錆喰いビスコ

15 ③

 ミロの声にならないさけびが、吹雪ふぶきの吹き込む部屋にひびわたった。泣きじゃくるミロは、そのままよろよろと立ち上がるくろかわの前にふさがり、ビスコの射線をふさいでしまう。


「とんでも、ねえ、矢を、ちやがる」くろかわは息も絶え絶えに、ミロに寄りかかって、かたぐちを押さえながら言った。「一度、吹っ飛んだうでで助かった……義手じゃなければ、死んでた」

「ミロに、何を、たせた、てめえ……!」

「こないだ、食らっただろ、あかぼしくろかわはこそこそと、ミロの後ろにかくれながら言う。


だよ……かぜの毒性をぎようしゆくした、毒矢だ。たまと同じで高いんだが、仕方ない。お前に、いとりが効く気がしねえからな」


 くろかわの言う通り、ビスコのももひざは、服ごとびきびきとさびおおわれて固まってゆき、その動きをうばっていた。弓をようにも、ミロをたてにされては、この射線からは手が出ない。


「うおお……やべえ、こええ……見てみろ、あの眼をよ。まだどんな手を持ってるかわからねえ……もう一発いっとこうぜ、ねこやなぎ……今度は、そうだな……腹……」

「うわああああッ! やめろっ、やめろおっ、たせるなっ! いやだ、いやだいやだあああっ、やめてっ、お願いだから、ぼくに! ぼくたせないでええ─────っっ!」


 くろかわたんまつをいじれば、ミロはビスコの教えた美しいフォームで弓を引き、それをビスコへ向ける。矢のせんたんには、どす黒いさびかたまりがじくじくとうごめき、えたあくしゆうを放っている。


「おいおいねこやなぎたせないで、って、ガキじゃねんだからよ。たのかたがあるよな。オレみたいなえらい人には。ん? どうするんだ?」

たせないで、ください……くろかわさん……!」

くろかわしゃま、たせニャいでくださいニャン、だ」

「ぐすっ……! ひ、ひっく……! く、黒」

「ターイムアップ」


 ぱしゅん! と、放たれた矢は、そのままビスコの脇腹わきばらさる。傷の重いしよだ。ビスコの口から、びしゃ、と血がし、遠くミロの顔までも飛んで、そのなみだに混じった。


「うえ、え、うええ……! うえええ……!」

「なんだ。悲しいか? 舌が、めないか。そりゃそうだ、そう作った……自殺なんて鹿げてるぞ、ねこやなぎあかぼしだって、必死で生きてるだろ」

「お願い。ビスコをたないで。ぼくを、どうしてもいいから。切り刻んでも、ぶたに食べさせてもいいから。ビスコを助けて……! おねがい、します……」

「だったら、お前に切り札があるよな、ねこやなぎ……さびいの、秘密を、教えろ」

「ミロ……! 言うなッ!」

「言えッッ、ねこやなぎ! 次は相棒の、脳天をブチかせるぞッ」


 ぎりぎりぎり、と、自分の手が弓をしぼる。

 さんざんらしたミロのほおに、新しいなみだが一筋、つ、と伝った。


「……キノコ守り、の、血だ」

「ミロ!」

「純血の、キノコ守りの血と、さびいを……ガーキューブ調合式で調ちようざいする……それで、さびいは本来の薬効をとりもどす。さびを、かす、キノコに……」

「よくできました」


 ビスコが、くちびるんで目をせるのを見て、ミロの目から止めどなくなみだあふれた。

 さきほどの、きようこうなみだとはちがう、ざんかいこんなみだ。ミロはこの数分で、彼のおだやかでやさしい心がえうる、その許容量いっぱいのなみだを、流しきっている。


「それで……ねこやなぎ


 くろかわはミロの横に並び、その顔をのぞんで、ややばつが悪そうに言った。


「当然……わかってたわけだよな? このまま、お前ら二人を、生かして……オレが、帰すわけがねえってことは。そりゃそうだろ? だって。こんな、危ねえ……のがしたら殺しにくるようなやつらを。生かしとくわけねえよな?」

