錆喰いビスコ

19 ②

 テツジンのかたってミロのとなりに飛び降り、てつこんを構え直すパウー。弟が弓を構える間、降り注いでくるテツジンの欠片かけらを、そのこんるってはらう。

 見れば、南の空からはいみはまカラーのエスカルゴが飛来し、地上にはイグアナへいが押し寄せて、混乱にまどしもぶきの商人達を救出し、谷をけてゆく。それをつぶそうとするテツジンへ向けて、エスカルゴのロケットが次々にさくれつし、その動きを食い止める。

 もはや、人類の持てる力を結集して、ひとつのほろびへ向けて立ち向かうような、そうぜつな戦場である。絶え間なく続く、キノコ守りの弓と近代兵器の波状こうげきに、テツジンもとうとうおのれを守るようにりよううでで頭をかかえ、身を守る赤子のような体勢を取り始めた。


「やれるのか……!? もう一息だ、ミロ!」

「待って、何か……!」


 そうとするパウーのうでつかんで、ミロが息を飲んだ。

 何か、テツジンのおくのほうでドス黒いものがうずき、そうとしているのを、本能のおくのほうで感じとったのである。

 テツジンが、ひとつ、ぶるりとふるえる。

 両胸のそうこうばんの一部が開き、中から無骨な、何やら送風機のようなものがしゆつする。ばくえんにまみれながら、テツジンはその両胸のプロペラを、ゆるやかに回してゆき……

 いつしゆんせいじやく。その後に、ごお、と突風が巻き起こり、耳をつんざくような音が一帯をおそった。

 テツジンの両胸から吹き出すとてつもない質量のかぜが、自身のはだすらえぐりながら勢いを増してうずを巻き、たつまきとなって、周囲のがんぺきを粉々にえぐくだいてゆく。

 その場一帯、すべてをくさらせる、死のあらしであった。

 それまでテツジンを囲み、優勢に押していたはずの人類の力は、そこで呆気あつけなくもいつしゆんくだかれてしまった。エスカルゴはまたたくまにさびかたまりとなって地面へげきとつし、しもぶき県民をがしてもどってきたゆうかんなイグアナへい達も、悲鳴も許されずにくされてくだってゆく。

 ミロはパウーをたおして、その身体でできるだけ姉をかばうようにおおう。その二人へ向けて、さびあらしを突っ切り、向かいの谷からんできたアクタガワが、ジャビごと押し込めるように三人を自分の腹へみ、さびの暴風から守る。


「ああ……っ! しっかりしろ、ミロ!」

「おのれ、ここまでか!? もう、一息というところで!」


 そうに胸中をす二人の前で、ミロが、ゆっくりと立ち上がる。よろ、と一度よろめき、アクタガワに寄りかかって少し笑い、そのすべらかな腹のからを愛おしげにでた。


「ミロ……!?」


 姉の声を背後に、ミロはこしのサックから真っ赤なきようそうアンプルを取り出し、自らの首筋に打ち込んだ。劇薬が白いはだきようれつげきで、ミロはわずかに、苦しげにうめく。


「赤い薬管……ばかな、ビシャモンダケの毒か! そんな身体で、つわけがなかろう!」

「ジャビさん、ごめんなさい。パウーを……お願いします」

「このさびあらしが、見えんのか!? 今度こそ、死ぬるぞ、ぞう!」

ぼくが、ビスコだったら、止めますか?」

「むう……!」

「行ってきます!」

「やめろっ、行くな、ミロ───ッ!」


 この、絶え間ないさびぼうふうの中でびずにいられるのは、さびたいせいのあるテツガザミのアクタガワをおいては、さびいアンプルを投与したミロしかいない。それは、事実であった。


