錆喰いビスコ

12 ②

「血の気が多いってよく言われる。もう一本ぐらい平気だ」

「絶っっ対、だめ!」


 やかましくビスコと話す弟の横顔は、自分に見せるいつもの顔とはまたちがう、生き生きとしたかがやきに満ちていた。まるで、少年が、たくましく強い父をあおるような。かと思えば、母親が、元気が過ぎる息子むすこを心配するような。それらをあわつ、あこがれと愛情の入り混じった感情を、どんな言葉よりゆうべんに物語っている。


(好き、なんだな。彼が)


 言葉には出さなかった。さびしい気持ちと、なぜか、不思議とあんするような気持ちが、同時にパウーの中にいてくる。

 ビスコの顔を改めてながめれば、いかにもきようぼうそうな犬歯ののぞく顔に、片目を囲む赤い刺青いれずみ。どう考えてもカタギでないそのふうぼうにはしかし、はつらつとした生命力が満ちている。先の、つつへびせんで見せた神域の一弓が、この少年の、何物もつらぬく意志の強さをしようちようしていた。


ひとだけの、あかぼし、か)


 口の中でつぶやいて、立ち上がるパウー。


「パウー、どこへ行くの? まだ、夜はあぶないよ」

「単車の手入れをしてくる。こっぴどくいたんだが、まだ動くからな」

「単車の手入れができるメスゴリラとは、さすが大都会いみはまめずらしいもん飼ってるぜ」

「はっ! 弓のてるサルほどではない」

「言ったかてめえコラァァ──ッ!!!」

「やめなって───っ! うわ、血ぃいてるから、ほらぁ!」


 パウーが笑いながらほらあなを出ようとした矢先、太いハイビームがカッと夜をき、巨大なつつへびなきがらを照らした。たんに強くなった風が草をぎ、千切り飛ばすほど強くおどらせている。


「何だ、こりゃあ! てめえ、自警の差し金か!」

「そんなはずが、あるか! ……見てみろ、軍用生物重機だ。こんな、巨大な……」


 走り寄ってきたビスコへ、目を細めてパウーが返す。目をこらしてみればそれは、巨大に飼育したエゾアンコウに各種そうこう・兵器を取り付けた、つうしようフライファットと呼ばれる、大型の魚型航空重機である。


みや軍事基地のものか……? あんなものが、どうしてここに!」

「はじめましてだな、あかぼしィ」大型機の拡声器から、パウーには聞きなれた声がひびく。


「道中、動向をさぐってはいたんだが、どうしても、お前を殺すチャンスがなくてな。困ったよ、正直。正面きって勝てる相手じゃないし。どうしよう、どうしよう……と、迷っているうちに」


 フライファットの上部ハッチが開いて、しつこくひとみの男が顔を出した。風にあおられるぼうを必死で押さえながら、拡声器を持って続ける。


「いや、ゆうじゆうだんが、いい結果につながるってこともあるんだな。まさか、伝説のれいやくさびいにお目にかかれるとは。生きててくれてよかったぜ、ひとい、あかぼし

「何だァ、てめえは……」


 ビスコのエメラルドのひとみが細くゆがみ、くろかわしつこくのそれとって、ぶつかりあう。


「見たことあると思えば、いみはまの、知事だな。どうしておれの居場所がわかった! コソコソ、てめえのごまに、けさせたか!?」

「バカ言うなよ。お前の旅路をけさせるなんて、はつこうさんはだかで行けって言ってるようなもんだよ。うちはただでさえ、人手不足なんだからな」言いながらくろかわは、とうとう風にふっとばされた自分のぼうを悲鳴とともに見送り、ひどく残念そうに続けた。「列車を使っただろうが。運行記録がよ、送られてくんだよ、県庁にはな。何十年も動いてなかった路線から急に信号がきたら、そりゃ、お前の線を疑うだろ」

