錆喰いビスコ

10 ⑤

『ぼおおおおおお』と大きく鳴いて、おおだこの巨大なにくへきがうねり、トンネルごとくだく勢いでふくがる。ビスコはさかりのままげらげらと笑い、


えさは選ぶんだな。おれにはもうどくがあんだよ!」


 鳴き声にさけかえした。ただ、ビスコ自身、痛みににぶおおだこがくたばるまでの長い時間、生き延びられるかどうかということについては、これはもうけでしかなかった。

 ビスコをつかんでいたしよくしゆおどり、ぎわ鹿ぢからてんじようへ思い切りたたけた。ビスコが血をく間もなく、返す刀でゆかへ。そくへきへ。てんじようへ、くるったようにしよくしゆは全力でビスコを打ち付け続ける。そのしようげきは線路やがんぺきにヒビを入れ、しんのようにトンネル全体をらし続けた。

 全身の肉がはじけ、骨をくだかれ、そくきゆうしようげきを受け続けるこの状態にあってしかし、ビスコのその両の眼だけは、血まみれの顔にらんらんと光り、燃えていた。

 ビスコは、おのれの命をしぼるように一声えて、決して手放そうとしなかった弓をもう一度しぼり、決死の一弓を放とうと構える、そのしゆんかん、何かひときわ大きなしようげきおおだこしよくしゆらし、つかんだビスコをどうくつゆかへ投げ出させた。

 ようこうのようにせきねつする何か大きな鉄のかたまりが、その車輪をきしませながらも、線路を伝ってすさまじい勢いでおおだこに突っ込んだのだ。ミロがもつれる足で必死に走り、まみれのビスコをきかかえて、線路をげる。


「ああ、ビスコ、こんな、ひどいっ……」

「がはっ、み、ミロ、ま、まだだッ」


 おおだこはどこまでもしゆうねんぶかく、またもそのしよくしゆかべわせて二人へつかみかかってくる。もはやることは難しいと思ったか、ミロは背中の弓をはなち、ふるえる手で矢をしぼる。

 ミロがおおだこに突っ込ませたのは、アクタガワがかいりきで千切りとった列車のこつたんそのものだった。は暴走し、今にもばくはつせんと真っ赤にふくがってはいるが、蒸気をはいバルブがかろうじてそれを食い止めている。


(あれを、けば……!)


 ねらうミロの額に玉のあせき、あせりが肺をけ、呼吸はあらくなった。その身体に何本ものしよくしゆせまり、ビスコもろとも巻きとろうとする。

 ふと。

 ふるえるミロの左手に、ビスコの手が重なる。弓は不思議と、そこでびたりと止まり、しぼる右手にも、ぐに力が込もった。


「二つ、だけだ、弓には。まず、よく見ること。」


 ビスコのつぶやくような言葉が、かわいた砂に落ちる水のように、ミロの心に吸い込まれていく。


「それと……信じること。」


 しよくしゆがいくつもせまり、身体をげても、ミロは動じなかった。

 ただ静かに、青い眼にしずかなほのおをゆらめかせて、こつたんねらいをつけている。

 信じること。


(当たる)、と、そう思えた。

 ビスコがえた手の、血のぬくもりが、力となって流れ込み、全身に燃え広がるのを感じた。


「当たるか?」

「──うん。」


 静かに、短くうなずいて、放った。ミロの青い矢は、一筋の直線となって、こつたんのバルブに吸い込まれていき、ねらたがわずそれをはじばした。だいだいいろの光が、わずかにしぼんでその強さを増し始め、ぼうちようする空気がしよくしゆがし、二人のがいとうをはためかせる。やがてそれはきようれつせんこうとなって二人を飲み込み、ごうおんとともにはじけた。


 すさまじい、しようげきである。ビスコとミロはまるで野球の球みたいにすっとび、そのままゴロゴロと転がってトンネルをけだして、青空の下、あわや線路のれたがけに落ちそうになり、そこでアクタガワのハサミに受け止められてかろうじて止まった。

 美しい緑のえる、けいこくである。可愛かわいらしく鳴く鳥たちの声が、よく晴れた空にひびいている。

 ばくはつの炭やら、重油ダコの油やら、血やらあせやらろうやらとにかくいろんなものにまみれた二人は、しばらくそのまま、アクタガワにかれるようにしてっころがっていた。


「……うウォエッ」


 突然、ミロが口を押さえ、アクタガワの足元に真っ黒な炭をびたびたとした。


「……っ、んヒヒヒ」

「な、何、だよゥ」

「つわり、かと思ってよ、クヒヒ、ん? ヴォエエッ」最後までミロをからかい切る前に、ビスコも炭をし、美しい緑の地面を真っ黒に染めた。その中に、一匹の重油ダコがぴちぴちとね、ビスコの歯の欠片かけらを宝物のようにかかえると、げるようにがけをすべり落ちていった。


「ビスコのほうが、産んでる、じゃん」

「……処女かいにんだ」ビスコは残った炭をらかすと、まじめくさってミロに向き直った。


「カマられたことなんざ、ねえからな。……いや、られてたって、産まねえか……」


 そこでミロも、こらえきれずに吹き出し、ビスコの背をたたきながら、なみだすら流して笑った。

 アクタガワが、よくわからない理由で笑いこける主人二人を、自分の背中へ放り上げる。

 二人はなんとかくらこしを下ろして……そして、がけの上から見下ろす景色に思わず息をんだ。


「ビスコ、ここが……!」

「うん。……ゆうこくだ。ジャビから聞いてた景色に、ちがいない」


 平原に青々としげったヒビキ麦の草が、人のたけほどもがって、吹く風にでられてれている。風が起こるたび、それらははまに寄せる波のようにしてぎ、陽光を規則正しく照り返して、まるで谷全体がひとつの宝石であるかのように、美しくかがやかせていた。


「……。行こう、ミロ。もう一息だ」


 しばし景色にれた後、静かにビスコが言う。ミロはうなずいて、づなをとるビスコの横顔を、じっと見つめた。

 そして、ざっくりとかれたビスコの首の傷に手をかけて……


「ビスコ。アクタガワのれ、ちょっとおさえられる?」

「おう。……これぐらいでいいか?」

「ん。動かないでね……」


 かにの上でのりようもすっかり慣れたふうに、器用に消毒し、針でいはじめるのだった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影