錆喰いビスコ

10 ④

さびい、って難しいだろ、書くの。……なんだその顔は。大体キノコ守りってのはな」

「だとしたら! やっぱり、これだよ! 『つつへび』……つうしよう、ちくわ虫、そうとうのへびをばかでかくしたもの。とぶ。おおきなエサにしか反応せずヘリやせんとうをよく食べる……」

「うん。助かったな。ジャビからは、そこらへんで一番でかいの、としか聞いてなかったから。現地のキノコ守りの図があれば、だいぶちがう」


 進んでいく貨物列車の上でビスコの言葉にうなずき、そのアバウトな情報群の中から、少しでも有益なものを拾い上げようとするミロの、開いたページの上に。

 べちゃり!


「うわっ!」ミロがさけぶ。何か、ヘドロのような黒い物体が垂れ落ち、ページを真っ黒によごした。なんたいの物体はそのしよくしゆうごめかせ、とつにミロをかばったビスコの顔面へ飛びかかる。


「ごあッッ!」

「ビスコ!」


 黒い飛沫しぶきが辺りへ飛び散る。ビスコはこしの短刀をひらめかせ、自分の顔面をはらう。


「こいつッ」ぶん、と短刀をはらえば、それはべしゃりと荷台のゆかへへばりつき、ぬめりとうごめいた。その身体にくらやみで黄色く光る眼球がいくつも光り、でたらめにまばたきをかえしている。


「げえッ、ぺッ、重油ダコだ」ビスコがうなる。


「どこかで巣を通ったな。かべづたいに追ってくるぞ」


 トンネルのはばせまくなるにつれ、だいに周囲のかべが明るくなってくると、かべおおくらやみの正体が、やみではなく、群れに群れた重油ダコのそれだということがわかり、ミロはあまりのおぞましさに総毛立った。列車はそれなりの速度で走っているはずで、それに追いつくほどとなれば、重油ダコのものを追うスピードはすさまじいものである。


ねてきたやつだけねらえッ、ねられねえやつは相手にするな」

「ビスコ、ぼく、弓はまだ……!」

「できるッ!」ビスコは顔に張り付いた真っ黒な油をぬぐって、ミロを両の眼でえ、さけんだ。「お前ならてる。当たる! おれにはわかる。お前に、背中を任す!」

「ビスコ……!」

「返事ィ!」

「はいっ!」と、ミロの返答、それを開戦の合図ととらえたか、そこで重油ダコ達はいつせいがんぺきからんで、二人へ食いかかってきた。

 背中合わせの二人の弓がせんこうのようにひらめき、飛んでくるタコを次々にとしていく。ミロ手製の蜘蛛くもがまとめてタコを線路へからめ落とし、それでもとらえきれないものが荷車へと張り付くが、ミロがとつこしのカエンタケりゆうだんたたきつければ、高熱を帯びたけむりが残ったタコのしよくしゆまくげて地面へすべとしていく。


「上出来だッ」ビスコは笑いながら、万力のようにしぼった矢を「シィッ」と一弓放つ。

 すさまじいりよくの太矢ががんぺきすれすれを飛び、重油ダコを何十匹とまとめてこそげ落とした。

 一方で先頭車両付近では、アクタガワがじゆうおうじんに暴れまわり、ハサミをるってはタコをけ、むしゃむしゃと食いちぎっている。口から大きなあわをぶくぶくとせば、ねんせいのそれに包まれたタコ達が、まとめて車両からすべちてゆく。

 ただ、一同の奮戦にもかかわらず、重油ダコのしゆうげきは止む気配を見せなかった。それどころか、向かってくるタコの数は増え続け、今ではタコの上をタコがってくるありさまである。


「キリがないよ!」

「仕方ねえ、帰り、この道は使えねえが……!」


 ビスコはみしてかくを決めると、づつからぬらりと糸を引く銀色の矢をき、っぱなす。かべに突き立った矢は、くらやみがんぺきに次々にキノコをかせていく。

 今度のキノコは、きわめてねんちやくしつねんえきを帯びた銀色のキノコで、それがおそろしいはんしよくりよくまたたにトンネルのかべ一面に広がったのである。きようれつな酸のかおりが、辺り一帯に立ち込める。