「ビスコ、パウー!」ってきたミロが、ビスコのそでを引く。


ほらあなおくかくれよう。特務隊相手なら、ぼくら三人。負ける相手じゃないよ!」

「でも、やつら、さびいを!」

「そうそう、そのままおくに引っ込んでてくれよなー」


 くろかわの間延びした声が、ゆうこくひびく。


「おれはを追うことをしない主義だ。なにしろこれだけの量のれいやくだからなあ。中央政府にも、かなりびが売れるだろ」


 くろかわの言葉と同時に、フライファットから図太いアンカーがいくすじも発射され、つつへびの体にさる。さびいの森と化したつつへびは、そのままじよじよに宙へがってゆく。


「くそッ、やらせるか、このろうッ!」

「ビスコ、危ないよっっ!」


 こらえきれずに飛び出したビスコを、フライファットのじゆうねらつ。

 ビスコはやまいぬのごとき身軽さでんでそれをかわし、フライファットのけんけて、しぼったごうきゆうちはなった。矢はねらたがわず巨大な魚のけんとらえ、そこからばくはつてきにキノコを咲かす……はず、だったのだが。


「……!? 毒が、まねえ!」


 フライファットのけんには、赤いかさのキノコがわずかに咲くも、ほどなく黒く変色し、くされていってしまう。どんなものにもむ、ビスコ必殺のキノコ毒が通用しないのは、人工物相手にはこれは初めてのことであった。


「うへえ。あんだけこうきん加工して、あやうく咲くとこだ。何発もらえねえ。危ないよ、あかぼし……やはり、こわい。お前を相手にすると……ふるえが、止まらねえ」


 くろかわはぶるりと一度身体をふるわせて、そうじゆうせきのウサギ面に声をかける。


「おい、いつまでってんだよ。引き上げろ。ポロポロ落ちてんじゃねえかよ、さびいが」

「知事! あかぼしは弱っているはずです。ここで仕留めておけば、後続のうれいが!」

「……そうやって、キノコ守りを、あなどると……」くろかわの言葉が終わらないうち、真っ赤な矢がすさまじいりよくで強化ガラスをやぶり、ウサギ面の頰を掠めて操縦席のシートへ突き刺さった。発芽するキノコが、ウサギ面をその勢いで弾き飛ばし、割れたガラスからはるか谷底へその身体を放り出してしまう。


「そうなるというんだ……バカが」くろかわは落ちてゆくウサギ面を見送ってシートのキノコを払い、自らそうじゆうかんにぎると、じゆうをばらまきながら、フライファットを大きくせんかいさせる。


「また会えるよな、あかぼしぃ! こりゃ、ちかいの指輪だ!」


 去り際、くろかわの構えたけんじゆうからおういろだんがんが飛び出し、ビスコをおそう。たびかさなる怪我けがで、じゆうをかわすのがせいいつぱいのビスコの脇腹わきばらに、そのくろかわだんがんが、深々と食い込んだ。


「ぐ、がァッ!」

「ビスコ───ッッ!」


 姉の制止をって飛び出すミロ。くやしさに歯をめ、目を見開くビスコの脇腹わきばらには、おびただしい流血と、ねんちやくしつおういろの毒がこびりついている。


ろうだまを……!」んで、血をくビスコ。だまとは、文字通りさびぎようしゆくしたどくだんで、だんしよから人をくさらせる、どうだんがんである。


「ああ、こんな傷が、また……ビスコ……!」


 なみだで自分へすがくミロしに、ビスコ自身は、うばわれたさびいと、くろかわの黒いひとみおもいをせ、飛んでいく大型機を延々とにらつづけていたのだった。


「ねえ、本当に、ここで打っていかないの?」


 単車にまたがり、エンジンを吹かすパウーを、ミロが心配そうに見つめる。

 さびいアンプルは、うばわれた際にあふれたさびいの残りを集めて、ようやく二本分が調ちようざいできた。ジャビと、パウーの分……本来であれば、目的達成というところだ。

 そして、ジャビの寿じゆみようきぬうちにアンプルを届けられるのは、いみはま自警所有の高速道を使用できる、自警団長のパウーしかいない。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影