その首に腕を回し、きつく締め付けようとして、そこでしかし、燃え立つように熱くたぎるビスコの体温にさすがに驚いてしまう。その姿勢のまま四秒ほど堪えて、火傷寸前でとうとう後ろへ飛びのき、憤然とビスコへ向けて怒鳴りつける。
「熱っついよ!! バカっ!!」
「熱い? 俺が?」
「ビスコ、その、身体……!」
そこでビスコは、錆びて砕け散ったはずの自分の右腕が、ぎらぎらとオレンジ色に燃え輝いているのを見て、その脅威にごくりと唾を飲み込んだ。
再生しきっていない薄い皮膚を透かして、筋繊維が赤々と脈打ち、どうやらそれは砕けたはずの両足においても同じで、赤く燃えるビスコの全身は、今なお凄まじいスピードで再生を続けているようなのである。
「何だこりゃ!?」
「ビスコ、前!」
体勢を整えたテツジンが、無事な左腕を振りかぶり、振り下ろしてくる。
ビスコはミロを抱えて横っ飛びにそれをかわし、ミロが渡す緑色の弓矢を受け取ると、その眼光をぎらりと煌めかせて、その弦を思い切り引き絞った。
何か、得体の知れない、自身の内から無限に湧き上がる力にビスコは慄いたが、それを決然と抑えて極限の集中へ変えてゆく。
深く吐いた息から火の粉が漏れ、きらきらと光り、宙を舞った。
「かァッッ!!」
放った矢は、神速、オレンジ色に光る直線となり、細い一本の棒に過ぎないはずのその矢で、巨人の脇腹に隕石が通過したかのような風穴を空けた。ほどなく、大きくぐらつくテツジンのその脇腹を、太陽のごとく輝くキノコが弾けるように食い破り、咲き誇る。
間髪入れずに、ビスコの次の矢が逆の脇腹を捉え、やはり円形状に消し飛ばす。腹のあたりを喰い散らかす太陽のキノコの脅威に、テツジンは慄くような咆哮を上げた。
「っ、す、すごい……!!」
ミロが、自分が都合のいい夢を見ているのではと疑うほどに……それほどに、地獄から舞い戻った相棒の威容は、荘厳であった。
燃えるような赤い髪をゆらめかせ、眼光はエメラルドに光り、全身からオレンジ色に輝く細かな火の粉のようなものを吹き、きらきらと舞わせている。
それはさながら、太陽が人の形をとってそこに立ったような、そういう眺めであった。
「うゥらァッ!!」
叩き下ろされる左腕を足場がわりにカッ跳んで巨人に迫り、胸を貫くように一弓放てば、その巨体は削られた腹の辺りから真っ二つに千切れ飛んで、はるか前方へとすっ飛んでゆく。
巨大な上半身が矢に運ばれるようにぐわりと浮き飛んで、数回、地面を擦り、遠く岩山へと激突して土煙を上げる。鉄と錆が砕ける、凄まじい轟音が、一帯に鳴り響いた。
「ミロ───ッ!」
「パウー! ジャビさん!」
「あれは……! 赤星、なのか……!?」
アクタガワに乗って駆け寄ってきたパウーとジャビは、谷の底で炎のように輝くビスコの威容を目の当たりにし、驚愕に目を見開いた。
谷底では、ビスコの前に倒れ伏したテツジンの下半身から、橙色に輝くキノコの傘が次々と膨れ出し、ばがん! ばがん! と錆を弾き飛ばして、今なお続けざまに咲き誇っている。
「錆喰い! ……しかも、これは、すでに血を吸って……!」
「キノコの、神様じゃ」ジャビはまるで少年のようにきらきらと両目を輝かせ、夢見るようにため息をついた。「こんな話があるか。あいつ、神様になって、帰ってきおった!」
その当人は、爆発的に生え続ける錆喰いの傘の上をぴょんぴょん跳ね飛んで、三人と一匹の前に、どすん! と着地し、輝く粉塵をそこらへ撒き散らした。
「……どうなったんだ、俺は? 何の矢を射っても、錆喰いが咲いちまう。力が湧いて……止まらないんだ。まるで、燃えてるみたいに……」
「ビスコから、出てる、これは……胞子だ! それじゃ、今のビスコは!」
