錆喰いビスコ

9 ①

「おい、アクタガワ、洗わせろって! フジツボがいちまうぞ!」


 ビスコがむずかるアクタガワの上で、説得に苦心している。からについたかいこすとしてやるのに、くらやらぶくろやらをいつたん外す必要があるのだが、アクタガワは持ち物をられるのをいやがって、だんからは考えられないほどしつこく暴れている。


「だめだってば、ビスコ。そんなごういんじゃ、アクタガワがこわがるよ」

こわがる!? こいつが!?」


 見かねたようにそばへ寄って、ひょいとくらへ飛び乗ったミロが、「おーよしよし」などとつぶやきながらアクタガワの背をでてやる。


くらとかバッグは、アクタガワなりのおしゃれなんだ。いくら兄弟にだって、いきなり服むかれたら、いやでしょう」

みようにナマナマしい言い方するよなお前な」

「アクタガワ、だいじよう。きみから何も取ったりしない。ちょっと、れいにするだけだから……」


 ささやくミロの言葉の意味が、アクタガワに伝わったとは思えない。しかしその、もんひとつない水面みなものような、おだやかな思いやりにれて、むずかっていたアクタガワもだいに落ち着きをもどし、とうとう足を折って大人しくそこに座り込んだ。


「はい! できましたっ」

「んお……」

「にこり」と、得意げに笑うミロの顔をくやしげに見上げつつ、アクタガワのくらを外していくビスコ。アクタガワ周りの仕事はこれまでジャビに任せていたとはいえ、兄弟同然に育ってきたアクタガワが会ったばかりのミロに心を許すというのはしやくでもあったが、そこまで早く人心(かにごころ?)をしようあくできるミロの才覚には感心せざるを得なかった。


「……何か、あるのかよ、その、コツが……」


 アクタガワのからこすってやりながら、ビスコがくやしげに、ミロへたずねる。


「えっ。なになにー! しゆしようだね、ビスコ! 風邪かぜひいた?」

「その鼻折るぞ~」

「何も、特別なコツなんてないよ! そのままのビスコでいればいいだけ。かにぼくら人間とちがって、ピュアなんだよ。ビスコがきんちようしてると、アクタガワだってきんちようしちゃう」

きんちよう……? おれがか?」

「してるよ。ビスコ、ずっと一人で……《さびい》のことで、頭いっぱいでしょう」


 おだやかな顔で、アクタガワのからでるミロを、ビスコが見つめる。


「アクタガワは、ビスコがやさしいことをちゃんとわかってる。でも今の、おもめた、の刀みたいなビスコにれるのは。……きっとこわいんだ。ビスコが、ちがう人みたいで……」

「……おれが、こわい……。」

「刀はのままじゃ、いつか折れてしまう」ミロはアクタガワの腹にもたれて、ビスコに語りかける。「時間がないのも、ビスコの力もわかるよ。だからなおさら、どくにならないでほしいんだよ。……ぼくはまだ、弱いけど。きみのなやみの半分なら、引き受けられる。きっとジャビさんが、これまでビスコを……どくに、させなかったみたいに」

「……。」

「……相棒なら、もっとぼくたよってよ。苦しくても、二人で前を向いてればさ。きっとアクタガワだって、ビスコのこと、こわがったりしないはずだよ」

「……。わかった」

「えーっ! 聞き分けよすぎでしょ! やっぱ熱あるよね、ビスコ。おでこ出して」

「うるせーっ! さわんな!」


 アクタガワにくらを付け終えて、何故なぜだかおこったようにキャンプへ引き返すビスコを見送り、ミロが声を立てないように笑った。

 弓を引かせればてんそうきようけん、その幼い部分がかいえるたび、自分がビスコからはなれてはいけないのだ、という、あやうさとしんらいの入り混じったみような感情がミロの心にいてくる。ミロはビスコを見送りながらその気持ちを確かめて、一度、すっかり落ち着いたアクタガワをかえり……そして早足で、相棒の後を追っていった。


 二人と一匹は、よこだおしになった巨大な展望塔のはいきよを見つけ、そこに今夜のキャンプを張っている。建物自体は、その強化ガラスをのきかぜかされて、ただ骨組みが残る程度でかぜけにもならなかったが、それでも足場に海水が張ってないぶん、マシではあった。


「はいっ! トビフグと、シメジの、きもじるだよっ」


 思わぬものとなったトビフグの肉を、さっそくミロに任せてみれば、これが見事なぎわであった。の上でくつくつとえるんだ白色のスープから、なんともほうじゆんかおりがただよい、ビスコの空腹をげきしてくる。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影