錆喰いビスコ

12 ①

 さびいのあざやかなだいだいいろは、青を基調とするゆうこくにおいて、そうごんなコントラストを作り出している。ビスコ達三人がそれへ近寄れば、はだに感じるわずかな温度が、さびいがりようの熱を帯びていることを伝えてくる。


「これが、さびいか……! その、あらゆるさびい消すという……」

「そうだよ、パウー!」


 ぼうぜんとそれを見上げる姉の手を取って、ミロが喜びいっぱいに声をかけた。


ぼくら、とうとうやったんだよ! これで、パウーを治してあげられる!」

「……? そのはず、なんだが。みようだ。何かおかしい」


 ビスコは一度、ほうかおりに首をかしげた後、傷だらけの身体も気にせずつつへびの身体をはねとび、高くがったさびいのひとふさをちぎって、二人の前に落ちてくる。そして、まじまじとそのだいだいいろのキノコをながめると、そのかさかじいた。


「……。だめだ。やっぱり、弱い」

「弱い……? ビスコ、どういうこと?」

さびう力はどのキノコにもある。それが群をいてすさまじいから、《さびい》なんだ。こいつは、さびう力も、ついでに味も……そこらへんの、まつたけと変わらない」


 そのさびいのひとふさをミロへわたし、ビスコはつつへびに咲いたさびいの森をにらんだ。


「そ、そんな……ぼくら、あんなに、苦労して……」


 さびいを手に、ミロの表情がくもる。あれだけの大立ち回りがぼねでは、さすがの意気もえようというもので、無理もない。一方でビスコを見ればその表情は険しく、ジャビの死期を思うあせりが一層燃え上がり、彼をがしていることは明白であった。


「外れだったんなら、それだけのことだ。陽がしずむまでもう少しある、次のものを探す」

鹿を言うな、あかぼし! 我々のだれ一人としてまともに動けん、お前もまみれではないか」

「時間がねえんだ。ボロボロのお前らに無茶はさせない。おれ一人で行って……」

「一番、ボロボロなのは、ビスコじゃないかっ!」


 歩き出そうとするビスコのえりくびをひっつかんで、ごういんに自分をかせるミロ。


「そんな身体で、あんなのの相手をしたら、ちがいなく死ぬよ! いつも心配ばっかりさせてっ……自信じようも、たいがいにしろよっ!」

「ここまで来て、あしで終われってのかッ! はなせ、バカろうッ!」


 ミロの手がビスコの血でぬるりとすべり、ミロは勢い余って草の海にたおれこむ。くちびるんでビスコを見上げるその手の内に、何かつような脈動を感じて、ミロは飛び上がった。


