「天罰、覿面ッッ!!」
「どっから出てきてんだ、てめーはァッ!」
白色の単車はそのまま隕石のようにビスコへ向けて落下し、草を巻き上げて土埃を上げた。間一髪それをかわすビスコの飛び退りざまの一弓を、鉄棍の一薙ぎが打ち落とす。息つく間もなく土埃を突き破って現れる単車の上から、パウーの殺意の眼光がビスコを狙う。
ビスコが放つ二矢、三矢を華麗な鉄棍捌きでかわし、パウーが必殺の一撃を振り抜く。ビスコは弓を盾の代わりに、バイクが往復して打ち付ける二合、三合を受けきり、三合目の棍を受け流しざま、単車上のパウーの美しい顔をその弓で強かに殴り抜けた。
それでもパウーは単車から身体を剝がすことなく捕まり、口の端の血を拭って、風の鳴く草原で、ビスコと向かい合う。
「前より断然、いい動きしてるじゃねえか」ビスコが言う。皮肉ではなかった。額には、彼らしからぬ玉の汗が浮いている。「長旅でお疲れだろうに、よくやるよ。呆れるぜ、その単車でどこをどう抜けてきたんだ? なんで、俺逹の場所がわかる?」
「ミロの指輪に、発信機を仕込んでいる。十四の頃から、常に外さぬように言ってある」
パウーは、ビスコが驚き呆れるようなことを、その美しい声で臆面もなく言ってのけ、鉄棍をがうんと一度振り抜くと、その切っ先をビスコへ向けて突きつけた。
「命運ここまでだ、人喰い赤星。弟を、返してもらう」
「……あのなあ。家族愛が深いのは別にいいけどよ。そもそも、ミロの方が俺についてきたんだぞ」ビスコは目尻をひくつかせながら、この焼けた鉄みたいな女を説得するのに、彼なりに努力しているようだった。「それもこれも、お前のその錆びた体と命を、助けたいって言うからだ。いい話じゃねえかよ? なんでそれを助けた俺が、お前に鉄の棒で引っ叩かれてんだ?」
「よく言えたものだ……! その《錆喰い》とかいう流言で、弟の純心を惑わせておいて!」
パウーはこれ以上の問答を拒絶するように言い捨て、鉄棍を構える。
「弟の盾になるのは、私だ。逆であってはならない。構えろ赤星、問答は無用だ!」
「必要だろ、てめえには! お前のそれは、盾じゃなくて、檻って言うんだよ! 少しはあいつを認めてやれ。親離れ、子離れって言葉を知らねえのかよ!」
「……っ。ミロは、弟だ……!」
「……あ、そっか。……でもお前が悪いよ。老け顔だから、つい親だと思ってよ」
「圧し殺すっっ!」
単車のエンジンが唸りを上げ、ビスコへ向けて走りだそうとする、その瞬間。
二人のすぐ脇、深い谷の中から巨大な白い筒が舞い上がって、空中でくねり回った。白い筒は体側で蠢く無数の触手で谷の土を抉り取り、二人の身体を捉えようと迫ってくる。
「な、何だ……これはっ!?」
「バカ! 単車を捨てて伏せろ、こいつはっ──」
不意を打たれたパウーに、筒蛇の触手が打ち付けられる。その威力はパウーをして悲鳴も許さない程で、触手はそのまま失神した身体を、単車ごと巻き込んで舞い上がってゆく。
「畜生ッ、変なとこで、絡んできやがるからッ!」
咄嗟にビスコが弓を構えるそれより早く、何か大きな橙色の甲羅が、ずわりとその頭上を飛び越えた。
「ミロっ!」
ミロの駆る、アクタガワであった。ミロは攫われてゆく姉へ狙いをつけてアクタガワを躍らせ、絶壁を三角跳びに跳ねると、筒蛇の体側へがっちりと張り付く。
「ビスコ! アクタガワでパウーを落とす! 下で受けて!」
ざわめく空色の髪へ向けて、ビスコが「わかった!」と返す。
