錆喰いビスコ

13 ②

 そこで、どうやらそこそこにげんそこねたアクタガワがのしのしと歩き出すのを、あわててビスコが追いかける。


「ちょっとビスコ、りに行くつもり!?」

「アクタガワがおこったら、たらふく食わしてやらねえと、許してくれねえんだ。ちょっと、ぬままりで、ハゼでもあさらせる!」

「だめだよ! バカっ! 帰ってきてっ!」

「十分かからねえって。焼き豚にするんだろォー。かわぎめんどくせえから、任せるぜ」


 それでビスコは、自分の身体をおもなやむミロの気持ちなど全く存ぜぬ風で、いかれるおおがにをなかなか器用にあやつってぬまの向こうへ走っていった。


「……っ、っ、バカやろーっ……」


 ミロは、くちびるみ、じりにわずかになみだすらにじませてそれを見送った。それで、帰ってきたらしばらく口をいてやらないことと、そのしようさいなルールをあれこれと頭の中で決めながら、ぬまブタを旅小屋へずるずると運び込むのだった。


 旅小屋に他の旅人はなく、かしきりであった。小屋のすみに備え付けのテレビが点灯し、東北放送の一つしかないチャンネルを映している。

 ミロは短刀を器用にあやつってぶたの皮をぎながら、横目でぼんやりそれをながめている。画面では、灰色のねこが小さいネズミを追いかけるアニメをやっていて、ねこあわれにもわるがしこいネズミのかんけいにはまり、その尻尾しつぽをネズミ取りにはさまれて悲痛な悲鳴を上げた。

 ねこびいのミロがそれに顔をしかめて、電源に手をばす、それと同時に……

 雑音とともに画面にノイズが走り、映像が急にわった。


『えーテステス。割れてるぞ、おい。下げろ。あ。白飛びしてるじゃねえか、バカ。自動にしろ……そうだ素人しろうとはそれでいいんだ。えー失礼。いみはま県庁の公式放送、知事のくろかわです』


 びくりと手を止める。聞き覚えのある、落ち着いた、しかしきもを底冷えさせるような声。


『手配犯あかぼしビスコ、並びにねこやなぎミロへの、定時かんこくだ。東北放送のけんないにいるのは、ちがいないと思うんだがなあ……届いてることをいのる』


 くろかわは言いながら画面の中央に立ち、せきばらいとともにネクタイをめなおす。


ねこやなぎくん。きみの姉は美人だが、バカなので、あかぼしのジジイのほうをオレが張ってるとは想定しなかった……ずいぶん暴れられたが、まんこんじゆつも、ひとじちじゆうを向けられれば、これだ』


 くろかわが、何か人をしばけたじゆうのようなものを、カメラの前へ引き出す。そこにしばけられているシルエットにミロの目はくぎけになり、声にならない悲鳴をのどおくで上げた。


『バカのとくちようの一つにけんが強いというのがありまあこの女はほどバカなのかめちゃくちゃ強いんだ。オレの頭なんか、一息にカチ割りそうなもんだが……不思議なことに、にくきキノコ守りの老いぼれの命が、しかったらしい。……おい、何か言いたいことがあるんだろ?』


 近づけられるマイクに、パウーが顔をらす。くちはしから血の筋が垂れ、手指も、つめがれたのだろうか、目をそむけたくなるほど痛々しくがっている。あまりにも、むごごうもんあとが、パウーの全身のそこかしこから見てとれた。


『なんだよ。ないのか? おかしいな。そんなはずはない……』


 くろかわは言いながら、燃えるこつたんストーブの中に突っ込んである鉄の焼きごてをつかみ、何のちゆうちよも、何のまえれもなく、それをはだの上からパウーの脇腹わきばらに押し当てた。


『うあああああ─────ッッ!!』つうれつな悲鳴と、肉のげる音が、ミロの心臓をなぐりつけるようにひびわたる。くろかわはなんの表情もかべずに、たんたんとパウーに問いかけた。


『なあ、本当にないのか? 言いたいこと。いや、あると思うぞ。思い出してくれ』

『ミ……ロ……!』

『おおよかった。ありました』

あかぼしと、げろ……! ジャビ老は、私が必ず、がす! 私にかまうな、あかぼしなら、あいつなら! 必ず、お前を……があああァッ! あ─────ッ!!』

『出たぞ~~アドリブが。台本通り、やってくんねえとさ。困っちゃうだろオレが』

くろかわは、どうだッ! いみはまはいつぼだっ、おまえたちの、生きる場所じゃないっ』

『うるせえなあもう。なあ、たのむからブック通りにやってくれよ。オレだって、美人のツラぁズタズタにするような真似まね、したくないんだ』


 言いながら、じりじりとげる焼きごてを、びていないなめらかなほおへ近づけるくろかわ。パウーはあらい息を二度、三度といて、うつむいたまま……

 口をにやりとゆがめて、くくく、と、低く、笑ってみせた。


『台本、通り、だと? ははは。その、お前の台本通りに、あかぼしも、死んでくれると。本気で、思っているわけだ、お前は? こんな、くされた女一人、思い通りにできないで……』

『……。おまえ、それ以上……』

げるべきなのは、おまえの方だよ、くろかわ


 傷だらけのパウーの、いどむような視線が、くろかわのそれとぶつかりあう。


あかぼしは強い。おまえごときの考えること、すべて、突き破って、お前を殺すぞ』

『うるッッせえんだッこのアマはーッッ! オラアッ! びメスがっ、死ねッ、死ねェッ』


 くろかわこぶしが、肉をなぐけるにぶい音がひびく。

 音はしつこいほどに長く続いて、パウーがぐったりとうなれてもんの声すらあげなくなったころ、ようやくおさまった。

 くろかわあらく息をつき、ふるえながら、たくじようにあったじようざいびんを手にとってざらざらと口に流し込んだ。ぼりぼりとそれをくだき、水で流し込んで、ようやくひと心地ごこちつく。


『ふう。ふう。なんて、ひでえ女なんだ。ねむれなくなるようなこと、平気で、言いやがって……あっ、おい見ろこのそでんとこ。血が……あーあ。アルマーニが。まあ、あんな調子だ。大した女だよ、お前たちの場所も……《さびい》の正体ももちろん、かなかった』


 くろかわはそこでカメラの前に、だいだいいろかがやくアンプルを取り出し、きん、とつめはじいた。


らしいアンプルだ。知ってるってことだよな? ねこやなぎ。本当のさびいの秘密をよ。あんな申し訳程度の薬効で、まぼろしのキノコのわけがねえもんな……』


 そこでくろかわは声のトーンを落とし、その真っ黒なひとみをカメラへ近づけて、ささやくように言った。


『今月末日の日曜、おお、なんとたいあんきちじつだが。その日にこの女を殺す。わかるよな?

 こうかん条件は……①、さびいの薬効の正体。②、となりにいる、赤いかみのチンピラ。

 それで、お姉ちゃんとトレードしよう……おお、あれだ、オレの秘蔵の漫画コレクションもつけるよ! 火の鳥とか……ほら、スラムダンクもあるぞ。あ、これ9巻までしかねえのか。え? もう終わり? なんだ。つまらん。

 そういうわけで。相棒との次のデートは、いみはま自警の、しもぶきちゆうとんたのむぜ。たのむから早く来てくれよな。らくもなんにもねえしもぶきまで、わざわざ出張してきてやってんだからさあ。

 来てくれるまで、何度も再放送する羽目になるからよ~。早く来てね。

 ほんじゃ。』




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影