ミロの思考を遮るように、ひときわ高いテツジンの雄叫びがはるか遠く岩山から響き、その上半身が、うめきながら起き上がる。
「野郎、まだ息があるか! 来い、アクタガワ!」
「ビスコ! 僕も行くっ!」
「当たり前だ、ボケ!」
勢い込んで駆け出すアクタガワへ飛び乗るミロとビスコ、それへ向けて、
「使えい、ビスコ!」
ジャビが自分の弓を投げれば、ビスコが後ろ手にそれを受け取り、自分の緑色の弓をミロへパスして、ようやく調子を取り戻してきた風に、ぎらりと笑った。
「大概、しつこい野郎だ、黒革も。引導渡してやろうぜ、ミロ」
「ビスコ、今のきみはたぶん、錆喰いと人間の混血なんだ! 筒蛇の毒に眠ってた錆喰いが発芽して、テツジンの錆を喰ったんだよ。それが今、きみの中で……!」
「んな、急に言われても、わかんねえよ! デカブツの退治が先だ!」
「自分の身体が、そんな事になってて、気にならないの!?」
「俺のことは、お前が解ってる。それでいい!」
ビスコが、ミロのよく知る、いつもの顔で笑う。ミロはそれに、困ったように見惚れて……
「わかったよ、ビスコ!」と、弾けるように笑った。
「よし、アクタガワ、いいぞ! こっからなら、届く!」
ビスコの燃える目がぎらりと光り、弓を強く引き絞る。必殺の一矢を、テツジンのその胸部へ放たんとして……異様な気配を感じ、すんでのところで二人は思いとどまる。
「ビスコ、待って!」
「……何だ!?」
上半身だけで、空を見上げるように起きたテツジンの身体は、凄まじい蒸気を噴き上げて真っ赤に煮え立ち、ぼこぼこと錆の泡すら吹いている。
身体全体のボリュームが明らかに質量を増し、時折、痙攣するように震えている。
「こいつ、膨れていやがる……!」
「赤星────ッ! まてまてまて! 撃つな──ッ!」
アクタガワの後を追いかけて、中型のバンが全速力で走り、ビスコの横につける。驚く二人の前に転がり出てきたのは、煤まみれで咳き込む、小柄なピンク髪の少女である。
「「チロル!!」」
「設計図面を、見つけたんだ、宮城基地ん中で!」チロルはからからの喉になんとか声を通しながら、手に持った分厚い資料をめくってゆく。「今のこれは、平たく言えば、自爆の予兆なんだよ! 下手に撃って刺激を与えたりしたら、ここに東京みたいな大穴が開いちゃう!」
チロルを追うように錆びたバイクを止め、設計図を覗き込むパウー。ジャビはその後部座席から飛び降り、アクタガワを跳ね飛んでミロの上へちょこんと腰掛ける。
「そりゃわかったけど! 撃つなったって、どうすりゃいい!」
「いかん! また、腐れの息を吐きよるぞ!」
集結した五人と一匹へ向けて、赤く膨れ上がったテツジンの口がぐわりと開き、もはや火そのものとなって煮える錆の息を吐き出した。
「ビスコ!」
「おおッ!」
ミロの声に応え、ビスコは瞬時に束ねた矢を、眼前の地面に撃っぱなす。
その矢を爆心地として、ぼぐん! ぼぐん! と、輝く錆喰いが凄まじい勢いで生え出し、巨大なキノコの壁となって腐れの息を食い止めた。
「や、やった! 凄い威力だよ、ビスコ!」
「か、加減がわからねえ……! 少しの力で、一気に咲いちまう!」
しかしそれでも、テツジンの息は止まらなかった。吐けば吐くほどに腐れの息は勢いを増し、天敵である錆喰いすら錆び腐らせようと、猛然たる勢いで吹き付け続ける。
「くそっ、このままじゃ……! チロル! 何か、止める方法はないの!?」
「わあああ、待って待って、待ってよ、バカっ! 必死だよ、あたしだって!」
チロルは血眼でページをめくり、テツジンの停止方法を必死で探す。
「心臓部から逆算して、血管の接続がこの図の通りなら、命令はどこから……? 自立AIがないのに、自爆はどうやって……」