錆喰いビスコ

12 ③

「おそらく自警団にも、くろかわのスパイがひそんでいるからな。いまごろはやつも、さびいの薬効のなさにあせっているころだ。もし、私が完治した姿を見せれば、カラクリをあばくために、どういう手段に出るかわからない」


 朝日にぼうかがやかせ、パウーがにこりと笑った。


「平気だ、ミロ。ジャビ老を治したら、私も打つ。二手に分かれて、くろかわの目が私へ向くうちに、きよをついてお前達がける形にもなる。そのほうが、くろかわごまも減るだろう」


 パウーはそこで、ぶつちようづらで横を向いているビスコに向き直り、言う。


あかぼし。本当にくろかわを相手取るなら、あまく見るな。やつはとにかくおくびようで……それゆえに、まんしんのないやつだ。自警も、他県も、やつには手が出せない。あの手合いは、あくらつごわいぞ」

「……さびいの秘密に気づかれれば、キノコ守りの血がねらわれる。どっちにしろって出るしかねえ」ビスコは首を一度、ごきりと鳴らして、こともなげに答えた。「同族やらジャビやら、お前やらをいちいち守ってやるより、ろうを殺したほうが早いってだけだ」

「……認めたくはないが。今、ミロは、お前のとなりにいるのが一番、安全だ。ミロは私の命だ。お前にたくして、信じる。必ず、守ってくれ」

「……娘をよめに出す関白オヤジか? てめーは」


 ビスコはパウーの物言いに、なんだかみようされて、かろうじて言い返した。


「まあ、お前も気をつけろ……せっかく助かるんだ。こんなとこで死んでも、つまらねえだろ」


 パウーはそこで、眼前のきようけんづらをじっと見つめ……ミロがむずかるアクタガワの世話に向かったすきを見て、ビスコを手招きした。


「……これを、お前に」


 わたしたのは、先ほど弟から受け取ったばかりの、かがやさびいアンプルである。


「何だ。こりゃ、お前のアンプルだろ! ミロが、お前のために……」

「あの子を守れるのは、もう私ではない。お前なんだ、あかぼし。これからくろかわと決着をつけるなら、なおさらだ。お前の、その、腹」


 包帯の厚く巻かれた、ビスコの脇腹わきばらを見る。


「わずかなさびに見えるが、おそらく、自然のものより進みが速い。いざとなったら、使え」

「パウー、お前……」

「ようやく、名前を呼んだな」


 戦士パウーの、めつに見せないはつらつとした笑顔が、朝日にまぶしくかがやく。


「さっさと、くろかわたおして。私を治してくれれば、それでいい。お前の強さをしんらいしている。それだけのことだ」

「……わかった。そこまで言うなら、受け取る」ビスコはうなずき、もどってくるミロにかくすようにして、すばやくアンプルをふところにしまった。


「まあ、でも。どうせすぐにおれが勝つ。ちょっと順番が変わるだけだからな。恩に着せようとしてるんだったら、カウントしねえぞ」


 パウーはそこで、ビスコを見つめたまま、ちょっとぞくっとするほどえんしようし、固まるビスコのあごに手をえて、顔を近づけた。


「わたしとの、はじめの戦いを、覚えているか?」


 いきまじりの、ささやくような声。


びた私を見て、美人と言ったのは……お前ぐらいだ、あかぼし


 ビスコはあまりのことにきようがくし、目をらすことすらできない。


「お前もよく見れば、しい……可愛かわいい顔をしているよ」

「なぁっ!?」


 思わず、飛びすさったビスコへ向かって、はははは、と美しい声が笑う。そのまま、パウーはアクセルを入れて、朝焼けのゆうこくを走り出す。


「私の好みには、幼すぎるがな!」


 去り際の台詞ぜりふに、完全に手玉に取られたビスコはみし、なんとか言い返してやろうとするものの、もつれた舌はうまい言葉をせず、結局地平線の向こうへ消えるパウーを見送りきってしまった。

 横で、なんだかニヤついているミロの気配を察し、絶対にそちらを向くまいとするものの、ミロのほうがくるくると回り込んでビスコの顔をうかがいにくる。


「オウコラ! 何だてめえ! 文句あんのか!」

「ねえービスコさあ、彼女いるの? いないんでしょー。どう? うちのパウー」

「やだよ。あんなゴリラ」

「ドキっとしてたじゃん」

「してない」

「Eカップっす」

「うるッせえんだよ、なんなんだてめえ急にぃっっ!!」


 アクタガワがひまそうに歩いてきたのを見て、ビスコは真っ赤な顔を見られまいと横を向き、ごういんに話をえる。


「パウーが言うには、あの飛びアンコウはしもぶきちゆうとんにしまってあったやつらしい。遠回りだけど、ぬまを通ってしもぶきへ向かおう。そこで、さびいをもどすからな」

「うん、わかった……!」


 ミロへ言って一度うなずくと、ビスコはいつもの身軽さでね、アクタガワのくらへ飛び乗り……

 そこで、ずるり、と。

 足をもつれさせててんとうし、草の上にたおれる。ビスコは、自分でも何が起こったかわからないような顔で、数回、み、何度か血をいた。


「ビス……コ……!」


 不思議そうにのぞむアクタガワの前で、ビスコのひとみは、きようがくらくたん、その両方を示すように見開かれている。アクタガワに、乗れなかった。その、さいな、わずかなズレが、明確に自身の身体のおとろえ、むしばむ毒を痛いほどビスコに自覚させた。

 えかねてミロが走り、ビスコにかたを貸す。ビスコは少し笑って、口元の血をぬぐった。


「……くくく。悪いな、手間かけて」

「そんなこと、ない……」

「あのざまじゃ。もう、お前を、れねえな」

「そんなこと! ないよっっ!!」


 泣き出さんばかりのミロを元気づけるように、ビスコはミロのうでをどけ、今度はすばやくアクタガワのくらへ飛び込んでみせた。追って乗るミロに手を貸して、つぶやくように、言う。


「平気だ、ミロ。おれは強い。どんなに傷だらけでも、くまが強いのと同じだ。身体が、毒にまれても。たましいには、傷ひとつ、ない。おれの中で変わらずに、脈打つのを感じる」

「……。」

「行こう」


 歩き出すアクタガワの上で、ミロは静かにビスコにい、ただ、おもった。


(こんな事、言ったら……)

おこるかな? ビスコ。)

(でも。)

(きみが、ぼくのかわりに受けた、傷の分だけ……)

(今度は、ぼくが、きみのたてになる。)

(きみのやりになる。)

ぼくの、ちっぽけな身体と、こころのありったけをけて、)

(きみの道をさえぎる、すべてから、きっと……)

(きっときみを、守る……。)


 ゆうこくに朝日がかがやき、アクタガワをオレンジ色に照らした。陽光に照らされた二人の少年の顔は、傷だらけで、美しく……何かひとつをつらぬくような、尊いかくに染められていた。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影