「うえ──っ! 何、これ!」

ぎんさんナメコだ」ビスコもみながら、ミロへさけかえす。「あんま息吸うな! せてろ!」


 きようれつな酸が、追いすがるタコ達をかし、その足を止めた。したタコはただの重油になって、目玉をぽろぽろこぼしながら線路へまってゆく。あれだけすさまじい数でおそいかかってきていた重油ダコの群れは、銀色のナメコのかべはばまれて、遠くなっていく。


「や、やった! もう、追ってこないよ!」

「げぇっ、ペッ。ちくしよう。毎度、ひでえにおいだ」


 ビスコは過ぎてゆくほらあなながめてひとつ息をつき、ふと、くらやみおくに目をめた。

 何か、細長いものが、しゅるしゅるとかべっている。それらはいつしゆんの後にその太さを増してぐわりと持ち上がると、しなるむちのようにして、油断にほうけていたミロの身体を巻き取った。


「う、うわああっ!」

「ミロッッ!!」


 ビスコはすかさず弓を引きしよくしゆに矢を射るが、その黒く厚くおおわれたまくの前に、矢は食い込みはしても、かんじんのキノコ毒がまず、咲かすことができない。巻き取られまいと必死に、荷台のへりにつかまるミロのかたと、めあげられるどうが、みしみしと悲痛な音を立てる。


「がはっ、あ、がぁっ……!」


 ミロの青い眼が、激痛に見開かれる。ビスコの判断は早かった。自らにもおそいかかるいくつものしよくしゆを短刀ではらいながら、ミロをつかまえるしよくしゆへ短刀をし、それにぶら下がるようにつかみかかると、大口を開けて、そのしよくしゆかじいたのである。

 ビスコの全身の筋肉が限界をえてみなぎり、うでと、あご、それぞれのこんしんの力でしよくしゆを引き千切ってゆく。ぶぢぶぢぶぢ、という音とともにしよくしゆはその肉をかれ、とうとう二つに千切れて息絶え絶えのミロを解き放った。


「ミロ、アクタガワにたよれッ、だにを探すんだ、わかったなッ」

「ああっ! ビスコ────ッッ!!」


 すでに、他のいくつものしよくしゆからみつかれていたビスコは身動きままならず、そのまま水切り石のように地面をね、どうくつくらやみおくへと引っ張りこまれていった。


 ビスコは線路やかべに何度も打ち付けられてかすむ頭をり、なんとか意識をもどすと、くらやみさいおうたりにした。

 太い巨木のようなしよくしゆの根がいくつも生えそろったその中心に、ごくかまのように開いた穴がどろどろとねんえきを垂れ流し、収縮をかえしている。穴にはのこぎりのような歯がびっしりと生えそろっていて、そこらじゅうに赤黒い重油ダコの内臓がこびりついていた。


(親玉って、わけか……!)


 その重油ダコの大きさは、それまではらっていた人間の頭程度のサイズとは、かくにならないものであった。そもそも、そのあまりの大きさから、ビスコが見えるのはその口だけで、トンネル全体にその肉がぎっちりまっている状態なのである。ビスコは、そのごくおおがまの前で、左足をつかまれたままぶらりとげられている。

 おおだこは、気絶していたビスコの様子をしばらくうかがっていたが、どうやら動かないビスコが死んだものと判断したか、じよじよにその口をぐわりとばし、ビスコをまるみにしようとした。


(……内臓なら、毒が、む!)


 ビスコのひとみがぎらりとかがやき、背中から弓をはなつ。ごうきゆういつせん、必殺のベニテング矢がおおだこの口中けて飛び込み、その内臓に深々とさった。ベニテングの毒は、豊富な栄養に喜び勇むようにして暴れまわり、ぐぼん! ぐぼん! とくぐもった音を立てながらおおだこの身体の中にむちゃくちゃにほこって、その内臓をらした。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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