ずがん! ずがん! と連続的に続く爆発音とともに、炉全体が大きく震え、ぐらぐらと揺れ始めていた。
轟音を立てて崩れ落ちていく足場を跳ね飛んで、女戦士パウーは声をあらん限りに張り、弟とビスコを探す。
「ミローッ、赤星ィーッ! どこだ、ミローッ!」
弟の安否に心を奪われ死狂いのパウーの頭上に、轟音とともに崩れ落ちる鉄塊、それへ向けて、エメラルド色の弓が、ぱしゅん! と閃いた。
炸裂するシメジの群れに弾け飛ぶ鉄塊の、その粉塵に咽せる姉を抱きとめて、ミロの身体が足場を次々と跳ね飛んでゆく。
「ミロ、無事だったか!」弟の腕の中で、傷だらけの顔を輝かせるパウー。その腕から下ろされながらしかし、怪訝そうに周囲を見回す。「赤星は……ミロ、赤星はどうした!?」
「……ここに、」俯きながら自分の胸を握りしめる、弟の澄んだ表情。ともすれば零れ落ちそうに震えるその瞳が、全てを悟った姉の胸を強く締め付けた。「ここに、いるよ。僕と一緒に」
パウーは絶句して、いつ泣き崩れても無理のない弟の、そのいじらしさにかける言葉を迷い……、結局、強く唇を嚙んでそれを殺した。
「……ガネーシャ砲は、ジャビ老と私で破壊した、あとはここを抜けるだけだ、いけるか!」
「平気だよ、パウー!」
ビスコの死にひとまず蓋をして、崩壊する錆の培養炉から、弾かれたように飛んで逃げる姉弟。鉄骨を跳ね飛び、壁を蹴ってなんとか非常口へたどり着く。ひしゃげたドアをパウーの鉄棍がぶち破り、すんでのところで、二人は轟音を立てて崩れ落ちるドームから抜け出し、転がるようにして撥ね飛ぶ瓦礫を避け、なんとか安全なところまで退いた。
背後にもうもうと立ち上る黒煙を振り返り、パウーが一言、呟く。
「黒革の、妄執の、最後だ……!」
ミロはその隣で静かに、煙の中に残した、相棒に想いを馳せている。
「無事かな?」
静かな声に、弟を振り向くパウー。黒煙を見つめる弟の表情は、静かであり……凍っている悲しみが溶け出すのを恐れるように、わずかに瞳を震わせてもいる。
「無事に、残ってるかなって。ビスコの、身体がさ。」
「ああ。錆を綺麗に取って……焼いてやろう。それで、あいつの里に……」
「ううん。いいんだ。キノコ守りは焼かない。死んだら風葬にしろって、いつも言ってたもの」
ミロは遠く、煙の向こうを見通すように、透き通った声で言った。
「……ただ、会いたいだけかな、僕が……。また、怒られちゃうな」
パウーは強い風に髪をなびかせながら、弟の澄んだ横顔をしばらく見つめていた。少し遠慮がちに、パウーが口を開きかけた、その時であった。
ずうううん! と、轟音とともに崩落したドームから瓦礫が撥ね飛んで、二人へ襲いかかる。
「危ない、パウー!」
横っ飛びに逃げた二人がもといた場所に、巨大な鉄骨が突き刺さる。
二人は弾かれたように逃げ出して距離を取り、勢いを増して吹き上がる煙の向こうへ、もう一度視線を移した。
それは、巨大な『腕』であった。
煙から飛び出すように、巨大な錆色の腕が伸び上がっている。やがてそれが、ぶうん、を空を裂いて振り回されると、基地の監視塔が横薙ぎに倒れ、地面に激突して爆煙を上げた。
大きく風が吹いて煙を散らすと、さきほどまでドームのあった場所に、巨大な、人型のものが二本の足で立ち尽くしていた。その全身は濃い錆の色に覆われ、よく見れば、崩れたドームの鉄くずを巻き込んで、ぎゅるぎゅるとうごめいているのである。
「何だ、あれは!」
絶句するパウーを抱えて、ミロが物陰へ隠れる。基地の戦車が編隊を組んで出撃し、次々に主砲を巨人に向けて撃っぱなした。主砲は、いずれも巨人の腹部と正確に捉え爆煙を上げるも、巨人はそれで身じろぎひとつしない。
やおら、鉄仮面で覆われたような巨人の顔の、口の部分が縦に開く。巨人は、ひとつ大きく息を吸い込んで、
『ごおおおおおおおお』
と、太く濁った息を戦車隊に向けて吐きつけた。息の照射は数秒に満たなかったにもかかわらず、戦車隊はおろか、あたりの道路や施設に至るまで、厚い錆に一瞬で覆われきっている。
「こ、これが、テツジンか……!」
まさしく、世界の滅びをそこに凝縮したような、神のごとき兵器であった。
なおも挑みかかってくる政府陸軍の兵器を、足で踏み、腕で薙ぎ、雑にあしらいながら、テツジンはゆっくりと、しかし明確な意志を持って、どこかへ向かって歩き出しているようであった。
「ただの、錆の培養炉ではなかったのか。なぜ、こんなものが、まだ動く!」
「……。あいつは……」
黒革、という言葉を、ミロは飲み込んだ。
巨人が向かうのは、秋田、子泣き幽谷の方角。加えて虚ろな巨人のその両目から、黒革のドス黒くねばつくような独特の意志の残り香が、わずかに漂うのを感じ取ったのである。
「……もう一度、滅びるのか、日本は……。」
絶望に吞まれて巨人を見上げるパウーの横をすり抜けて、ミロは駆け出した。
慌てて後を追うパウーを突き放して、ミロは素早くパウーの単車にまたがり、アクセルをかける。
「ミロ!」
「子泣き幽谷へ向かってる」ミロは透き通った声で、しかし決然と、姉に答えた。
「筒蛇を、錆喰いを根絶やしにする気だよ。させない。僕が、食い止める」
「あの、錆の息を見なかったのか! あいつは、神だ、滅びそのものだ! 近寄っただけで、錆び腐れてしまうんだぞ!」
「僕は錆びない。錆喰いのアンプルを打ったのは僕だけだ。だから、僕にしかできない」
ミロは今にも泣き出しそうなパウーの頰に手を寄せて、静かに言った。
「行かなくちゃ。パウーは、霜吹の人達を逃がしてあげて」
「ばかな! 私も行く! お前を一人で、行かせられるか!」
「パウー」ミロはそこで初めて、そのパンダ顔に、歯をきらりと光らせて、笑った。
「知ってるでしょ。僕はもう、一人じゃないんだ!」
止める姉を振り払って、ミロの乗った単車は粉塵を巻き上げ、一直線に巨人の後を追っていく。その、後ろ姿を遠く目で追って、パウーは締め付けられる胸をぎゅっと手で押さえた。
(死にに行く顔では、なかった……!)
逡巡は、わずかな時間に過ぎなかった。
パウーが自らのなすべきところのために、決然と走り出す、それへ向けて。
ぎゃりぎゃりぎゃり! と地面をタイヤで抉り、中型のバンがその行く手を遮った。助手席のドアを乱暴に蹴り開けて、小柄な少女がパウーへ叫びかける。
「自警団長の、パウーだね! 探したよ! 乗って! すぐ近くに本隊が来てる!」
「本隊が近くに!? 何者だ、お前は!?」
「大茶釜チロル! 名前はどうでもいいよ、黒革を倒すんだろ! 自警の連中、あんたの命令しか聞かねえから、困ってんの! 早く乗って、早く!」