錆喰いビスコ

10 ③

あかぼしのジジイは、もう、長くないんだろ。きみのお姉ちゃんだって、びちゃったら、死ぬのは当たり前でしょ。どうして、そこまでして……だれかに、命をけられるの?」

「どうして、って……」


 ミロは少女の問いかけに、不意を打たれたように考え込み……やがて、言った。


「……たぶん、愛してる、から……っていうのが、ひとつで。二つ目は──」先を言いよどんで、ミロがはにかんだ。「ぼくらが、すごく……不器用だから……だと、思う!」

「……バカだよ、あんたたち。ほんとにさ……」


 ミロは笑って少女の手を引き、ともだけを吹き散らかして進んでゆくビスコを追っていった。


「……見て、ビスコ! 列車が、たくさんあるよ!」


 七、八車線はあろうかという広い線路を歩いていくと、さながら列車の墓場ともおぼしき場所に出た。巨大なしんでもあったものか、列車はいくつも折り重なっておたがいをつぶしあっており、まるで泣きじゃくった子供がこわしたおもちゃみたいなありさまになっている。


こうごうしゆんつうしんぷう……全部、ほく製鉄の車両だ」へしゃげた車両の字を読み取って、ミロがつぶやく。「この手の列車は、セルフサービスで動かせるはずだけど。もし、生きてるのがあれば……」

「おーいミロ。コースケの図が言うにはこの路線なんだが、こいつは動きそうか?」


 ほらあなおくから、ビスコの声がひびく。声の方へ走り寄ってみれば、かくてきれいな形で、無骨な貨物列車がきちんとレールの上に乗っている。


「すごい、これなら動くかも! やってみるね……ええと、レバーを規定位置まで入れ……こうかな? 運行サインを出して。運行料金三百円を入れ、赤いボタンを……」

「高えなあ。まあ、仕方な……何、円だァ?」ビスコはふところに手を差し入れながら、思わずミロへ聞き返した。「円なんか、持ってるわけねえだろ! せんしようじゃあるまいし」

「あー、もう! どいてどいて! 見てらんないよ、まったく!」


 暗がりでも目立つピンクがみが、列車に飛び乗ってきた。少年二人を押しのけてふところのバールをき、料金ボックスのふたを一発、ぶったたくと、へこんだふたを取り外して、中身を見回す。


「やれやれ。めっちゃシンプルな作りだなー。動きゃそれでいいやって感じ。まあ、いじりやすいから、あたしは楽だけど」

「こんな昔の、機械の仕組みがわかるの! きみって本当に、ただの旅商人?」

「ただの旅商人だよ。前職がメカニックってだけ」


 少女は手早くボックス内の配線を切り、真っ黒いぜつえんガムみたいなものをくちゃくちゃんで、ばしたそれでえた配線をくるんでゆく。少年たちも思わず顔を見合わせる、慣れた手付き、美しいぎわであった。


「これ、プロの仕事だよ……! 前職、って、どこかのぎように勤めてたってこと?」

「……あのころは、れいみたいなあつかいだったけど、給料は悪くなかったよ。でも、ある時いきなり、出土したテツジンの補修工事を任されちゃって……」

「テツジン、ってのは、あのテツジンか? 東京に風穴を空けた、そのげんきようの」


 くらげ少女はかえらずにうなずいて、作業を続けながらビスコへ言葉を返す。


「本物か知らないけどね。とにかくそれを復元しろって言われてさ。天下のまとせいてつが、どっかにほろぼしたい県でもあったのかね? どうかしてると思うでしょ。でも、本気だった。どんどん、工員がび死んでって、一番しただったあたしが、現場責任者になるころに……命がけで会社のエスカルゴ、一台ぬすんでげてきたんだ。……もう、ずいぶん前の話だよ」


 少女はつぶやくように言って作業を終え、すすまみれの顔でひとつびをする。そして、先ほどミロが引いたレバーをもう一度入れ直し、料金ボックスの腹を、思い切りばした。


『どるるるるん!!』


 車体全体がふるえた。燃料庫のこつたんが勢いよく燃える、ボスボスいう音が聞こえてくる。


「か、かかったっ! すごいよ、ビスコっ!」

「おーい! 来い、アクタガワ! 一気に、あきまで行けるぞ!」


 そこらへんでものめずらしそうに、列車をつかんで遊んでいたアクタガワは、ビスコの声にどたどたと走り出す。だんだんと速度を上げる列車へんで、大型の荷台にすっぽり収まった。

