錆喰いビスコ

15 ①

 しもぶきちゆうとんは、しもぶきけんへの開発えんいつかんということでいみはまが(無論、一方的に)けんしている出張自警団のきよてんで、毎年、自警団の中から数人が選ばれて三~五年の任期を務める。当然ながら、こんなごつかんの地での任務が団員にかんげいされるはずもなく、自然、内々ではけいとうなどと呼ばれるようになった。

 コンクリートで雑に作られた二十部屋程度の兵舎が二つに、兵器庫、食糧庫、中央にやや大きな総合事務所、そのわきに申し訳程度のこうしやほうが二基。その程度の規模である。

 その、事務所の一室。こつたんのストーブが照らすだいだいいろの明かりの中で、テーブルに向かい合った二人が、何やら手元のカードをいじくり回している。


「よし、オレはこれだ。《ごうのハンマー》で、お前のライフポイントに直接アタックする。ふふ。どうだ? どう防ぐ」

「わたしの負けです」

「オイ。おいおいちがうだろ。見せてみろ……ほら、持ってるじゃねえか《しんちゆうたて》をよ。これで防ぐんだ。その後、この《深緑のもえ》で、オレの……」

「わたしの負けです」

「もういい。話にならん」


 くろかわいまいましげにカードをそこらへ投げ捨てて、対面の黒スーツをまえりでたおした。

 その、黒スーツが、異様な外見をしている。頭皮や、眼球、耳の穴から、無数の細く長いキノコが生え出し、上へびている。およそ、生気というものが感じられず、ただ、くろかわの言葉だけを待って、ぽかりと口を開けている。


「こいつももうダメだ。ユーモアを無くしたら人間は終わりだ……おい、他に、何か相手できるやつはいないのか? ジェンガ以外でだ。あれは、オレは弱い」


 ゆらりと、ストーブの火がゆらめいて、戸口から射し込む、一人のかげを映した。

 くろかわは、こしけてそのかげへ視線を投げ、こつうれしそうな表情をする。


「やあ。やあやあ待ってたんだ。きみ、《カラミティ・ジェム》できるか? こいつら、少しもあそがなくてな。だいじよう、デッキは組んであるから、オレの……」

「パウーを、どこへ、かくした……!」


 空色のかみに、左目をおおう黒いあざ

 美しい青いひとみは、今や報復のほのおに燃え、しぼられた弓は、少しもふるえずにくろかわの脳天にねらいをつけている。


(……ふ──ん)


 くろかわは、そのすきのない、かつてのねこやなぎミロと同一とは思えない気配に、わずかに感心な表情を見せて……そうして、かいそうにこうかくげた。


「……ずいぶん、あのチンピラにしつけられたらしいな、ねこやなぎ。なかなか、サマになってるよ」

ぼくを、めてるなら。こうかい、させるぞ……!」

「あーおい待てよ待てって。つな。オレだってもちろん死にたかない。でも、フェアじゃないだろ? まず、出すもん出して。それからお姉ちゃんってのがスジじゃないのか?」


 ミロは、油断なくその姿勢のままくろかわねらっていて、やがて低い声で言う。


「……さびいの、秘密が知りたいなら。現物がなくちゃ、話にならない」

「まったくもって、先生のおつしやる通りだ。おい、持ってこい」


 くろかわの一言で、黒スーツがさびいの束を運んでくる。それはもちろん、キノコ守りの血の感応のない、まっさらなさびいである。

 ミロは、周囲を囲む黒スーツに油断なく視線を走らせて、さびいに近寄る。そして、ふところから白いほうの満ちた薬管をかかげると、それにゆっくりと赤い薬液を垂らしはじめる。


