錆喰いビスコ

11 ③

 つつへびの舌にアクタガワをからられて、あわてて自前のシビレダケ毒の矢をその舌に打ち込んだまではよかったが、つつへびしゆうねんぶかく、した舌をおおばさみからみつかせたままでいる。

 ミロはなんとかつつへびの体表をいずってしがみつき、アクタガワにからみついた舌に思い切り短刀を突きたてた。

 しかし、分厚く巨大なつつへびの舌は固く、やいばすらろくに通らない。


(このままじゃ、アクタガワが、まれちゃう……!)


 死線に、ミロの頭脳がきらりとひらめいた。こしから銀色に光る薬の管を取り出して、ごくりとつばを飲むと、アクタガワへ語りかける。


「ごめんよ、アクタガワ……すごく、こわいかもしれない。ぼくを、信じてくれる?」


 アクタガワはかにである。表情など読めはしない。

 ただ、いつもアクタガワが、ミロをきしめたときにそうするように、ひとつだけ「ポコ」とあわいた。

 ミロはうなずいて、一度息を吸うと、アクタガワの鉄のこうかくすきへ、銀色の薬管を思い切りした。ほどなく、じゅうじゅうとはくえんをあげて、大バサミの付け根がしてゆく。

 ぎんさんなめこの酸性に、重油ダコのねんえき調ちようざいしてりよくを高めた、特製のようかいざいであった。ミロはすかさず弓をしぼり、した大バサミの付け根をねらって、鉄矢をはなつ。

 ばづん! と、アクタガワのどうたいと大バサミがはなされる。アクタガワは舌のそくばくのがれ、そのままくるくると回転しながら落下し、器用に身体をあやつって草原に着地した。


(よかった……!)


 あんに表情をゆるめるミロとは裏腹に、つつへびの舌はじよじよどくから立ち直り、からった大バサミを飲み込んで、そのえんとうけいどうたいの中に収めてしまった。ひとつ仕事を終えた長舌は、ぬらりとねんえきをまとわせながら、ミロの眼前へ近寄ってくる。

 ミロは、がちがちと鳴りかける歯を必死でおさえて、次の矢をつがえる。

 おそれはあっても、それにまれてはいない。顔つきには、かつてのあまさのかわりに、りんとした戦士の気風があった。


(ビスコなら……。)ぎりぎりと、矢をしぼる。この短く、長い旅で、いくとなくとってきた矢を、自らの全てを込めて、放とうとしていた。


(あきらめない。最後の、一弓まで!)


 舌がおどがり、ミロへとせまる。こんしんの一弓をミロがそこへぶつける、その、直前であった。

 鉄のくいが板金を突き通すような、すさまじいしようげきが、めぎん! と走り、太い舌をつつへびどうめた。呆気あつけに取られるミロの眼前で、その太いてつくいは舌ごと厚いうろこつらぬいてつつへびの体内へもぐみ、とうとう巨大なつつへびをまるまるつらぬいてしまった。


「あっ……あ……!」


 ミロは弓を構えたまま、固まっていた。しようげきを受けた手やほおが、まだしびれている。そのミロの耳に、地上から、ミロの一番聞きたかった声が聞こえてきた。


「ミロ───ッッ!! もりったッ!! ワイヤーですべってこいッ!」


 ビスコが、その弓につがえて放ったものは矢ではなく、ナッツの『もり』であった。矢では、ビスコのりよりよくを伝えきれずにつつへびうろこに負けてしまうところ、もりの重量とかんつうりよくにその筋力の全てを込めたのである。まさに常識はずれの、すさまじい一弓であった。


「な、なんだ、あの弓は……っ!」パウーは単車をたくみにあやつりながらも、おどろきをかくせずに、つつへびを突き通したもりを見つめている。「もりを、ったのか! 何故なぜ、弓であんなものがてる!?」

