錆喰いビスコ

18

 ずがん! ずがん! と連続的に続くばくはつおんとともに、全体が大きくふるえ、ぐらぐらとはじめていた。

 ごうおんを立ててくずちていく足場をんで、女戦士パウーは声をあらん限りに張り、弟とビスコを探す。


「ミローッ、あかぼしィーッ! どこだ、ミローッ!」


 弟の安否に心をうばわれぐるいのパウーの頭上に、ごうおんとともにくずちるてつかい、それへ向けて、エメラルド色の弓が、ぱしゅん! とひらめいた。

 さくれつするシメジの群れにはじてつかいの、そのふんじんせる姉をきとめて、ミロの身体が足場を次々とんでゆく。


「ミロ、無事だったか!」弟のうでの中で、傷だらけの顔をかがやかせるパウー。そのうでから下ろされながらしかし、げんそうに周囲を見回す。「あかぼしは……ミロ、あかぼしはどうした!?」

「……ここに、」うつむきながら自分の胸をにぎりしめる、弟のんだ表情。ともすればこぼちそうにふるえるそのひとみが、全てをさとった姉の胸を強くけた。「ここに、いるよ。ぼくいつしよに」


 パウーは絶句して、いつくずれても無理のない弟の、そのいじらしさにかける言葉を迷い……、結局、強くくちびるんでそれを殺した。


「……ガネーシャほうは、ジャビ老と私でかいした、あとはここをけるだけだ、いけるか!」

「平気だよ、パウー!」


 ビスコの死にひとまずふたをして、ほうかいするさびばいようから、はじかれたように飛んでげる姉弟きようだい。鉄骨をび、かべってなんとか非常口へたどり着く。ひしゃげたドアをパウーのてつこんがぶち破り、すんでのところで、二人はごうおんを立ててくずちるドームからし、転がるようにしてれきけ、なんとか安全なところまで退いた。

 背後にもうもうと立ち上るこくえんかえり、パウーが一言、つぶやく。


くろかわの、もうしゆうの、最後だ……!」


 ミロはそのとなりで静かに、けむりの中に残した、相棒におもいをせている。


「無事かな?」


 静かな声に、弟をくパウー。こくえんを見つめる弟の表情は、静かであり……こおっている悲しみがすのをおそれるように、わずかにひとみふるわせてもいる。


「無事に、残ってるかなって。ビスコの、身体がさ。」

「ああ。さびれいに取って……焼いてやろう。それで、あいつの里に……」

「ううん。いいんだ。キノコ守りは焼かない。死んだらふうそうにしろって、いつも言ってたもの」


 ミロは遠く、けむりの向こうを見通すように、とおった声で言った。


「……ただ、会いたいだけかな、ぼくが……。また、おこられちゃうな」


 パウーは強い風にかみをなびかせながら、弟のんだ横顔をしばらく見つめていた。少しえんりよがちに、パウーが口を開きかけた、その時であった。

 ずうううん! と、ごうおんとともにほうらくしたドームかられきんで、二人へおそいかかる。


「危ない、パウー!」


 横っ飛びにげた二人がもといた場所に、巨大な鉄骨がさる。

 二人ははじかれたようにしてきよを取り、勢いを増して吹き上がるけむりの向こうへ、もう一度視線を移した。

 それは、巨大な『うで』であった。

 けむりから飛び出すように、巨大なさびいろうでがっている。やがてそれが、ぶうん、を空をいてまわされると、基地のかんとうよこぎにたおれ、地面にげきとつしてばくえんを上げた。

 大きく風が吹いてけむりを散らすと、さきほどまでドームのあった場所に、巨大な、人型のものが二本の足でくしていた。その全身はさびの色におおわれ、よく見れば、くずれたドームの鉄くずをんで、ぎゅるぎゅるとうごめいているのである。


「何だ、あれは!」


 絶句するパウーをかかえて、ミロがものかげかくれる。基地の戦車が編隊を組んでしゆつげきし、次々にしゆほうを巨人に向けてっぱなした。しゆほうは、いずれも巨人の腹部と正確にとらばくえんを上げるも、巨人はそれで身じろぎひとつしない。

 やおら、鉄仮面でおおわれたような巨人の顔の、口の部分が縦に開く。巨人は、ひとつ大きく息を吸い込んで、


『ごおおおおおおおお』


 と、太くにごった息を戦車隊に向けてきつけた。息の照射は数秒に満たなかったにもかかわらず、戦車隊はおろか、あたりの道路やせつに至るまで、厚いさびいつしゆんおおわれきっている。


「こ、これが、テツジンか……!」


 まさしく、世界のほろびをそこにぎようしゆくしたような、神のごとき兵器であった。

 なおもいどみかかってくる政府陸軍の兵器を、足でみ、うでぎ、雑にあしらいながら、テツジンはゆっくりと、しかし明確な意志を持って、どこかへ向かって歩き出しているようであった。


「ただの、さびばいようではなかったのか。なぜ、こんなものが、まだ動く!」

「……。あいつは……」


 くろかわ、という言葉を、ミロは飲み込んだ。

 巨人が向かうのは、あきゆうこくの方角。加えてうつろな巨人のその両目から、くろかわのドス黒くねばつくような独特の意志ののこが、わずかにただようのを感じ取ったのである。


「……もう一度、ほろびるのか、日本は……。」


 絶望にまれて巨人を見上げるパウーの横をすりけて、ミロはした。

 あわてて後を追うパウーを突き放して、ミロはばやくパウーの単車にまたがり、アクセルをかける。


「ミロ!」

ゆうこくへ向かってる」ミロはとおった声で、しかし決然と、姉に答えた。


つつへびを、さびいを根絶やしにする気だよ。させない。ぼくが、食い止める」

「あの、さびの息を見なかったのか! あいつは、神だ、ほろびそのものだ! 近寄っただけで、くされてしまうんだぞ!」

ぼくびない。さびいのアンプルを打ったのはぼくだけだ。だから、ぼくにしかできない」


 ミロは今にも泣き出しそうなパウーのほおに手を寄せて、静かに言った。


「行かなくちゃ。パウーは、しもぶきの人達をがしてあげて」

「ばかな! 私も行く! お前を一人で、行かせられるか!」

「パウー」ミロはそこで初めて、そのパンダ顔に、歯をきらりと光らせて、笑った。


「知ってるでしょ。ぼくはもう、一人じゃないんだ!」


 止める姉をはらって、ミロの乗った単車はふんじんげ、一直線に巨人の後を追っていく。その、後ろ姿を遠く目で追って、パウーはけられる胸をぎゅっと手で押さえた。


(死にに行く顔では、なかった……!)


 しゆんじゆんは、わずかな時間に過ぎなかった。

 パウーが自らのなすべきところのために、決然と走り出す、それへ向けて。

 ぎゃりぎゃりぎゃり! と地面をタイヤでえぐり、中型のバンがその行く手をさえぎった。助手席のドアを乱暴にけて、がらな少女がパウーへさけびかける。


「自警団長の、パウーだね! 探したよ! 乗って! すぐ近くに本隊が来てる!」

「本隊が近くに!? 何者だ、お前は!?」

おおちやがまチロル! 名前はどうでもいいよ、くろかわたおすんだろ! 自警の連中、あんたの命令しか聞かねえから、困ってんの! 早く乗って、早く!」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影