「……さびいはそれ単体では、ねむっている状態なんだ。他の素材と調合してはじめて、かくせいして……効果を、発揮する」

「なるほどな。流石さすがいみはまきっての名医だ。で……その粉は、何なんだ?」


 ミロは答えない。粉末に薬液が注がれて四秒、五秒。とつぜん、肉をがすようなかおりが、目の前の試験管から、きようれつただよった。


「……!? これはッ! きんじゆつだ! そいつを、殺せっ!」


 せつ、ぼふん! とはくえんが上がり、部屋中にじゆうまんしはじめる。ミロはつかみかかってくる黒スーツ達の頭上をんで、ばやきゆうじゆつで三人、四人と仕留めてゆく。


「ただの医者ガキが、いつの間に、キノコ守りの真似まねごとをっ!」

ぼくを、あなどったぞ、くろかわ……! ここで、おまえを、仕留める!」


 シビレダケのほうそのものを空気中に発芽させる、必殺のきんじゆつ

 ミロは、このシビレダケのこうたい成分を作り出し、事前に自らへ投与している。きんじゆつと医術のそうほうそろってはじめて使える、捨て身の戦法であった。

 けむりを吸った黒服達は数秒も持たずに、鼻や耳から白いキノコを生やし、がたがたとふるえながらゆかたおしてゆく。かろうじて毒をこらえた数人の黒服も、ミロがこんのようにづかに次々となぐばされ、もうそこで動かない。


「目をかけてやれば、付け上がりやがって、貴様ァーッ!」

「借りを、返してやる……パウーの分、プラムの分、ビスコの分ッッ!」


 くろかわふるえる手で構えるけんじゆうをシビレダケの短刀ではじばし、返す刀がばやく二度ひらめいて、くろかわむなもとをそのスーツごとく。

 せんけつがミロの白い顔に飛び、くろかわえるような悲鳴が部屋にひびいた。

 くろかわを守ろうと背後からせまる二体のスーツをきざまにせて、それがどうやら最後だとかくにんすると、ミロはあらい息を整えながら、背後のくろかわに言う。


「……そのシビレ毒で、じきに心臓も止まる。りようできるのはぼくだけだ。パウーとジャビさんを、解放しないと──」


 ──そこで、どすり、と。

 重いかんしよくとともに、何かかたいものがミロの背中をけて、右胸を深々とつらぬいた。


(……?)


 のどおくから、熱いものが上がってくる。

 それは口の中に際限なくまり、ついに「げぼ」とあふて、ひざまずいたミロのひざをびたびたと真っ赤に染めた。


(矢、が……?)


 一本の細矢のやじりが、ミロの右胸から飛び出している。

 激痛が思考を乱した。あらい息をくたび、のどからあふれた血が飛び散って、ゆかよごす。


「シビレダケに、はつダケの発芽質を加えて、ばくはつさせる。そこまでは、みんな考えてたよ。でも、やったやつはいなかった。この毒はガスマスクで、防げないからな」

「……か、は……。」

「ワクチンを作ったな? いや。実際大したもんだよ、ねこやなぎお前は。オレがもし、昔、同じことを考えて……お前と同じ、シビレダケのワクチンを作ってなかったら。ぞっとするぜ。あかぼしどころか、お前にられてたな」


 くろかわはつかつかとミロの前まで歩き……しんちようけいかいして、少しきよをとる。

 ふところから取り出したむらさきいろのアンプルを自分の首筋にして、短くうめけば、ミロがいた傷の血が止まり、傷口がじわじわと再生を始める。


「……な、んで……キノコの、わざを……!」


 ミロが力をしぼって見上げたくろかわの手には、しつこくの、短弓がにぎられている。くろかわづつあさってもう一本矢をつがえると、ミロへ向けてねらいを定める。


「なんでって。そりゃ。」


 くろかわはそこで、黒い目と口をゆがめて、「にィィィ」と笑った。


「オレが、キノコ守りだったからだよ」


 言いざまにくろかわが放つ矢を、ミロのしゆうねんの短刀が、ぎん! とはじいた。ミロはそのままゆかってがり、旋風つむじのように、その短刀でくろかわのどぶえを、る。

 はずであった。


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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