錆喰いビスコ

17 ④

だまれガキッ、それ以上動くと、こいつを……!」


 その、いつしゆんすきに、ビスコの身体がひるがえってぶ。さながらもうじゆうものに食いかかるようにして、大口を開けたビスコはくろかわのどもとへ食らいつき、その歯を深く食い込ませる。そのまま、くろかわもろとも、ビスコは赤くえるの中心へ落ちていった。


「ビスコ────ッッ!!」


 相棒の悲鳴を遠くに聞きながら、ビスコは思いのほかかたい、真っ赤に焼けたさびどろの上にくろかわたたきつけると、歯をめ、そののどぶえを思い切りみちぎった。


「ぎゅばっ、ば、あ! ごぼ、かはっ! かほ───っ!」


 のどからふんすいのようにがる血と、背中をぐしゃぐしゃに焼くの温度。くろかわはそのしつこくひとみいつぱいに見開いて、この世ならぬ苦しみにたけびをあげる。なんとか空気を吸い込もうとのどむしるたび、新たな血が飛びあふれ、さびの海へ飛び散ってはくえんを上げた。


「映画的な、死に方じゃねーか、くろかわ」ビスコは食い千切った肉をそこらへてて、げらげらと笑った。「いつもの下らねえジョークはどうした。アイルビーバックとでも、言ってみるか、くろかわよォーッ!」


 ビスコの左手が、苦しみにもだえるくろかわの顔面にたたきつけられ、そのまま、ずぶずぶと燃えるぬましずめていく。


「あかぼし……! あかぼしいいい……! お前を、殺すんだ、オレは……! キノコ守りを、殺して。おまえを殺して……。すきなだけ、ねむるんだ……!」

「ゆっくりねむれ。てめえの作った、さびの海でな」


 ビスコのうでひときわ、力を増して、とうとうくろかわの顔面を丸ごとさびしずめてしまう。


「がばあああ──っっ!!」


 くろかわのくぐもっただんまつが、ごぽごぽと水面を波立たせ、くるったようにが暴れのたくった。ビスコのうで半分まで頭がしずんだあたりで、そこでようやくくろかわはくたばったらしく、火のついたズボンは燃え上がってそのまま灰になっていこうとしている。

 ビスコは、燃えるさびぬまからゆっくりとうでき、もう、使い物にならないだろう左手をながめて、何故なぜだか、満足げに笑った。足はじよじよに、ずぶずぶとさびしずんでいき、間も無くくろかわと死に場所を同じくすることはわかっていたが、それでも殺風景なこの景色が、不思議となつとくのいく、自分のさいに思えた。

 ふと。

 の上、無数のじゆうばちが転がる、先ほどまでビスコの居た足場に、空色のかみれている。

 ミロが、青い眼になみだをいっぱいにめて、そこへくしていた。

 おおつぶなみだが、後から後から、ぽろぽろとに落ちて、じゅう、とはくえんを上げた。ビスコは、なんとか相棒をなぐさめてやりたくて、それで自分が口下手なことを思い出し、仕方ないので、ミロへ向けて少し、笑ってみせた。


「……約束したのに。ぼくを、相棒だって……ずっといつしよだって、言ってくれたのに!」

「……。」

「いやだよ……さびしいよ、ビスコ。ぼくを、置いていかないで……。」

「ミロ!」


 ビスコはそこで、背中からきはなった自分の弓を、ミロへ向けて放り投げた。

 エメラルドに光る短弓は、さびひとつつけずにきらりと光を照り返し、ミロの手にパシリと収まった。


おれの、肉が。骨が、なくなって、それが何だ? たましいは、死なない。ごくの底からがって、必ずお前を守るぞ。……ミロ。俺達は相棒だ。ずっと、いつしよだ」

「……。」

「だから、……だから、笑え。こわいとき。痛いとき。そういうときは、笑え。おれが、ずっとそうしたみたいに。お前が笑うとき、おれは、そこにいる」


 そこでミロは、くしゃくしゃにくずれていきそうな自分の顔を、せいいつぱい食いしばって。


「にこり」と、なみだをこぼしながら、笑った。

 ビスコはわずかに目を細めて、その泣き笑いのパンダ面を見つめていた。服に燃え移ったほのおが、自分の身体をめて、ゆっくりがそうとしている。ぐらり、と自分の身体がらぐのを、歯を食いしばって、かろうじてビスコはそこへとどめた。


「ビスコっ!」

「ミロ。おれの命を、え」ビスコはあらい息をついて、むなもとをはだけると、そこを指差した。


さびおれを殺させるな。お前が、おれを仕留めて……吸え。おれの命を」

「……。」

「できるか?」

「うん。」


 ミロは、らした目を見開いて、エメラルドの弓を引いた。

 つがえたキノコ矢のねらいは、ぴたりと、ビスコの心臓へ合っている。

 二人のひとみはずっと、おたがいの姿を焼き付けようと見つめ合って、せいひつの中で引き合い、星のようにかがやいた。

 ビスコの教えた構えで弓をしぼるミロの姿は、さながら神話のえいゆうのように美しく、そうで、しかった。なみだは止まらなくても、おそれはもう、ミロにはなかった。


「君、みたいに……。」

「……。」

「君みたいに、生きてみる。何度折れても、くだけても、立ち上がって笑って。そうやって生きてみる。それでせいいつぱいやって、いつか……ぼくが引きちぎれて、粉々になって。たましいだけに、なったら……」

「……。」

「君に、また、会える?」

「うん。」

「……。」

「また、会えるさ。」


 一度だけ、まばたきをした。しんじゆのようななみだが、するりとほおを伝って、あごから落ちていった。



(なにか、上手な言葉を……。)

(あたりさわりない言葉を、ずっと探してたけど。)

(ごめんね。)

(この気持ちを、ほかに、どう言ったらいいか、わからない。)




(愛してる。)




(ビスコ。)

(きみがいなくなっても、ずっときみを、愛してる……。)




『ばしゅん!』


 ミロの放った矢は、風を切って、ドス、とビスコの心臓へ突き立った。ビスコはたおれそうになる身体をこらえ、静かに、胸をいた矢を見下ろした。

 ぷつぷつと、自分の中に、キノコのきんが根を張り始めるのを感じる。

 痛みはもうとっくにしてしまっていて、自分の命をつ相棒の矢の、その痛みを受けられないことは、ビスコにとっていささか残念ではあった。代わりに、何もかもをふわりとつつむような、きようれつねむのようなものがビスコをおそう。ビスコはなるべくなら、できる限り起きていたいと思ったけれど、視界が白く飛んだあたりで、とうとうねむに身をゆだねることにした。何か身体を燃え上がらせるような、きんが身体中にわたる感覚がビスコをつつんで、そしてゆっくりと世界をオレンジ色に染めていった。




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影