錆喰いビスコ

17 ③

てんさくしてやるから遺書でも書け。どっちにしろ、てめえは、死ぬ」

「そうだな」


 ビスコはびついた指でぼりぼりとあごき、あざけるように犬歯を光らせた。


「んで、その、半死人のガラクタが、こわいか? くろかわ。……ガタガタふるえてるぜ、ひざがよ」

らかして、死ねや、あかぼしッ!」


 くろかわさけびに答えるように、を円形におおかべのあちこちからやかましい羽音が鳴り出し、全体をおおってゆく。ばらまかれるじゆうばやく身をひるがえしたビスコの目に映ったのは、腹の左右にじゆうをくくりつけた、ぐんようばちの群れであった。


はちなんざ飼ってやがる」

「オレは、備えがいいんだ……!」

「ケツの穴が小せえって言うんだよ」


 よろよろとくろかわを追うビスコへ向けて、黒スーツ達が群がり、さらじゆうばちねらいを定めてくる。

 ビスコは短刀でくししにした黒スーツをそのままたて代わりにしてじゆうをやり過ごすと、くたばったそいつの巨体をはちへブン投げ、もろともに燃える海へ落とす。

 編隊を組んで飛びかかってくるはちの群れには、づつの中で青く光るミロ製の矢を選び、先頭の一匹をつらぬく。青白い矢は、はちの身体から放射状に蜘蛛くもの糸をばらまき、周囲のはちをまとめてからってその羽を殺し、ぼとぼととへ、足場へ転がした。

 背後の非常口から、際限なくいてくるスーツ達には、ひときわ重いいかりだけの矢をくれてやる。ビスコのごうきゆうせまい通路をへし合って追ってくるスーツどもをまとめてつらぬき、その身体から、どむん! と、ひときわ質量の大きい、でっぷり太ったなまりのキノコを咲かせた。

 簡易な作りの足場は、とつぜんほこったいかりだけすさまじい重さにれずにひしゃげ落ち、追ってくるスーツ達をまとめてさびようこうたたとした。


あかぼしィーッ」

「!」


 はちの相手に気を取られたすき、階段上の足場から、くろかわけんじゆうが火をいた。

 じゆうだんは、とつに身をよじったビスコの脳天をわずかにれ、その緑色の目を深くえぐりいて、せんけつをそこらへりまいた。

 ビスコの手は止まらなかった。くろかわほこった笑みへ向け、矢をしぼる。いちげきひつちゆうの弓がくろかわの脳天をその射線にとらえ、ビスコは片目を失いながらも、勝利を確信する。

 かんじんかなめの、そこで、ばきり、と。

 ビスコのびた左手の指が、音を立ててくだけた。


(! 指が……!)


 不意に放たれた矢は、必殺のねらいと勢いを殺され、くろかわひだりももに突き立つにとどまった。

 くろかわもんのうめきの中で、じよじよに笑いをにじませ、最後にはえるように笑った。


「指が、くだけたか。弓が引けねえか! そうなってるんだよ、あかぼしぃッ! お前がどんなに強かろうが、かんいつぱつでオレが勝つ! そういう風にできてるんだ、世の中は! ちゃんと、てめえみてえなチンピラが、無事に、くされていくようにッッ!」


 ビスコはくだった自分の左手指を見て、一度、目を閉じる。

 もう一度開いた左目は、やはりぎらりと光り、口元も不敵な笑みをくずさなかった。つぶれた右目からたきのような血をこぼしながら、くろかわの笑いに、笑いをもって返してやる。


おれが、弓が引けなくて、それでどうして、お前の勝ちになるんだ? くろかわ


 どうくろかわをしてすくませるような、まみれの、そうぜつな笑み。

 自分のしつこくひとみが、ビスコの緑色のひとみに押し負けるのを感じ、それでもくろかわは、ビスコの顔から目をはなすことができなかった。


げろよ、くろかわ。歯の一本あれば。つめのひとつあれば。おれはいつでも、お前を殺せるぞ」


 ビスコの言葉に、悪夢から覚めたようにして、右足を引きずってげるくろかわ。ビスコがらしたスーツ達が次々にビスコへ群がるたび、ビスコのこぶしがそれらをなぐばして、へ突き落としていく。

 もう、りは出ない。べなかった。燃え立つの空気にやられ、もうビスコの身体全体が、ほうかいまで秒読みであった。それでも、すっかり石像のような自分の身体を引きずって、ビスコは長い足場を歩き、くろかわを追う。

 そこがどうやらの中心、足場の終着点のようであった。


「来るなッ、来るなあかぼしッ。死ね、そこで死ねええッ」


 くろかわの放つじゆうだんが、ビスコの身体をとらつづける。

 かたの肉がはじび、左の耳がび、肺にたまが食い込んで、血が口からあふた。

 それでも、ビスコは歩みを止めない。閉じられることのない片目がぎらぎらと燃え、くろかわつづけている。


ごくへ、落ちろ、くろかわ……!」

「うわああああーッ!」


 ビスコのしゆうねんみぎうでが、くろかわの顔面をとらえ、したたかになぐいて……

 そこで、粉々にくだけた。

 バランスをくずしたみぎひざが、地面に着き、それもやはり、そこでくだけてしまう。ビスコはわずかにのどおくでうめき、左足で立ち上がろうとして、そこにじゆうだんを食らい、前のめりにたおれこむ。

 くろかわはすんでのところで手すりにつかまり、ようこうへの転落をまぬかれていた。全身あせにまみれ、はあ、はあ、とあらい息をつき……そしてひとつたけびをあげて、だんそうに残ったたまりったけビスコへ向けてんだ。

 身体にいくつも穴が開き、血がす。それでも、全身の力をしぼってビスコはもがき、なんとかひざちになってくろかわを見上げた。

 数体のじゆうばちが、ビスコの周りに群がるのを、くろかわが手で制す。


「……なん、なんだ、その、眼は、あかぼし……。」


 息も絶え絶えの風で、くろかわつぶやいた。もはや、気取りも、あざけりも、くろかわにはない。ただ、目の前で宝石のようにきらめくその緑色が、なぜ、そうまでしてかがやくのか、知りたいと思った。


「ピッコロだいおうは、みぎうでを残して、くうにやられたよな……。

 それも、もう、お前にはない。

 四次元ポッケもない。バタコさんも来ない。

 れた顔かかえて死んでいくだけの、くされたボロぞうきんなんだぞ……!

 それで、それでお前は、どうして! 今、そんな顔ができるんだッッ!!」


 ビスコは口をいちもんに結び、くろかわの言葉に任せていたが、その眼を決してらすことはなかった。くろかわの言葉に、答えようとした口をわずかに開けると、血がたきのようにあふれたので、「くく」と一度苦笑してもうしやべるのはやめたようだった。


「お前は。オレに、勝つべきだった、あかぼし……!」くろかわじゆうだんを込めなおし、そのじゆうこうを、ごり、とビスコの額にあてがった。「たのみをひとつ聞いてやる。死ぬ前に、言え……!」

「………………おまえ、が、」

「……あ?」

「おまえが、言え、ボケ」

「……下らねえ、場所で! 死んでいけ、あかぼしィ───ッ!!」


 げつこうしたくろかわの指が、けんじゆうのトリガーを強く引く、そのせつ

 ばずん! とせんこうのようにカッ飛んできた一筋の矢がけんじゆうとらえ、くろかわの手指ごともぎ飛ばした。のどおくから、しぼすようなうめきをらすくろかわの目は、遠く非常口から自分をねらう、空色のかみのキノコ守りを認める。


「ビスコを、はなせ、くろかわ───っ!」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影