錆喰いビスコ

11 ②

てんばつ覿てきめんッッ!!」

「どっから出てきてんだ、てめーはァッ!」


 白色の単車はそのままいんせきのようにビスコへ向けて落下し、草を巻き上げてつちぼこりを上げた。かんいつぱつそれをかわすビスコの退すさりざまの一弓を、てつこんひとぎが打ち落とす。息つく間もなくつちぼこりやぶって現れる単車の上から、パウーの殺意の眼光がビスコをねらう。

 ビスコが放つ二矢、三矢をれいてつこんさばきでかわし、パウーが必殺のいちげきく。ビスコは弓をたての代わりに、バイクが往復して打ち付ける二合、三合を受けきり、三合目のこんを受け流しざま、単車上のパウーの美しい顔をその弓でしたたかになぐけた。

 それでもパウーは単車から身体をがすことなくつかまり、くちの血をぬぐって、風の鳴く草原で、ビスコと向かい合う。


「前より断然、いい動きしてるじゃねえか」ビスコが言う。皮肉ではなかった。額には、彼らしからぬ玉のあせいている。「長旅でおつかれだろうに、よくやるよ。あきれるぜ、その単車でどこをどうけてきたんだ? なんで、俺逹の場所がわかる?」

「ミロの指輪に、発信機を仕込んでいる。十四のころから、常に外さぬように言ってある」


 パウーは、ビスコがおどろあきれるようなことを、その美しい声でおくめんもなく言ってのけ、てつこんをがうんと一度くと、その切っ先をビスコへ向けて突きつけた。


「命運ここまでだ、ひとあかぼし。弟を、返してもらう」

「……あのなあ。家族愛が深いのは別にいいけどよ。そもそも、ミロの方がおれについてきたんだぞ」ビスコはじりをひくつかせながら、この焼けた鉄みたいな女を説得するのに、彼なりに努力しているようだった。「それもこれも、お前のそのびた体と命を、助けたいって言うからだ。いい話じゃねえかよ? なんでそれを助けたおれが、お前に鉄の棒でぱたかれてんだ?」

「よく言えたものだ……! その《さびい》とかいうりゆうげんで、弟の純心をまどわせておいて!」


 パウーはこれ以上の問答をきよぜつするように言い捨て、てつこんを構える。


「弟のたてになるのは、私だ。逆であってはならない。構えろあかぼし、問答は無用だ!」

「必要だろ、てめえには! お前のそれは、たてじゃなくて、おりって言うんだよ! 少しはあいつを認めてやれ。おやばなれ、ばなれって言葉を知らねえのかよ!」

「……っ。ミロは、弟だ……!」

「……あ、そっか。……でもお前が悪いよ。がおだから、つい親だと思ってよ」

ころすっっ!」


 単車のエンジンがうなりを上げ、ビスコへ向けて走りだそうとする、そのしゆんかん

 二人のすぐわき、深い谷の中から巨大な白いつつがって、空中でくねり回った。白いつつは体側でうごめく無数のしよくしゆで谷の土をえぐり、二人の身体をとらえようとせまってくる。


「な、何だ……これはっ!?」

「バカ! 単車を捨ててせろ、こいつはっ──」


 不意を打たれたパウーに、つつへびしよくしゆが打ち付けられる。そのりよくはパウーをして悲鳴も許さないほどで、しよくしゆはそのまま失神した身体を、単車ごとんでがってゆく。


ちくしようッ、変なとこで、からんできやがるからッ!」


 とつにビスコが弓を構えるそれより早く、何か大きなだいだいいろこうが、ずわりとその頭上を飛び越えた。


「ミロっ!」


 ミロのる、アクタガワであった。ミロはさらわれてゆく姉へねらいをつけてアクタガワをおどらせ、ぜつぺきさんかくびにねると、つつへびの体側へがっちりと張り付く。


「ビスコ! アクタガワでパウーを落とす! 下で受けて!」


 ざわめく空色のかみへ向けて、ビスコが「わかった!」と返す。

 ミロのづなさばきに応えて、おおがにがそのおおばさみおののようにしよくしゆを切り落とすと、失神したパウーとその単車はそくばくからのがれ、草のざわめく地面へ吸い込まれてゆく。

