錆喰いビスコ

9 ②

「うお! なんだコレ!? アホみてえにうまいぞっっ!!」

「コラー! いただきますは!?」


 ビスコはそれこそ、子供のように夢中になって、きもじるをよそってはすすり、またよそってはむさぼった。自分の作ったもので喜ぶビスコを見るのはミロにとってもうれしかったが、とはいえ自分の分の飯まで持っていかれてはたまらないので、きそうようにしてしるをかきこんだ。

 わたかいかいの夜は、昼とはちがおもむきがあり、それもまた絶景と言えた。空の星座がそのまませいじやく水面みなもに映り、星々を水の中に宿す。なんだかんだでおなかいっぱいにフグの肉をんだ二人は、さながら宇宙の中をただようような、不思議な感覚にしばらく身を任せていた。アクタガワが、わしわしと残ったフグをあさる音だけが、平和にひびいている。


「……ようやく、このうっとうしい貝の海をけられる。どんな化け物が出ても、弓さえあればころせるけど。このしおかぜと腹の減り具合は、流石さすがこたえたな」

こたえたなんてもんじゃないよ! ぼくなんか、こないだまでかべの中にいたのに」ミロは大きくため息をついて、何やらかんがいぶかげに、つぶやくように言った。「かべの外のことなんて、ぜんぜん、知らなかった……。あんな、大きな生き物とか、自然とか、文明のなきがらみたいなものも。ぼく一人なんて、風がひとつ吹いただけで、簡単にすりつぶされそうだった……」

おお言うなあ。心配すんな、この旅で姉貴が助かれば、もとの、都市の暮らしに……」

ちがうんだよ、ビスコ!」ミロはくらやみで身を乗り出して、ビスコのひざれた。


「そうじゃ、ないんだ。楽しかった……きれいだった、すごく! 景色も、空気も水も、あの、大きなお寺のシャコだって、何て言っていいのか……命の力に、あふれてた! いみはまの、強い人間が弱い人間をあさるような、そういうよどんだ空気と、ぜんぜん、ちがってた……。」

「……お前……。」

「あんな、視界をふさがれた街の中で……ぼくはずっと、何を見てたんだろう? ぼくが街に守られてる一方で、さっきの子供達は、知事のくろかわに食いものにされて、ひどい目を見てる……」

「バカ。いろいろ考えすぎだ。お前はせいいつぱい、医者としてそこでやってたんだろ。だれにでも限界ってもんがあるんだよ。押し通せる無茶はせいぜい、ひとつふたつだ」

「……ふっ、くく……あっははは! ビスコが、それ言うの!」


 ミロは暗くしずみかけた表情をからりと笑顔に変えて、可笑おかしそうに笑った。ビスコ自身は、相棒が何を面白おもしろがっているかわからず、くらやみの中で少し、首をかしげている。


「いずれにせよ、まだ道も真ん中だ。すぐまた、キレイだなんて言ってられなくなるぞ。この湖をけてしばらく行けば、もうしもぶきけんだ。防寒も考えねえと、こおっちまう」

「ビスコ。さっきながめた感じだと、コースケ君の地図は、本物だよ。たしかに、しらかばせんの中だったら、まだ動く車両があっても不思議じゃない。うまく駅を見つけられたら、一気にショートカットできるかも知れないよ!」

「うん……。そう思いたいけど、やっぱり子供の話だ。期待しすぎて時間をにするのが、一番、こわい。地下鉄探しはほどほどにして、地上を行くつもりだ。博打ばくちより、やれるだけの力をかけたい。おれの、命の力の、続く限りは……」

「……。ビスコ、ジャビさんは……」しばらくのちんもくの後、差し込むように、すずやかな声がビスコに問いかける。「ビスコの、しようなの? ……それとも、お父さん?」


 くらやみの中で、ビスコの表情はわからない。ミロの問いかけを、自分自身に確かめるように……ぽつりぽつりと、言葉をつむいでいく。


「……何だろうなあ。しようだし、親父おやじだし……でも、ジャビはジャビさ」


 夜の中に、緑色のひとみだけが、ぱちぱちとまたたいた。

おれに、色々教えた……弓だったり、すべだったり。今でこそあんなひょうろくじじいだが、昔は厳しかった。何度も、死ぬような目にわされた」

「あの、ジャビさんが?」

「信じられねえか?」ビスコは笑った。「何度も、思ったよ。おれがジジイより強くなったら、真っ先にたたきのめしてやるって。でも、今じゃ、失せちまった、そんな気は。きようなジジイだよ、おれが強くなったら、仕事は終わったとでも言いたげに、丸くなっちまいやがって……」


 ビスコはいつたんそこで言葉を切って、あいいろの空をじっと見上げた。

 となりのミロにも、何か心中の深い所におもいをせている、ビスコのどうが伝わってくる。


「ねえ、ビスコ。……ジャビさんは、ビスコのことを、愛して……あ痛っ!」かげが、すっとびて、ミロの額に見事にデコピンをヒットさせる。


「気味わりいことかすな、ボケ!」もだえるミロを横目に、ビスコは笑った。「……まあ。あんな、クソジジイだが。おれにとっては、一人だけの……そういう、クソジジイなんだ」


 わずかに、間を置いて。


「助けたい。」


 ミロはビスコの、あまりにも静かな、んだ声に打たれた。

 これまで意志を全身にたぎらせて、ただ目的へ向けてめていたビスコの、はじめて見せた、すき、であった。何を言っても、すいになってしまう気がしたけれど、ミロはそれでも相棒をはげまさずにいられなかった。


「助かるよ……ジャビさんは助かるよ、ビスコ。きみは、キノコ守りの一等星で……ぼくは、医者だもの。君とぼくがんれば、きっと……」

「それを、お前に言われるとはよォ」


 ビスコはそこで、だんの悪童の意気をもどして、大声で笑った。そしてくらやみの中でミロを向き直り、緑色の両目でしっかりとえた。


「当たり前だ。助かる。ジャビも。お前の、姉貴もな」

「ビスコ……」

「もうろ。明日も早いぜ」


 ビスコはそれっきり、がいとうかぶって向こうを向き、一言もしやべらなかった。ミロは、その星空の下でなかなかけず、ただビスコの後ろ姿だけを、じっと見つめ続けていたのだった。




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影