、真っ逆さまに地面に落ちていく。

 すさまじい重量をほこるキノコ、『いかりだけ』の毒であった。


「おら、一駅だけか? まだまだ、フグは居るぞ!」

「え、ええと! 二駅め、かがみぼし、三駅め、つえおき!」


 せんこうが、二筋。さくれつするいかりだけと、地面に落ちてはじけるトビフグ。


なりやまかめごししよういわかぶとばし!」


 コースケの言葉に呼応し、ビスコのごうきゆうが次々とトビフグをとした。絶望的な大群であったトビフグの群れも、またたに数を減らし、ついには最後の一匹を残すのみとなる。


「さあ、あと一匹だ」

「ちょ、ちょうど、さいごだよ……終点は、だに!」


 コースケの声とともに、一弓。最後の矢で咲いたいかりだけがフグを地面にたたきつければ、街のそこらじゅうからかんせいがあがり、ビスコのわざたたえた。ビスコ本人は、やや退たいくつそうに首を鳴らしていたが、首もとで目をかがやかせるコースケには、悪童なりの笑顔を見せてやった。


「うん。勉強になった、コースケ。……まあ、どうせ、ミロに読ませるんだけど」

「ぼ、ぼ、ぼく、今日のこと、一生忘れないよ……! す、すごかったあ、お兄さん……!」

「もしまたこの先、キノコ守りが、お前の助けを欲しがったら」


 ビスコは、興奮にほおを染めるコースケと目線を合わせて、言う。


「助けてやれ、今日みたいに。えんってのは、そうしてつながっていくんだって……おれの、しようも言ってたからな」


 かんきわまって、声すら出さずにうなずくコースケを、テツジンののどのところへ下ろしてやって……

 ビスコ自身は、そのまま、かわいた風に気持ちよさそうにかみおどらせた。


「……アクタガワ────ッッ!」


 そして、一声さけぶと、テツジンの頭をって、そのまま空中に飛びだしてゆく。少年たちが息をんで見守るそれを、地面から高く飛んだかにきとめ、ごろごろとかいへ転がった。


「ミロ! 寄り道は終わりだ! 行くぞ!」

「うん!」


 そうとするミロのすそをつかむ、たおやかなうでがある。ミロがかえれば、プラムの必死なひとみが、すがるようにミロを見つめていた。


「お願い、ここにいて。この街には、あんたが必要なの。みんな、あんたを尊敬してる、あ、あたしだって……してる! だから、ここにいて、もっと、薬のことを教えてよ……」


 ミロは、やさしい目をプラムと合わせて、その手を取ってやる。


「プラム。この街に必要なのは、ぼくじゃなくて、きみだ。こんな、うらびれた世界で、人を思ってあげられる、やさしい心を持ってる……医術の資質なんてものは、それで、十分だよ」

「ねえ、お願い、名前……。また、いつか、会える?」

「ミロ。ねこやなぎミロ」ミロは言って、静かにプラムのほおでた。


「きっと会えるよ……ぼくより、ずっとてきな人に。さよなら、プラム。元気で……」


 ミロはそのまま、ビスコと同じようにテツジンのあごあたりをって空中におどり、ふたたびんだアクタガワにきとめられて着地する。そこでようやく、二つのくらに、いつもの二人が収まることになったのだった。


「ぷはっ! すんごいい一日だったね、ビスコ! おなかもいっぱいで、大逆転だよ!」

「最初から言ってんだろ。おれがやることに、ハズレはねえってな」

「さすがあ! あとさ、ふふ! ビスコって、やっぱり子供にはやさしいタイプなんだね」

「やっぱりってのは何だ。別にだん通りだろ。特にやさしいってことはねえ」

「すんごいお決まりの、不良漫画みたいだったよ。こう、目線までかがんでさあ。もしまたべつの、きのこもりが、おまえの……あっ痛い痛い、悪口じゃないのにぃ!」

あかぼしぃ───っ!」


 歩いていくアクタガワの横に、どすり! と、するどもりが突き立つ。それはまさしく、ナッツの部屋にかざってあった、二本のうちの一本であった。


「お。何だよ。結局、す気になったのか?」


 ビスコがかえれば、ナッツがぜんとした面で、ビスコをにらんでいる。


かんちがいすんな、それで、殺そうと思うたんじゃ、ボケ───ッ!」


 ナッツの高い声は、晴れたかいかいによくひびく。


「こんのくつじよく、忘れんぞ! おれがつかまえるまで、死ぬなよ、あかぼし──っ!」

「……街を救っていただいてありがとうございますと、どうして言えねえんだかな」


 もりを拾い上げれば、いかにも強力そうなそれが、陽光にぎらりときらめく。


「かわいくねえガキだ、全く。ありゃ、早死にするぞ」

「あっははは! なおじゃないなぁ」

「ほんとによ。…………ん? どっちがだ、おう」


 いつになくやかましい飼い主たちの会話を上に聞いて、それでも満腹のアクタガワは、その足で元気にかいの海を走っていくのだった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影