錆喰いビスコ

19 ①

 身体の周りに、羽虫のように飛び回るせんとうを、巨人のうでがけだるげにはらう。

 ぶうん、と空を切るうでをかわしたせんとうはしかし、風とともにこるさびしようにからめとられてその安定を失い、自ら巨人けて突っ込んでゆく。

 自分の身体のそのねんせいさびはだに、なすすべもなくずぶずぶともれてゆくせんとううつろに見つめて、巨人がうめいた。


『……あか……ぼし……』


 基地から出張ってきた何機ものせんとうヘリが、巨人の背中けていつせいじゆうはなつ。

 そのたまは、巨人の体表をごみのようにおおうスクラップや鉄骨をくだきはしても、ほとんどがそのさびはだに飲み込まれ、巨人に傷ひとつ負わせることかなわない。


『あか、ぼ、しい────』


 巨人はかえりざまにさびの息をらし、そつこうせいほろびをそこらへばらいた。こうの風も、土もいつしゆんにしてびつき、ヘリは折り重なるように次々とついらくしてばくえんを上げた。

 巨人は、ものの数秒も持たずに消えていった目の前のきようをしばらくながめていて、それでどうやらもうそれが起き上がってこないことを知ると、むなしげに前進を再開する。

 赤く焼けた砂のこうの、深く割れた谷から上半身を出すようにして、谷の間をかんまんに進む巨人。テツジンが歩みを進めるたび、谷のいわはだにへばりつくように暮らすしもぶき商人のキャンプが、その巨大な身体でこそげ落とされていき、しもぶきの商人達は口々に悲鳴を上げながら、あるものはちくを、あるものを子供を必死にかきいだいて、雪崩なだれをうってしてゆく。

 ふと、その目に。

 巨人の胸ほどのおかの上、一人のひとかげが、風にがいとうをはためかせている。その手に緑色にきらめく弓を持ち、青い眼光は、ひとかけらのおそれも見せずに巨人をにらみすえている。

 巨人は、深くよどみ、ぼやけきった自分の思考のおくのほうが、わずかにざわめくのを、感じた。


「うすらでかいだけのずうたい手に入れて、ずいぶん、ごまんえつじゃねえか、くろかわァ」

『う……お……』

が、死んだと思ったか。あの程度で、お前ごときと。心中してやると、思ったのかよッ!」


 ミロの空色のかみが風に逆巻いて、ほのおのようにおどった。


の名前を言ってみろ、くろかわ。死にたりねえなら、何度でも! ごくへ送り返してやるぞッッ!」

『あ、か、ぼ、し────っ』


 巨人はにわかにげつこうし、その身体を大きく戦慄わななかせて、りかぶったみぎうでおかの上けてたたきつける。岩がくだけ、ふんじんう。すなけむりくようにしてがいとうがはためき、飛び上がったミロの弓から、空気をく一弓が放たれる。

 矢は、地面をたたきつけた巨人の指の一本に深々と食い込み、ぼぐん! と真っ赤なかさのキノコを咲かせ、がんぺきへ巨人の手をめた。空中を飛ぶミロを、残った巨人のひだりうではらうが、ミロは咲いたキノコを足場にねとんでそれをかわし、ひじかたへ向けて二連の弓をたたむ。


『お、───っ』


 ばがん、ばがん、と続けざまに咲くキノコのりよくに、巨人がうめいた。たたきつけられる巨大なうでけながら、ミロはじゆうおうじんに岩山をび、弓を引く。四弓、五弓、つらぬき咲かせたキノコで飛び散る巨人の欠片かけらが、いくたびもミロの身体を打ち、肉をいた。それでもミロの表情は痛みにゆがむことなく、ただ純然とひとつの意志のもとに矢を放ち続ける。

 ほろびのさびを、生命のきんわれ、キノコまみれになってうめくテツジンは、はんきようらんになって身体をこすり、身体に生えたキノコを根こそぎもぎ落とす。そして、ひとつ大きく戦慄わなないて息を深く吸うと、巨大な口を大開きにして、くされの息をミロへ向けてきかけた。

 すさまじいとつぷうさびほんりゆうくされの息がミロを飲み込む。深いおういろおおわれて、その様子すら、うかがうことができない、その、あらしの中に。

 一本の矢がぎらりとまたたき、れるあらしに逆らって、一直線に巨人の口へ向かい、そののどおくへ深々とさった。

 くされの息は、のどからにわかに生え出したキノコによってそこでまり、す先をふさがれたそれが巨人ののどもとを突き破って、蒸気のように吹き出した。

 さびあらしが晴れる。

 ミロはくらりとよろめき、あらい息をついて、そこでついにかたひざをつく。じりけつるいにじませてこそいたが、その白いはだびついていない。さびいアンプルのすさまじい効力を、まさしくミロは、自身の身をもって体現したのである。


おおに、鳴いてまあ……。キノコが、そんなに、痛いかよ?」


 ミロは、ビスコが敵に向けていつもそうしたように、みつくように笑った。


「キノコは、命だ。生きようとする意志そのものだ。おまえみたいな、じんほろびを! ころすために、そこに、咲いたんだッッ!!」


 首やほおいて吹き出す自分の息に、くぐもったうめきを混ぜながら、テツジンは自分の口に手を突っ込んで咲いたキノコをす。回復を待たず、かんはつれずに弓をしぼるミロはしかし、高台でテツジンへ向けてバズーカを構える、しもぶきの武器商人達の姿を遠くに認める。

 商人達は、集落の女子供を守ろうというのだろう、ゆうかんにも次々にテツジンへむけてぶっ放しはじめる。ミロへ向けて大きく手をる一人に、ミロが必死になってさけびかける。


「無茶するなッ! そこからげろーッ!」


 ばくえんを上げるバズーカを何発も首筋にたたまれて、テツジンがいまいましげにうなった。一声えてぐわりと上体をひねると、りかぶったみぎうでを商人達へ向けて思い切り打ち下ろす。

 ずうううん! ろされるテツジンの手元から、思わず目をらすミロ。しかしはくえんが晴れると、何かオレンジ色の大きなものが、商人達の寸前でそれを支えているのを認める。


「アクタガワっっ!」

ぞうォ───ッ! てぇーいっ!」


 アクタガワにまたがるジャビの声を聞いて、ミロはすばやくごうきゆうしぼり、テツジンの手首けてっぱなす。矢はねらたがわず命中してキノコを咲かせ、その痛みにひるんだテツジンのうでを、アクタガワがそのりよりよくでもってはらう。


つづけろ、ぞう! さびに負けとるように見えて、きんはしっかりんどる! りきれば、わしらが勝つ!」


 自身も弓をしぼりながら、ジャビがミロへ向けてさけぶ。

 谷の両岸からテツジンをはさみこむように、二人のキノコ守りが矢を放ち続ける。

 全身をキノコまみれにされた巨人は、くるったように身体をこすってキノコをはらいながら、めにめたくされの息を、アクタガワきつけた。


「ジャビさァ──んっっ!!」


 高台をけずりまわってさびの息をかわすアクタガワだが、しつように追ってくるそれを、とうていけきれるものではない。とうとう巨人の息が、アクタガワをとらえようとする、そのしゆんかん


「けえええええりゃあああ────ッッ!!」


 長いくろかみが、晴れた空に直線をえがく。高台からはやぶさのようにかつくうした白銀の戦士の、こんしんてつこんがずわりと空をき、テツジンのよこつらなぐいて、そのびの息を食い止めた。


「パウーっ!」

「ミロ! いみはま自警が来る、住人は彼らに任せろ!」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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