「ビ……ビスコっっ! 待って! さびいがっ!」


 かえったビスコは、そこでびくりと足を止め、ミロの手ににぎられて、火のかたまりのように発光する、だいだいいろのキノコに視線をくぎけにされた。


「……何だ、こりゃ!? さっきの、キノコだよな?」

「うん。……そうか……! ビスコ、血を貸して」


 ミロは言って、ビスコの首筋を伝う赤い血をすくうと、それをさびいのかさへ数てき、垂らした。


「やっぱりだ……見てよ、ビスコ!」


 ミロの手の中にあるさびいの、ビスコの血がられたところだけ、さびいのかさはそのだいだいいろを燃えるように明るく光らせ、そのよううずくように変化させ続けている。

 素人しろうとにも一目でわかる、キノコの『変質』であった。


「何だこりゃ……おれの血を、吸ったのか! どういう手品だ、ミロ!」

「話はあとだよ。ひとまず、向こうのほらあななんしよう。ビスコの手当てをしなきゃ……つつへびきばに、背中をかれたでしょう。ほんと、立ってるのが、不思議だよ」

「何を、ねむてえこと言ってんだ、ボケ! 今、目的のブツが、目の前にあるって時に……!」

りようが先。言うこと聞かないと、これ、捨てるから」

「わあああかったわかった! うわあっ、本気で捨てようとするなァッ!」


 あんするように息をつき、笑顔で自分を手招きする弟を見て、パウーも笑みで返す。

 それは、弟の確かな成長への安心感と、何かその、となりの赤いチンピラへのしつのようなものをないまぜにした、パウー自身にも説明のできない、不思議な表情であった。


いみはまを出るときに、ジャビさんから聞いた話がある。さびいは、ただ咲いただけじゃ、さびいたりえなかったって」

「何い……? おれは、聞いてねえぞ、そんな……」

「こら、動くなってば!」ミロのしつせきに、しつけられたドーベルマンのごとくだまるビスコ。


「昔、さびりのとき、何人かキノコ守りがくなったんだって。ふつうはふうそうにするんだけど、その人達は損傷が激しかったから、さびいのなえどこにしてあげようとして、さびいを周りに植えた。そして、数日経って、最後のお別れをしに行ったら……」

「その、さびいが、変質していたと?」


 パウーにうなずき、ビスコの包帯を巻き終えるミロ。


「それがジャビさんの言ってた、さびいの話。キノコ守りの間では、えいゆうぎわいのりがれいやくを生んだ、ってことになってるけど……」

「そのカラクリが、血の調合、だと。お前は思ったわけだな。事実、そうだった」

「それも、ぼくらの血じゃだめなんだ。キノコ守りの血には、不思議な因子がある……ビスコも、ジャビさんもそう。ぼくらの血とちがって、だれにでも輸血できるし、血を受けることもできる」


 ミロは、少し痛む心を殺して、ビスコの首筋に注射器を当て、その血を吸い取った。薬管になみなみと注がれたビスコの血は、その生命力をするかのようにドス赤く光っている。


「なるほどな。そのくつはわかる。じゃあなんでジャビはよ、おれにその話をだまってた? これから取りにいくモンの正体も知らねえで、ずっといつしよに旅してたのかよ」

「だって、キノコ守りの血の秘密は、ぼくが突き止めたんだよ。もし、昔話のとおりにしようと思ったら、ビスコ、人の一人ぐらいさらって、にえにしてたでしょう」

「何ぃ! おれが、そんな真似まね……!」

「するから、ひとだけあかぼし、なんではないのか?」

「メスゴリラは、にウホってつけろや!!」


 ぶつかり合う筋肉体質同士の視線をよそに、ビスコから採取した血液を、真新しいさびいに、しんちように注射するミロ。するとほどなくして、さびいは火の粉のようなほうをやわらかくし、その全身を燃えるたきぎのように赤く光らせる。かさのマーブルようは銀河のようにうずを巻き、うすぐらいはずのほらあなを、あっというまに、昼のように照らしてみせた。


「っ、す、すごい……っ!」


 ミロのみならず、一同がそのようを、かたんで見守る。まさに、この世界にかくされた秘密、秘宝のようなものを、たりにしているという感覚であった。

 ミロはぼうぜんとしかける自分をあわてて奮い起こし、用意してあった調ちようざいに燃えたぎるさびいをしかける。ほどなく、さびいは強化ガラスかんの中でけ、かがやだいだいいろの液体になってゆく。


「この、なぞきのような、さびいの製法……ちがいなく、意図的に仕組まれたものだ。不可思議だが、効果的な技術・薬学。キノコ守りは、やはり世間が言うような、ただのばんじんではない。むしろ、救世の科学の徒、と言って言い過ぎではないかもしれん」パウーはかわいたくちびるを親指のつめきながら、しっとりとつぶやき、そして目線をビスコへやる。「それもこれも、こんなあかざるが世間で暴れまわっていなければ、いらん誤解が広がることもなかったものを」

「何だとォ、てめえ……! てめえの頭のかたさを、たなに上げて……っ」


 痛みに顔をしかめるビスコを、あわてて助けるミロ。


「ちょっと! けんしないで! 二人とも、重傷なんだよ!?」

「おめーもぼさっとしてねえで、もっと血をけよ! 何本も作っといて、損ねえだろ!」

「バカ! それ以上いたら、ビスコが死んじゃうよ! そんなの、ほんまつてんとうだろ!」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影