ぞうけるほかない……!」


 もがくパウーを必死で押さえ込みながら、ともすれば息子むすこを日に二人失うような予感に、ジャビはしんたんこごえさせてわずかにふるえた。


 さびあらしまたたくされて、それまで自分をさいなんでいたきよう呆気あつけなくほろったので、テツジンはややひまそうに首をぐるりと回す。

 遠く、ぼうふうきようかろうじてのがれ、雪がおおしもぶきげてゆく商人達を見て、口を大きく開き、くされの息を浴びせようとする、その横合いから、

 あばくるかぜいて、けんこんの一弓がテツジンのほおつらぬき、そこを突き破って、ぼぐん! と青いキノコが咲く。

 キノコにくさいきを押しとどめられて、テツジンが「おお」とうなる。


「……のうが小さくて、覚えられないか?」まみれの顔で、くようにえるミロ。


「おまえの相手は、おれだと。言ったはずだ、くろかわぁっ!」


 テツジンがそのうでりかぶり、岩山の上で必死に風にかう、ミロをぎはらう。だんなら、持ち前の身軽さでそれをかわすことなど造作もなかったろうが、飛び上がろうものならさびあらしからられてしまうこのじようきようでそれは不可能だった。さびかたまりをしたたかに打ち付けられて、ミロの軽い身体はすっ飛び、いわはだへとたたきつけられてはくえんを上げる。


「ミロ────ッッ!」


 パウーの悲鳴が上がる。身をよじってあらしの中へ飛び出そうとするパウーを、必死できとどめるアクタガワ、その背中へ向けて、またもやテツジンのひだりうでろされる。

 そこへまた、ぼぐん! と。

 いまはくえんを上げるいわはだから、一筋のキノコ矢が飛び、テツジンの手首をとらえ、アクタガワからがす。その身体中からたきのように血をこぼして、それでもその青いひとみをぎんと見開いたまま、ミロはずるずると身体を引きずってテツジンへ向かってゆく。

 自分へおおいかぶさるテツジンの手に向けて、一弓。テツジンはにぎりしめたミロの身体を持ち上げ、にぎくだこうとするも、にわかに咲き出すキノコの激痛にえかねてミロを取り落とす。ミロは落ちざまに一弓放って、受け身をそこねて地面の上にべしゃりとたたきつけられた。


はなせえっ! ミロが。ミロが! 死んでしまうっ!」

ぞう……!」


 アクタガワとともに必死でパウーを止めるジャビですら、気をけば飛び出していってしまいそうなほど、せいさんな光景であった。ただ、よろよろと起き上がる、血まみれのミロの表情からは、あきらめや、自棄やけのようなものはない。き相棒へのなにかちかいのようなものだけが、その青いひとみまたたいて、純然とテツジンに向かい立っている。

 全く似ていないはずのまなおもかげを、ジャビはミロに見る。まだ、あきらめるのは早いというばくぜんとした予感が、かろうじてアクタガワの内にジャビをとどめていた。



(何で、立てるんだろう?)


 ミロは、何度もさびに打ち付けられ、かえす、その中で、どこか他人ひとごとのように考えている。

 自分の身体がもうぐちゃぐちゃで、とっくに限界なんかとおしていることは、よくわかっていた。それでも、ただそうあるのが当然とでも言うように、自分のうでが弓を引き、足が立ち上がるのに任せていると、無限の勇気のようなものが、身体のおくからいてくるのを感じる。


(ビスコも、こんな気持ちでいたんだな)


 かつて、相棒が居たであろうところに立って、弓を引いている。

 それが、ミロはうれしかった。

 そこでかんいつぱつ、打ち下ろすテツジンの手を横っ飛びにかわすと、一つ、大きく息をつく。


(今なら)


 ビスコのエメラルドの弓を、強く引く。


てるよ。ビスコみたいに)


 血みどろの顔に、青い目がぎらりと光る。

 しぼったごうきゆうが、ばしゅん! と放たれれば、それはテツジンの胸部そうこうつらぬいてさびの肉へ届き、そこでキノコをさくれつさせた。ずがん! と、胸をおおう鉄板がはじんで、プロペラの周囲にまれた無数の配線があらわになる。

 もんにうめくテツジンのすきのがさず、ミロはほとんど転がるようにしてテツジンへけ、飛びつき、そのはだに張り付いて胸へよじ登ってゆく。


「くらええ─────ッッ!!」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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