ミロの手綱捌きに応えて、大蟹がその大鋏で斧のように触手を切り落とすと、失神したパウーとその単車は束縛から逃れ、草のざわめく地面へ吸い込まれてゆく。
ビスコはそれに呼応して天狗のように跳ね飛び、パウーとその単車を抱きとめると、谷の淵に着地してミロへ叫んだ。
「ミロ、早く離れろ! それ以上飛ばれると、降りらんねえぞっ!」
「うん!」そう言いながら、暴風の中でアクタガワの足を白い筒へ向け、地面へ跳ね飛ぼうとするミロへ向けて、巨大な、何か粘性のピンク色のものが襲いかかる。
「!! アクタガワっ!」
咄嗟に反応し、斧のように叩きつけるアクタガワの大鋏はしかし、筒蛇の舌の半分を切り裂くに留まり、力の残るそれに、ぐるりと巻き取られてしまう。
「ミロ────ッッ!」
双頭の白い筒は瞬く間に中空へ舞い上がり、もはやビスコの叫びも届かないほど上空へ、その相棒と大蟹を連れ去ってしまった。
「……! あ、あああっ! そんな……ミロ、ミロ!」
歯嚙みして振り返るビスコの眼下には、目を覚ましたパウーが、茫然自失で震えている。自分の命より大切なものの危機に際して、混乱で頭が回らないといった風である。
「バカ野郎ッ、すぐ単車を起こせ、谷に潜られたら終わりだッ」
「どうする気なんだ、あんな……あんな、化け物相手に!」
「俺たちはどんな化け物でも狩ってきた、今回もそうだ」
ビスコはその両目をカッと見開いて、パウーを一喝する。
「さっさとしやがれッッ! 弟を、見殺しにしてぇのかァッ」
怒りや疑問を差し挟む隙もなかった。
パウーは言われるままにエンジンを入れ、飛び乗るビスコを待って瞬く間に最高速まで持っていく。所々に罠のように転がる岩を辛うじて避けながら、パウーはそれでも鉄の集中力を取り戻し、凄まじいスピードで空の筒蛇を猛追してゆく。
「アンカー矢を射って滑車にする! 筒蛇と同じスピードで並走するんだ。できるか!?」
「できる、できないがあるかッ! ……アンカーを、安定させればいいんだなっ!」
「なかなか物分かりの……危ねえッ、お前ッッ、前は谷だぞぉッ」
「この、程度ッッ!」
目の前に迫った谷の、その大口を開けた淵の手前で、パウーの鉄棍が強かに地面を叩いた。大型のバイクは、棒高跳びの要領で撥ね飛ばされるようにして大きく宙を舞い、一度回転した後、二人を落とさずに見事に対岸へ着地した。
「うへえッ。曲芸だな、おい!」
「黙れッ! ここなら、狙えるか!?」
ビスコは、アンカーの射程まで近づいた筒蛇を睨み、ひとつ深呼吸した。
空中でのたくるそれに狙いをつけ、しばらく、その一弓を迷う。
先ほどのような半端な弓では、鱗に弾かれてそれでお終いである。流石のビスコにも焦りが見え、矢を引く手にも力みが見てとれる。
「赤星……!」
「ああ!?」
「頼む……!」
ビスコはそこで初めて、振り返るパウーと目を合わせた。その、涙で潤み、頼りなく震える瞳が、自分に縋り付いて震えていた頃のミロと重なった。
(やっぱ似てんだな)、と、ビスコはなんとなくそんなことを思い、一度、構えを解いた。そうすると、不思議なほど静かに、しかし驚くほど力強く、自身の集中が高まるのがわかった。
(……矢が、通らねえ、なら。)
ビスコは一度、息をついて、背中にぶら下げたひとつの得物に手を伸ばす。ビスコの閃きは、それこそ乾坤一擲の賭けではあったが、それでも、そんなことはいつものことだし、ビスコ自身、いつも自分の勝利しか信じたことはなかった。
突風に煽られて、何度も意識を失いかけながら、ミロは必死で筒蛇の体側に縋り付いていた。