「う……ひっく……!」

「ならいいんだ。プレゼントだ、ねこやなぎあかぼしだけは、苦しませずに殺してやるよ。相棒である、お前の手でな。美しく悲しい、映画的なシーンだ。ほら、弓を引け……」


 ミロは、なみだかすむ目で、ビスコを見つめた。

 黒い矢先が、ビスコの脳天に合い、ぎりぎりとしぼられている。

 その、眼光が。

 その、全身をびつかされてなお、少しもおとろえず光る、緑色の光が。絶望のふちにへたりこむミロの心に、ゆっくりと、あたたかく火をともす。


(ミロ)


 そうぼうが、言った。


て)


 そこで、くろかわの絶望のわなに、九割九分までかっていたミロの頭脳が、でんげきてきひらめいた。わずかに、ぴり、と、ミロにめる生気を感じて、くろかわいぶかしむ。


「おい……ちょっと待」


 ぱしゅん! と、放たれた矢がビスコへ向けて飛び、その脳天を吹き飛ばす、その寸前に。

 ミロとのうんの呼吸で身体をひねったビスコが、その歯で、おそやじりを、がぎん! と食い止めたのである。ビスコは勢いをそのままに身体をひねかえし、をブーメランのように口からブン投げて、くろかわの右目を、こめかみごとえぐった。


「!!?? ぎゃああッ、うお、おあああ──ッ」


 くろかわは、てつぽうみずのように血をく右目を押さえながらくるもだえ、それでもそのしゆうねんで、手に持ったたんまつはなそうとしなかった。

 のどからしぼすようなふんたけびをあげて、にぎりつぶさんばかりにたんまつのボタンを押し込めば、ミロの手が弓をはなして短刀をき、自らののどぶえをかき切ろうと、その切っ先をつぷりとはだへ食い込ませる。


「ミロ!」


 がぎん! と鳴る鉄の音とともに、くろかわかかげたたんまつを、一筋のせんこうがはじいた。

 せんこうは二、三と連続してひらめき、身体をひるがえしてげるくろかわを追って、ゆかさる。そこから真っ白なキノコが、ぼん、ぼん、と風船のようにほこり、くろかわの視界をさえぎった。


「この矢は……!」

げい、ビスコ! ここらは、こやつごまで囲まれとるぞ!」

「ジャビ!」


 がいとうをはためかせて部屋に飛び込んできたしようの姿を認めて、ビスコがさけんだ。

 ジャビが手早く、手製の小さな薬矢をミロにすと、まるで糸が切れたようにミロの身体はだつりよくし、悪夢のようないとだけじゆばくからのがれた。


「っっぷはあっ! はあ! はあ……! じゃ、ジャビさん、ありがとう!」

くろかわめ、ほうの術だけはえおるの。……ワシのきんじゆつにゃ、およばねえがな。ウヒョホ」


 歯をむき出しにして笑うジャビに、ミロがすがるようにたずねる。


「ジャビさん! 姉が、パウーが! どこにも居ないんですっ、かりもなくてっ」

「そらそうじゃ、ワシがもう助けた。いとりがワシに解けぬと思うあたり、くろかわもガキよ」


 ジャビは言いながら、ビスコのひざさったあとを見て、けんに深くしわを寄せた。


「ただ、はどうもならん。ひざはビスコの羽じゃ、ぞう、必ず生かして、治してくれるな」

「はいっ!」

げろってのか……! ジャビは! てめえはどうする気だ!」


 ジャビは次の矢をつがえながら、そのぎょろついた目をくるくると回し、二人に「ニカッ」と笑いかけた。


殿しんがりがおらんでどうする。わしゃ、最後にげるワイ……それにな」


 いつの間にか部屋には、通気口やゆかしたからゆうのようにあふした黒スーツ達で満たされつつあり、身構える三人へ、じよじよにその間合いをめてきている。


「礼をしてやらにゃ。息子むすこを傷物にされてよ。だまってられる親が、いるか?」

「ジャビ!」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
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