錆喰いビスコ

19 ⑤

 ぶつぶつと口の中でつぶやくチロルは、やがてでんげきてきひらめきにがった。


「わ、わかった! ばくトリガーはパイロットの脳だ! 頭部のあの外骨格は、そうじゆうしやを接続する機構を守ってるんだよ。頭をぶちいて、パイロットだけ殺せば、テツジンもばくできない!」

「よし、ドタマをいてやりゃいいんだな!?」

「ビスコ、だめだよ! あの大きい頭のどこに、くろかわがいるかわからない。ビスコの矢のりよくねらいがれたら、それこそ、その場でドカンだよ!」


 くさいきを吹き続けるテツジンの顔を全員が見つめる中、パウーは一度、目を閉じる。そしてひとつ大きく息をき、目を見開いて、その美しい顔でりんとチロルへ向き直った。


「あの、鉄仮面を、割ればいいんだな」

「パウー、まさか!」

「バカな! 死にに行くのと変わらん、ワシと、アクタガワで行く!」

です、かにの力では、加減が効かない」


 パウーはてつこんをひとつ、がうん、とひらめかせると、決然と立ち上がる。


「私のこんは、本来、不殺の術。げきを与えず、よろいだけ割るすべは心得ている。今、この時のために、あつらえたように……」

「不殺の術だあ!?」ビスコはとんきような声を上げて、ひじでミロをいた。


「あんだけ人をボコっといて、よく言うよ。ミロ、お前の姉ちゃん平気でうそつくぞ」

「これから死にに行ってやるというのに、ずいぶんな言い草じゃないか」


 物言いにさすがにムッとしたか、げんそこねた風で、パウーがビスコへにじり寄った。


「欲の多い私ではないが。礼のひとつもなしで、死んでゆくのはつまらんな……」

「な、何だ、お前急にそんな」がらにもなく、しおらしく目をせたパウーに、ビスコがまどう。「生き残ったら、何でも好きなもんくれてやる! だから、そんなツラするな、いみはまの、えある自警団長様が!」

「……ふうん」


 パウーのひとみがきらりときらめいて、いたずらっぽく、せいえんに笑う。


「何でも、好きなものをか……」


 突然、パウーはおそろしい力でビスコのえりくびつかみ、ビスコへおおいかぶさるように顔を寄せると、そのくちびるへ向けて、くように口付けた。ビスコが事態をあくする数秒の間に、パウーはまるでものきばにかけたけもののように、あさるようにしてビスコのくちびるむさぼくす。


「んんぐ──────!!!」


 どんな死地においてすらあわてふためくことのなかったビスコが、この時ばかりは、さながら命の危険を感じたハトのようにばたばたと身体をよじって、たっぷり時間をかけて……命からがら、パウーのごうわんからした。


「あっははははは!!」


 パウーは引いた糸をすすってそでくちびるぬぐい、心の底からかいそうに、すずやかに笑った。それは、弟のミロですられるような、かざも、さびしさもない、美しくじゆんすいな姉の笑顔だった。


さきばらいで、もらっておくぞ、あかぼし!」


 流し目をくれて長いかみをひるがえす、パウーの後ろ姿。

 それをぼうぜんしつで見送るビスコの顔を、ミロがのぞきこむ。きょろりとうれしそうなその視線を受け止めて、ビスコはただ無力な乙女おとめのように、わなわなとふるえることしかできない。


「絶対、いいおくさんになるよ! 美人かつ、ていしゆくで……」

「けだものだろ!」

「Eカップっす」

「うるせえよ!」


 眼をくビスコを見て、ミロも笑った。

 死地にあって、不思議なほどに、心の底に希望が満ちてくる。死をかくしたそうのそれではなくて。ただ無条件に自分達を、明日を信じぬくような、おだやかな確信の中にミロはいる。

 それは、パウーも、ジャビも、チロルも、アクタガワですらもきっと同じであった。ミロのとなりにいる、太陽のような男が、それぞれの心をおおう暗雲をはらって、熱く照らすのを感じる。


