錆喰いビスコ

10 ②

だれが、礼なんか。言っても言われても、じやなだけだよ。借りとか、えんとか、余計なもんばっかり、付いてきてさ……くしゅん!」

だいじよう? これ、みつしゆ。ゆっくり飲んで、そう……。すぐに効いてくるよ。……ねえ、ぼくたちできるだけ急いだのに、きみ、一体どうやって、ここまでけてきたの?」


 少女はミロのぐな視線に、シナを作るゆうもなくうつむき、雪原のはるか向こうをあごでしゃくった。その方向に、地面にさってこくえんを上げる、小型のヘリのざんがいが見て取れる。


「あの、ヤドカリ寺にひっついてたヘリを、直したの。そんで、みやまで向かうつもりが……」ぐしゅん! と大きいくしゃみをして、少女が鼻をすする。「しもぶきちゆうとんこうしやほうとされて、このザマ。荷物も、燃えちゃうし……ちぇっ。ぜんぜん、つまんないや」

「他人をだまくらかして、ごうの深い生き方してっから、そういう目にうんじゃねえのか?」

「他にどうやったら、生きていけたんだ、あたしが?」だんずるいばかりの金色のひとみが、この時ばかりは、きっとするどくビスコをにらみすえた。「何でもやって生き延びた、きたないことも、情けないことも。子供二人に、想像つかないようなことだって! 望んでごうを負うわけない。あるべきようにやって、あたしは、そうなんだ……!」


 いつものわくてきいとはちがう、ふるえる声。ビスコはのどまで出かかった悪態を止め、うつむくピンク色のかみを見つめた。ミロもその近くにい、少女の言葉を待っている。


「……でも、なんだかもう、つかれた。……これから先も、人をだまして、人にだまされて、どんどん重たくなってくあたしを、引きずりながら生きてく……そんな、つまんない人生なら、もう、いいかなって。……だから、余計なお世話だって言うんだよ。あんたたちがいなきゃ、キリよく、おしまいにしちゃえたのにさ……」


 がらな身体が小さくふるえるのは、寒さのせいか。少女に、やさしく自分のがいとうをかけてやろうとするミロの背後から、ビスコがのそりと歩み寄り……

 ぎんぎんに熱したこつたんカイロの先を、そのうなじに、じゅう、と焼きつけた!


「あっぢいいい────ッ!」三つ編みをおどらせて飛び上がったくらげ少女は、呆気あつけにとられるミロの周りをぐるぐる走り回り、にやつくビスコの眼前へ、思い切りりつける。


「殺す気か、てめ───ッ! それが、女にやることか──ッ!」

「とりあえず、今んとこは死にたくなさそうだぞ」げらげらと笑うビスコ。


「あんな鹿ぢからおれにしがみついて、死にたくないってさけんだやつ台詞せりふと思えなくてよ。なんかいてんのかと思ったんだけど。ちがったか?」


 くらげ少女はビスコの言葉にはっと息をつめて、自分の弱気をかえって真っ赤に顔を染めると、新しいカイロをビスコの手からぶんどって、金色の眼でビスコを下からにらげた。


「ちぇっ! パンダくんに、構ってほしかっただけだよ! お前はどっか行けっ!」

「だとよ」ビスコがあきがおかえると、ミロは微笑ほほえみで返し、アクタガワから降ろしてきたかわぶくろを一つ、少女の前にどさりと置いた。


ぼくらも、あんまり備えはないけど……雪具とか、食料とか入ってるから。南に行けば商人キャンプだから、そこで何か必要なものとこうかんするといいよ」


 眼をまん丸に見開き、あわててふところいじる少女を制して、にこりと笑いかけるミロ。


「お金なんかいらないよ! きみ、言ってたでしょ。こんな世の中だから、人情が大事だって!」


 それで一応の始末はついたと、くミロにビスコがうなずかえし、雪の中をアクタガワへ歩きもどってゆく。そのふところから、折りたたんだ古い紙が、白い雪の上にぱさりとすべちた。