 喜ぶビスコの横をすりけて、静かに列車を降りようとする細いうでを、ミロの手がつかんだ。


「……ねえ、お礼が言いたいのに、まだ名前も聞いてない」


 おどろいたように目を見開く少女と目を合わせて、ミロが切実に言う。


ぼくはミロ。ねこやなぎミロ。そっちのこわいのが、あかぼしビスコ! きみがいなかったら、ぼくらはここで終わってたかも知れないんだ。ねえ、名前を教えて」

「く、くらげでいいよ。あ、あたし、名前は言わないんだ。いつも、笑われるから……」

ぼくらだって、不思議な名前だもん、だいじよう! 絶対、笑わないよ!」


 ミロのかがやひとみすくめられて、くらげ少女は息をめてうつむき、上目でミロをうかがうように、ぼそぼそと言う。


「チ……、チロル。おおちゃがま、おおちやがまチロル。……な、名前なんか、しばらく、呼ばれたことないけど。パンダくんが……ミ、ミロ、が、知りたいってんなら……」

「ありがとな、チロル。お前のおかげで助かった」


 口を開いたのがビスコだったので、チロルはなおさらびっくりして、ビスコと目を合わせた。


「確かに、みようえんがあったから、早く名前を聞くべきだった。旅先でお前がくたばってても、墓に何てっていいか、わかんねえもんな」

「うっさい! 先に死ぬのはお前らだよ! 見つけたら二人、上下逆にめてやるから!」

「チロル、きっとまた、会おうね!」走り出す列車を飛び降りるチロルに、ミロがさけぶように言う。「きっとぼくら、たくさんチロルのことを話すよ。友達がどこで何してるかって、いつもおもってる! きっと、元気で! また会おうね! ありがとう、チロル、さよなら!」

「……と、友達、って……」


 せいいつぱいさけぶミロと、自分を見つめるビスコのひとみを遠く見送りながら、チロルは何かにあやつられるように一歩して、自分でも意外なほど声を張り、その声にさけかえす。


「あ……あかぼしぃっ! ミロ──っ!」

「あ、ありが…………!」


「…………ありがとう……。」


 二人へはもう届かないその言葉を、チロルは、かぎをかけた箱から取り出すように大切につぶやいて、自分が確かにそう言ったことを刻むように、ぎゅっ、と小さなむなもとにぎりしめた。

 そして……。

 やがて、一時はえかけた金色の眼のかがやきをくらやみにぎんと光らせて、かわぶくろを背負い、一度だけ線路をかえって……。チロルはまるでうさぎのように、もと来た道をけていった。


百舌もず……も、たぶんちがう。かわむし、オニゲラ……ここらへんも、ちがうだろうなあ」

「何読んでる? しもぶきの物売りから、買ったやつか?」


 先に蜘蛛くもで仕留めたウサギをなえどこにして、大ぶりのともだけともり、それの近くへよって、ミロがなにやらぼろぼろの本をめくっている。


だにの生態かんだって。見てよ、ぜんぶ、手書きで……書いてあることがすっごいアバウトなんだ。ほら、この、『体長』のらん、でかい、としか書いてないし」


 先に取引したしもぶき商人が、興味を示したミロに、捨てる手間が省けるからとくれたものだった。ミロからすれば、さびかりの生態系がわかることほどありがたいことはなかったが、何だか子供の自由研究みたいな内容で、そのしんぴようせいについては疑問をいだかずにいられなかったのである。


「……いや。たぶん、信用できるぞ。キノコ守りが書いてるな、これは」

「ええっ! そ、そうか、それなら! でも、どうして?」

「ジャビがそんな図をく。形式が同じだ。それにその絵……独特の、絵心があるだろ。なんか、アートの心が入るんだ、かんなのに。キノコ守りが図をくと、そうなる」


 つくづく、キノコ守りの不思議な人種性にこんわくしつつもミロはみようなつとくし、その遊び心にあふれたキノコ守りの動物図をまじまじとながめた。


「東北のキノコ守りが、書いたのかも。キノコの種類が、書いてねえかな? この手のかんには必ず書くんだよ、その動物が何の因子を持ってるか。シメジとか、キクラゲとか」

「あっ、あるよ、ある! 右下に、スタンプ押してある! それなら、えっと」


 ミロは手早くページをめくって、先ほど目星をつけていた一体の動物のページを開く。ページの右下には、キノコの名前が可愛かわいらしいシメジのキャラクターをえて書かれている。


「……さびくい。……ひらがな?」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影