 ビスコはそれに呼応しててんのようにび、パウーとその単車をきとめると、谷のふちに着地してミロへさけんだ。


「ミロ、早くはなれろ! それ以上飛ばれると、降りらんねえぞっ!」

「うん!」そう言いながら、暴風の中でアクタガワの足を白いつつへ向け、地面へぼうとするミロへ向けて、巨大な、何かねんせいのピンク色のものがおそいかかる。


「!! アクタガワっ!」


 とつに反応し、おののようにたたきつけるアクタガワのおおばさみはしかし、つつへびの舌の半分をくにとどまり、力の残るそれに、ぐるりとられてしまう。


「ミロ────ッッ!」


 そうとうの白いつつまたたに中空へがり、もはやビスコのさけびも届かないほど上空へ、その相棒とおおがにを連れ去ってしまった。


「……! あ、あああっ! そんな……ミロ、ミロ!」


 みしてかえるビスコの眼下には、目を覚ましたパウーが、ぼうぜんしつふるえている。自分の命より大切なものの危機に際して、混乱で頭が回らないといった風である。


「バカろうッ、すぐ単車を起こせ、谷にもぐられたら終わりだッ」

「どうする気なんだ、あんな……あんな、化け物相手に!」

おれたちはどんな化け物でもってきた、今回もそうだ」


 ビスコはその両目をカッと見開いて、パウーをいつかつする。


「さっさとしやがれッッ! 弟を、見殺しにしてぇのかァッ」


 いかりや疑問をはさすきもなかった。

 パウーは言われるままにエンジンを入れ、飛び乗るビスコを待ってまたたに最高速まで持っていく。所々にわなのように転がる岩をかろうじてけながら、パウーはそれでも鉄の集中力をもどし、すさまじいスピードで空のつつへびもうついしてゆく。


「アンカー矢をってかつしやにする! つつへびと同じスピードでへいそうするんだ。できるか!?」

「できる、できないがあるかッ! ……アンカーを、安定させればいいんだなっ!」

「なかなか物分かりの……危ねえッ、お前ッッ、前は谷だぞぉッ」

「この、程度ッッ!」


 目の前にせまった谷の、その大口を開けたふちの手前で、パウーのてつこんしたたかに地面をたたいた。大型のバイクは、ぼうたかびの要領でばされるようにして大きく宙をい、一度回転した後、二人を落とさずに見事に対岸へ着地した。


「うへえッ。曲芸だな、おい!」

だまれッ! ここなら、ねらえるか!?」


 ビスコは、アンカーの射程まで近づいたつつへびにらみ、ひとつ深呼吸した。

 空中でのたくるそれにねらいをつけ、しばらく、その一弓を迷う。

 先ほどのようなはんな弓では、うろこはじかれてそれでおしまいである。流石さすがのビスコにもあせりが見え、矢を引く手にも力みが見てとれる。


あかぼし……!」

「ああ!?」

たのむ……!」


 ビスコはそこで初めて、かえるパウーと目を合わせた。その、なみだうるみ、たよりなくふるえるひとみが、自分にすがいてふるえていたころのミロと重なった。


(やっぱ似てんだな)、と、ビスコはなんとなくそんなことを思い、一度、構えを解いた。そうすると、不思議なほど静かに、しかしおどろくほど力強く、自身の集中が高まるのがわかった。


(……矢が、通らねえ、なら。)


 ビスコは一度、息をついて、背中にぶら下げたひとつのものに手をばす。ビスコのひらめきは、それこそけんこんいつてきけではあったが、それでも、そんなことはいつものことだし、ビスコ自身、いつも自分の勝利しか信じたことはなかった。


 とつぷうあおられて、何度も意識を失いかけながら、ミロは必死でつつへびの体側にすがいていた。


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
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