「あたし、出来ることはやったからね! これで死んでも、化けて出ないでよっ!」

「チロル! ありがとう! ぼくらのために、命まで、けてくれたんだね!」


 げるようにバンに乗り込むチロルへ向けて、ミロが声をかける。チロルは、おずおずとそれへいて、三つ編みをいじりながら、モゴモゴと返事を返した。


「ま、前二回の、借りを返しただけだよ! そ、それに……」


 ごくり、と一度つばを飲んで、顔を真っ赤に染めたチロルが言う。


「……と、友達が! 目の前で困ってたら。助けるのが、つうでしょっ!」


 言い捨ててドアを閉め、全速で走り出す中型のバン。それへ向けて、ながだまのように燃え立つさびかたまりおそいかかるのを、ろうを背にずわりとんだおおがにが、おおばさみいつせんはじかえした。


「ビスコ! 来るとこまで来たなーッ! ワシらもよぉーッ!」

「油断こくなよ、ジジイ! 最後の最後でくたばってみろ、ごくまでけて、ブンなぐるからな!」

「もう、十分、あの世の話のタネにゃ、困らんが!」


 ジャビはかつての若さをもどしたように、死線にその目をかがやかせた。


「せっかくじゃ、勝って幕引きとするかァ! 行くぞい、じよう!」

「はい!」


 パウーが飛び乗るのと同時に、ジャビがアクタガワにむちをくれると、おおがにばやさびいのかべから飛び出して、テツジンの側面へ回り込んでゆく。巨人はきよをつかれたようにえんの息のふんしゆつを止めると、首をぐるりと回し、走るアクタガワへねらいを定める。


「もう、ばくはつ寸前ってところよの!」

「ジャビ殿どの、私を、放れますか!」

「何ィ!?」

「火の息で、やつかいしかねない。ここから鉄仮面までびます! アクタガワで、私をあそこまで、放ってください!」

「……わっはははは! 大した娘じゃわい!」ジャビは大きく笑って、きっと表情をめ、アクタガワへむちりかぶる。「あいわかった! 念仏はいるか!?」

「結構! あらひとがみの舌を、吸ったばかりです!」

「行けいッ、アクタガワッッ!」


 ハサミでパウーをつかんだアクタガワは、ジャビの合図で地面をってび、たつまきのように巨体を回転させる。そしてそのおそるべきりよりよくの全てでもって、パウーを空中遠くブン投げた。パウーの長いかみが黒い流星のごとく青空に一本の線をえがき、てつこんが陽光にぎらりときらめく。


(私の、こんは、)


 テツジンの口がパウーを向き、大きく開かれる。ぐつぐつとのどえる赤い息が、いまにもさんとして、蒸気をいている。


(命は、この、ために……!)


 カッ、とパウーの目が見開き、かつての、しゆのごとき戦士のふうもどす。空中で身体をよじり、大上段にてつこんりかぶって、


「けえええりゃああああ─────ッッ!!」


 すぱん、すぱん! と、はじけるような音とともに、パウーのてつこんが二度、空をき、テツジンの鉄仮面の、その中心を十文字にいた。

 びしり、びしりと音を立てる鉄仮面は、ほどなくれつを顔全体に走らせ、ごうおんを立ててぼろぼろとくずちてゆく。テツジンはたけびを上げて顔をりたくるもばくはつきざしは見えず、どうやらパウーは本当に、テツジンの肉そのものにはしようげきを与えなかったようであった。


「あいつ、マジでやりやがったぞ!」


 ビスコはテツジンへ向かい走りながら、おどろきをかくさずにミロへさけんだ。


「……いや、やべえ、着地を考えてねえ!」


 ビスコがさけんだとき、ミロはすでに弓をしぼって、遠く落ちてゆく姉にねらいを定めていた。ぱしゅん! と、よどみなく放たれた矢は、空気をいてパウーのてつこんつらぬき、ぼうん! と音を立てて、丸くふくれた巨大なフウセンダケを咲かせた。

 パウーがなんとか意識をもどし、その白いパラシュートをあやつってただようのを見て、すぐさまねらいをアクタガワへ。なおもあばくるうテツジンの、そのえんの息がかれるせつ、ミロの矢がアクタガワの眼前の地面に突き立って巨大ないかりだけかべとなり、老人とおおがにまもいた。


「多少は、やるようになったじゃねえかッ!」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影