「……待ってよ! なんか、落としたよ!」


 声にかえれば、ざくざくと雪をけて、くらげ少女がぜんと歩いてくる。そして雪にまみれたその古い紙を一度、しげしげとながめてから、ぐい、とビスコに押し付けた。


「それ。しらかばせんの路線図でしょ。地下鉄で、北へけようとしたの?」

「まあな。でも、駅を探すにしても時間がねえ。もうたんさくあきらめて、このまま地上を……」

「知ってるよ、あたしが」

「……何い?」

しらかばせんはいえき。場所を知ってるって言ってんの!」


 少女は、おどろく少年二人の視線をずかしそうに受け、つんと視線をらす。


かにで、この吹雪の中を行くなんて。無茶もいいとこだよ! ……しょーがないなー。ほっといて死なれても、めが悪いし……」少女は三つ編みをいじりながら、ぼそぼそと言った。


「あ、あたしのこと、信用するなら。案内してあげても……いい、けど……?」


 少女の案内に従って1㎞ほど進み、一見何もない雪道をかきわけて、厚く張った氷をアクタガワがたたると、石造りの階段が地下のくらやみびているのを発見することができた。


「ここが、きつねざか駅だよ。一時期は旅商人の間でブームになって、みんな使ってたみたい」

「なんだ、お前は使わなかったのかよ。お仲間は、ここでかせいだんだろ?」

「さあ? その後聞かないから。中で、骨になってんじゃないの?」


 少女の言葉に顔を見合わせつつ、ひとまず少年二人が先行し、真っ暗な階段を下ってゆく。吹きすさぶ吹雪ふぶきこそないものの、やはりすような冷たさが空間にただよう。空気はじっとりと湿しめり、何かこけむしたあおくさにおいが、鼻をくすぐってくる。


「こう暗いと、アクタガワがこわがって、入ってきてくれないや」

「うーん。あんまり、明るくするのも良くねえんだが……」


 ビスコはふところから、細かい金粉のようなものがまったふくろを取り出すと、ざっと口にふくみ、てんじように向けてきりのように吹きつけた。ほどなく、小さく発光するだいだいいろのきのこがぽつぽつと生え出し、みるみるうちにてんじよう一面に広がり、おおくしていく。


「うわあ……れい!」


 てんじようの小さなキノコから降る光が、駅のホームを照らした。くだったゆか、ひん曲がった時刻表付きの柱などのざんがいは散見されたが、意外なほどれいな形で残っているのがわかった。


ともだけだ。そんなに、光量出ねえけどな」


 二、三度、同じようにきりを吹いたあと、ビスコは口に残った粉を不味まずそうにてる。


「このほうかべに生えるのに、ビスコの口の中は平気なの?」

「コツだよ、こんなもん。おれだれだと思って…………う。」


 げほっげほ、とんだビスコの口から、びちびちとともだけあふれ、駅のゆかで光った。


「生えちゃってんじゃん」

「行くぞ」

「コツつかめてないよね?」

「うるっっせええんだよいちいちお前は! だまって付いてこい!」


 ミロは笑いながら、入り口のアクタガワに手招きし、地下鉄へ呼び込む。くらげ少女も、おそるおそるアクタガワに張り付きながら地下へ降り、二人へ走り寄ってくる。


「ひ、光ってる……! あんたたち、キノコだけで、何でも出来ちゃうんだね」

ばんのうってわけじゃねえ。おれにはそれがせいぜいだ」ビスコは答えを返す間に、額のゴーグルを下ろし、ほらあなおくふかくをうかがっている。「キノコ守りだってそれぞれ得意分野がある、とくにきんじゆつはな。うちのジジイのきんじゆつなんかは、すごいよ。地蔵ダケなんかは、けつさくのひとつだろうな」

「ジャビさんのけつさく? それは、どんなキノコなの?」

「名前のとおりだ。こう……発芽すると、そっから地蔵みてえなキノコが咲くんだ。それが、まあ、すごい出来でな。毎回、表情もみようちがうからよ。みなおどろいて……」

「す、すごい……けど。でも、それ、何に使うの?」

「えっ?」ミロの返答を全く予想していなかった、とんきような声。ビスコは地下鉄の線路に耳を当て、気配をさぐりつつ、しばし考え込んでいたようだったが。


「そりゃ、お前、おぼんとかにおがんだり。……便利だろ、すぐ地蔵が咲いたら」


 ビスコはそれ以上の質問をかわすように立ち上がり、さっさと先へ行ってしまった。


「……よくわかんないね、キノコ守りって。けんじやなの? アホなの?」

「あっはは! そうだね。ジャビさんや、ビスコを見る限り……きっと、両方だと思うよ」

「……パンダくん、あのさ。」くらげ少女はそこでうつむきがちに、ミロに問いかけた。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影