錆喰いビスコ

19 ④

 その首にうでを回し、きつくけようとして、そこでしかし、燃え立つように熱くたぎるビスコの体温にさすがにおどろいてしまう。その姿勢のまま四秒ほどこらえて、火傷やけど寸前でとうとう後ろへ飛びのき、ふんぜんとビスコへ向けてりつける。


「熱っついよ!! バカっ!!」

「熱い? おれが?」

「ビスコ、その、身体……!」


 そこでビスコは、びてくだったはずの自分のみぎうでが、ぎらぎらとオレンジ色に燃えかがやいているのを見て、そのきようにごくりとつばを飲み込んだ。

 再生しきっていないうすかして、きんせんが赤々と脈打ち、どうやらそれはくだけたはずの両足においても同じで、赤く燃えるビスコの全身は、今なおすさまじいスピードで再生を続けているようなのである。


「何だこりゃ!?」

「ビスコ、前!」


 体勢を整えたテツジンが、無事なひだりうでりかぶり、ろしてくる。

 ビスコはミロをかかえて横っ飛びにそれをかわし、ミロがわたす緑色の弓矢を受け取ると、その眼光をぎらりときらめかせて、そのつるを思い切りしぼった。

 何か、得体の知れない、自身の内から無限にがる力にビスコはおののいたが、それを決然とおさえて極限の集中へ変えてゆく。

 深くいた息から火の粉がれ、きらきらと光り、宙をった。


「かァッッ!!」


 放った矢は、神速、オレンジ色に光る直線となり、細い一本の棒に過ぎないはずのその矢で、巨人の脇腹わきばらいんせきが通過したかのような風穴を空けた。ほどなく、大きくぐらつくテツジンのその脇腹わきばらを、太陽のごとくかがやくキノコがはじけるように食い破り、ほこる。

 かんはつれずに、ビスコの次の矢が逆の脇腹わきばらとらえ、やはり円形状に消し飛ばす。腹のあたりをらかす太陽のキノコのきように、テツジンはおののくようなほうこうを上げた。


「っ、す、すごい……!!」


 ミロが、自分が都合のいい夢を見ているのではと疑うほどに……それほどに、ごくからもどった相棒のようは、そうごんであった。

 燃えるような赤いかみをゆらめかせ、眼光はエメラルドに光り、全身からオレンジ色にかがやく細かな火の粉のようなものを吹き、きらきらとわせている。

 それはさながら、太陽が人の形をとってそこに立ったような、そういうながめであった。


「うゥらァッ!!」


 たたろされるひだりうでを足場がわりにカッんで巨人にせまり、胸をつらぬくように一弓放てば、その巨体はけずられた腹の辺りから真っ二つに千切れ飛んで、はるか前方へとすっ飛んでゆく。

 巨大な上半身が矢に運ばれるようにぐわりとんで、数回、地面をこすり、遠く岩山へとげきとつしてつちけむりを上げる。鉄とさびくだける、すさまじいごうおんが、一帯にひびいた。


「ミロ───ッ!」

「パウー! ジャビさん!」

「あれは……! あかぼし、なのか……!?」


 アクタガワに乗ってってきたパウーとジャビは、谷の底でほのおのようにかがやくビスコのようたりにし、きようがくに目を見開いた。

 谷底では、ビスコの前にたおしたテツジンの下半身から、だいだいいろかがやくキノコのかさが次々とふくし、ばがん! ばがん! とさびはじばして、今なお続けざまにほこっている。


さびい! ……しかも、これは、すでに血を吸って……!」

「キノコの、神様じゃ」ジャビはまるで少年のようにきらきらと両目をかがやかせ、夢見るようにため息をついた。「こんな話があるか。あいつ、神様になって、帰ってきおった!」


