「添削してやるから遺書でも書け。どっちにしろ、てめえは、死ぬ」
「そうだな」
ビスコは錆びついた指でぼりぼりと顎を搔き、嘲るように犬歯を光らせた。
「んで、その、半死人のガラクタが、怖いか? 黒革。……ガタガタ震えてるぜ、膝がよ」
「四肢、捥げ散らかして、死ねや、赤星ッ!」
黒革の叫びに答えるように、炉を円形に覆う壁のあちこちからやかましい羽音が鳴り出し、炉全体を覆ってゆく。ばらまかれる機銃、素早く身を翻したビスコの目に映ったのは、腹の左右に機銃をくくりつけた、軍用蜂の群れであった。
「蜂なんざ飼ってやがる」
「オレは、備えがいいんだ……!」
「ケツの穴が小せえって言うんだよ」
よろよろと逃げ出す黒革を追うビスコへ向けて、黒スーツ達が群がり、更に機銃蜂が狙いを定めてくる。
ビスコは短刀で串刺しにした黒スーツをそのまま盾代わりにして機銃をやり過ごすと、くたばったそいつの巨体を蜂へブン投げ、もろともに燃える海へ落とす。
編隊を組んで飛びかかってくる蜂の群れには、矢筒の中で青く光るミロ製の矢を選び、先頭の一匹を貫く。青白い矢は、蜂の身体から放射状に蜘蛛の糸をばらまき、周囲の蜂をまとめて絡め取ってその羽を殺し、ぼとぼとと炉へ、足場へ転がした。
背後の非常口から、際限なく湧いてくるスーツ達には、ひときわ重い錨茸の矢をくれてやる。ビスコの強弓は狭い通路をへし合って追ってくるスーツどもをまとめて貫き、その身体から、どむん! と、一際質量の大きい、でっぷり太った鉛のキノコを咲かせた。
簡易な作りの足場は、突然咲き誇った錨茸の凄まじい重さに耐え切れずにひしゃげ落ち、追ってくるスーツ達をまとめて錆の溶鉱炉へ叩き落とした。
「赤星ィーッ」
「!」
蜂の相手に気を取られた隙、階段上の足場から、黒革の拳銃が火を噴いた。
銃弾は、咄嗟に身を捩ったビスコの脳天をわずかに逸れ、その緑色の目を深くえぐり抜いて、鮮血をそこらへ振りまいた。
ビスコの手は止まらなかった。黒革の勝ち誇った笑みへ向け、矢を引き絞る。一撃必中の弓が黒革の脳天をその射線に捉え、ビスコは片目を失いながらも、勝利を確信する。
肝心要の、そこで、ばきり、と。
ビスコの錆びた左手の指が、音を立てて砕けた。
(! 指が……!)
不意に放たれた矢は、必殺の狙いと勢いを殺され、黒革の左腿に突き立つに止まった。
黒革は苦悶のうめきの中で、徐々に笑いを滲ませ、最後には吠えるように笑った。
「指が、砕けたか。弓が引けねえか! そうなってるんだよ、赤星ぃッ! お前がどんなに強かろうが、間一髪でオレが勝つ! そういう風にできてるんだ、世の中は! ちゃんと、てめえみてえなチンピラが、無事に、死に腐れていくようにッッ!」
ビスコは砕け散った自分の左手指を見て、一度、目を閉じる。
もう一度開いた左目は、やはりぎらりと光り、口元も不敵な笑みを崩さなかった。潰れた右目から滝のような血を零しながら、黒革の笑いに、笑いをもって返してやる。
「俺が、弓が引けなくて、それでどうして、お前の勝ちになるんだ? 黒革」
外道の黒革をして竦ませるような、血塗れの、壮絶な笑み。
自分の漆黒の瞳が、ビスコの緑色の瞳に押し負けるのを感じ、それでも黒革は、ビスコの顔から目を離すことができなかった。
「逃げろよ、黒革。歯の一本あれば。爪のひとつあれば。俺はいつでも、お前を殺せるぞ」
ビスコの言葉に、悪夢から覚めたようにして、右足を引きずって逃げる黒革。ビスコが撃ち漏らしたスーツ達が次々にビスコへ群がるたび、ビスコの拳がそれらを殴り飛ばして、炉へ突き落としていく。
もう、蹴りは出ない。跳べなかった。燃え立つ炉の空気にやられ、もうビスコの身体全体が、崩壊まで秒読みであった。それでも、すっかり石像のような自分の身体を引きずって、ビスコは長い足場を歩き、黒革を追う。
そこがどうやら炉の中心、足場の終着点のようであった。
「来るなッ、来るな赤星ッ。死ね、そこで死ねええッ」
黒革の放つ銃弾が、ビスコの身体を捉え続ける。
肩の肉が弾け飛び、左の耳が削げ飛び、肺に弾が食い込んで、血が口から溢れ出た。
それでも、ビスコは歩みを止めない。閉じられることのない片目がぎらぎらと燃え、黒革を見据え続けている。
「地獄へ、落ちろ、黒革……!」
「うわああああーッ!」
ビスコの執念の右腕が、黒革の顔面を捉え、強かに殴り抜いて……
そこで、粉々に砕けた。
バランスを崩した右膝が、地面に着き、それもやはり、そこで砕けてしまう。ビスコはわずかに喉の奥でうめき、左足で立ち上がろうとして、そこに銃弾を食らい、前のめりに倒れこむ。
黒革はすんでのところで手すりに摑まり、溶鉱炉への転落を免れていた。全身汗にまみれ、はあ、はあ、と荒い息をつき……そしてひとつ雄叫びをあげて、弾倉に残った弾を有りっ丈ビスコへ向けて撃ち込んだ。
身体にいくつも穴が開き、血が噴き出す。それでも、全身の力を振り絞ってビスコはもがき、なんとか膝立ちになって黒革を見上げた。
数体の機銃蜂が、ビスコの周りに群がるのを、黒革が手で制す。
「……なん、なんだ、その、眼は、赤星……。」
息も絶え絶えの風で、黒革が呟いた。もはや、気取りも、嘲りも、黒革にはない。ただ、目の前で宝石のようにきらめくその緑色が、なぜ、そうまでして輝くのか、知りたいと思った。
「ピッコロ大魔王は、右腕を残して、悟空にやられたよな……。
それも、もう、お前にはない。
四次元ポッケもない。バタコさんも来ない。
濡れた顔抱えて死んでいくだけの、負け腐れたボロ雑巾なんだぞ……!
それで、それでお前は、どうして! 今、そんな顔ができるんだッッ!!」
ビスコは口を真一文字に結び、黒革の言葉に任せていたが、その眼を決して逸らすことはなかった。黒革の言葉に、答えようとした口を僅かに開けると、血が滝のように溢れたので、「くく」と一度苦笑してもう喋るのはやめたようだった。
「お前は。オレに、勝つべきだった、赤星……!」黒革は銃弾を込めなおし、その銃口を、ごり、とビスコの額にあてがった。「頼みをひとつ聞いてやる。死ぬ前に、言え……!」
「………………おまえ、が、」
「……あ?」
「おまえが、言え、ボケ」
「……下らねえ、場所で! 死んでいけ、赤星ィ───ッ!!」
激昂した黒革の指が、拳銃のトリガーを強く引く、その刹那、
ばずん! と閃光のようにカッ飛んできた一筋の矢が拳銃を捉え、黒革の手指ごともぎ飛ばした。喉の奥から、絞り出すようなうめきを漏らす黒革の目は、遠く非常口から自分を狙う、空色の髪のキノコ守りを認める。
「ビスコを、離せ、黒革───っ!」