てると思うからだ、カタブツ」ビスコはこともなげに言って、もりからびるワイヤーを自分へくくりつけた。「ミロ、谷にもぐられたら終わりだッ、早く来ぉいッ」

「わかったよっ、今、行くっ!」


 ミロはワイヤーにつかまり、風にあおられながらも、ばやすべって降りてくる。


「ああ、ミロ……!」パウーにわずかなあんが生まれた、そのしゆんかん

 そうとうの一つをふうじられたつつへびが、空中でいきなり、身体をまわすように体勢を変える。そして空中におどるミロへ向かって、そのくうどうのような大口で食いかかったのだ。その、あまりのスケールの大きさに、人間達はすべもなく、空中をまわされるしかない。


「ミロ! 絶対、手ェはなすなッ!」


 くねる身体にワイヤーをぶん回され、ビスコの身体が単車からく。玩具おもちやのように空中をまわされるミロとビスコ、その二人へ、むちのようにしなるつつへびの舌がおそう。

 二人をかばうようにんだパウーのてつこんが、つつへびの舌をとらえるも、てつこんごういんからる舌の力に負けてパウーの手をはなれ、その大口に飲み込まれてしまう。つつへびは、ぶうん、と頭をってパウーをばし、返す刀で、宙をう少年二人をすっぽりと飲み込んでしまった。


「が……あっ……!」パウーは地面に打ち付けられてみ、空をつつへびを見上げる。そしてゆうぜんと空を泳ぐつつへびの姿から目をらし、声にならないえつらす。

 そこに。


「ぼおおおおおおお」


 巨大なほうこう。それが、どうやらつつへびの悲鳴であることに、パウーは気づく。次いで、

 ぼぐん! ぼぐん!

 宙を飛ぶつつへびの身体のあちこちから、巨大なキノコが生え出し、つつへびの身体をつらぬいた。つつへびは空中でのたうち苦しみ、じよじよに高度を下げてかつくうしてくる。

 その、つつへびの頭頂部から、何か長いものが突き出し、を一文字にいた。

 パウーの、てつこんである。


「ミロ!」


 つつへびき、ずるりとねんえきの中から現れたのは、ビスコとミロである。二人はつつへびを突き破ったてつこんつかみ、おたがいを支え合うようにそこへ立って、声を合わせてさけんだ。


「「アクタガワ────ッッ!!」」


 声に応えるように、おおがにが谷の間から飛び出し、もうぜんと走ってくる。二人が空中へ飛ぶのと、つつへびちからきて地面にげきとつするのはほとんど同時であった。空中をう二人を、飛び上がったアクタガワがその身体をかかんでぐるぐると転がり、あわや谷の直前でようやくみとどまると、アクタガワを追いかけるようにくずれる谷のふちをようやくって、さすがのアクタガワもちからきたようにそこへ転がった。


「ミロ───ッッ!!」


 パウーは怪我けがによろめきながらもおおがにの元へけんめいに走り、愛する弟をかかげた。ミロの身体はつつへびの体液にまみれてこそいたが、健康そのものにどうを脈打たせていた。


「ミロ、ああ、ミロ! よく、無事で……」

「見て、パウー!」


 ミロは、自分のことなどなんでもないというふうに、姉の手を引いて立ち上がり、遠くを見つめるビスコのとなりへ並んだ。ビスコの視線の先には、大口を開いた谷に橋をかけるようにして、巨大なつつへびがいが横たわっている。


「ビスコ! これって……!」

「《さびい》、なのか、これが……!」


 そしてその長くなめらかなつつへびどうからは、まぶしいまでにだいだいいろかがやく、巨大なキノコの群れがそろい、今なおすくすくとがっている。それはさながら、白い地平から太陽がいくつものぼってくるような、あまりにもそうごんな光景であった。

 三人は、そのこの世ならぬようなながめにあつとうされて、怪我けがの痛みも忘れ、しばらくその場にくしていた。




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
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