 その当人は、ばくはつてきに生え続けるさびいのかさの上をぴょんぴょんんで、三人と一ぴきの前に、どすん! と着地し、かがやふんじんをそこらへらした。


「……どうなったんだ、おれは? 何の矢をっても、さびいが咲いちまう。力がいて……止まらないんだ。まるで、燃えてるみたいに……」

「ビスコから、出てる、これは……ほうだ! それじゃ、今のビスコは!」


 ミロの思考をさえぎるように、ひときわ高いテツジンのたけびがはるか遠く岩山からひびき、その上半身が、うめきながら起き上がる。


ろう、まだ息があるか! 来い、アクタガワ!」

「ビスコ! ぼくも行くっ!」

「当たり前だ、ボケ!」


 いきおんですアクタガワへ飛び乗るミロとビスコ、それへ向けて、


「使えい、ビスコ!」


 ジャビが自分の弓を投げれば、ビスコが後ろ手にそれを受け取り、自分の緑色の弓をミロへパスして、ようやく調子をもどしてきた風に、ぎらりと笑った。


たいがい、しつこいろうだ、くろかわも。いんどうわたしてやろうぜ、ミロ」

「ビスコ、今のきみはたぶん、さびいと人間の混血なんだ! つつへびの毒にねむってたさびいが発芽して、テツジンのさびったんだよ。それが今、きみの中で……!」

「んな、急に言われても、わかんねえよ! デカブツの退治が先だ!」

「自分の身体が、そんな事になってて、気にならないの!?」

おれのことは、お前がわかってる。それでいい!」


 ビスコが、ミロのよく知る、いつもの顔で笑う。ミロはそれに、困ったようにれて……


「わかったよ、ビスコ!」と、はじけるように笑った。


「よし、アクタガワ、いいぞ! こっからなら、届く!」


 ビスコの燃える目がぎらりと光り、弓を強くしぼる。必殺のいつを、テツジンのその胸部へ放たんとして……異様な気配を感じ、すんでのところで二人は思いとどまる。


「ビスコ、待って!」

「……何だ!?」


 上半身だけで、空を見上げるように起きたテツジンの身体は、すさまじい蒸気をげて真っ赤にち、ぼこぼことさびあわすら吹いている。

 身体全体のボリュームが明らかに質量を増し、時折、けいれんするようにふるえている。


「こいつ、ふくれていやがる……!」

あかぼし────ッ! まてまてまて! つな──ッ!」


 アクタガワの後を追いかけて、中型のバンが全速力で走り、ビスコの横につける。おどろく二人の前に転がり出てきたのは、すすまみれでむ、がらなピンクかみの少女である。


「「チロル!!」」

「設計図面を、見つけたんだ、みや基地ん中で!」チロルはからからののどになんとか声を通しながら、手に持った分厚い資料をめくってゆく。「今のこれは、平たく言えば、ばくの予兆なんだよ! 下手にってげきを与えたりしたら、ここに東京みたいな大穴が開いちゃう!」


 チロルを追うようにびたバイクを止め、設計図をのぞむパウー。ジャビはその後部座席から飛び降り、アクタガワをんでミロの上へちょこんとこしける。


「そりゃわかったけど! つなったって、どうすりゃいい!」

「いかん! また、くされの息をきよるぞ!」


 集結した五人と一匹へ向けて、赤くふくがったテツジンの口がぐわりと開き、もはや火そのものとなってえるさびの息をした。


「ビスコ!」

「おおッ!」


 ミロの声に応え、ビスコはしゆんに束ねた矢を、眼前の地面にっぱなす。

 その矢をばくしんとして、ぼぐん! ぼぐん! と、かがやさびいがすさまじい勢いで生え出し、巨大なキノコのかべとなってくされの息を食い止めた。


「や、やった! すごりよくだよ、ビスコ!」

「か、加減がわからねえ……! 少しの力で、一気に咲いちまう!」


 しかしそれでも、テツジンの息は止まらなかった。けばくほどにくされの息は勢いを増し、天敵であるさびいすらくさらせようと、もうぜんたる勢いで吹き付け続ける。


「くそっ、このままじゃ……! チロル! 何か、止める方法はないの!?」

「わあああ、待って待って、待ってよ、バカっ! 必死だよ、あたしだって!」


 チロルはまなこでページをめくり、テツジンの停止方法を必死で探す。


「心臓部から逆算して、血管の接続がこの図の通りなら、命令はどこから……? 自立AIがないのに、ばくはどうやって……」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影