錆喰いビスコ

19 ⑥

だんから、そうやってめてよ!」なおかんたんするビスコの後を走りながら、ミロがさけび答えた。


「……ビスコ、あれ!」


 ミロの視線を追ってテツジンを見上げたビスコは、そのむき出しになった頭部に、見覚えのある姿を認める。

 けんの部分にめられた、一人の人間の姿。その身体はもうほとんどさびして、骨がしゆつしていたが、その黒々と光る眼光は、死んでなおしゆうねんをその身に宿す、男の本質をゆうべんに語っていた。


くろかわッ!」


 ビスコのさけびが、くろかわへ通じたか。傀儡くぐつのようにうつろだったくろかわの顔が、わずかに動き、その黒いひとみでビスコを認める。およそ、理性というものがその身に残っているかさだかでないにせよ、くろかわは色めき立つように動き出して、その口をゆがめた。


『あかぼしい──────ッッ!』


 くろかわさけびは、そのままテツジンの口を通して野太いほうこうとなり、びりびりと大気をふるわせた。ビスコのエメラルドのひとみと、くろかわの黒いひとみそうほうの視線がななめにぶつかり合って、そうぜつな火花を散らす。

 ビスコがしぼった矢と、テツジンのえんの息がされるのはほとんど同時であった。テツジン自身すらやしくすようなごくえんの息を、ビスコのけんこんの矢がむかち、まるでたいけんを突き破るロケットのように、そのほのおを破り散らしてゆく。


『オレも、お前と同じだ、あかぼし! お前が強くても、正しくても。はいそうですか、って、死ねねえのは! オレも同じなんだァ─────ッッ!!』


 くろかわの、腹の底からしぼしたようなしゆうねんが、ごくえんの勢いを増す。さけくろかわの肉がけ、骨をかし、眼球がけてそこからほのおいても、ふくがるもうしゆうはなおも熱を上げて留まることを知らなかった。

 くろかわほうかいに呼応するように、テツジンのびた肉のあちこちがけ、マグマのようにほのおす。そしてごくえんはついに、何物をもつらぬくはずのビスコのけんこんの矢を、くろかわの手前、すんでのところでくした。


『消えてなくなれェ─────ッッ!!』


 ごくえんの息が、一気に勢いをもどして二人をやしくす、その寸前、

 ぼぐん! と、すさまじいスピードでがったエリンギが、二人のキノコ守りを空中にげ、そのがいとうを風にはためかせた。ミロが先読みで放ったエリンギの矢は、見事にそのほのおの息から二人を救い、自らは身代わりとなって燃えつきてゆく。


「いけえっ、ビスコ────ッ!」


 ミロの声を背に、息を吸って、弓を強くしぼるビスコ。眼下に見下ろすテツジンの頭部は、ほのおの息にちからき、ややうつむき気味に動きを止めている。せんざいいちぐう、ここが必殺のタイミングにちがいない。

 はずであった。

 ちからきたはずのくろかわの顔が、け果てた目でなおもぐわりとビスコを向き、そのうでを大きくりかぶってなぎはらったのだ。くろかわうでは千切れ飛びざま、つマグマのむちとなって、ビスコの両目をしたたかにえた。


「がッッ!」


 いつしゆんのうちに、射手の命、たかの眼をふさがれたビスコは、それでもしゆうねんで弓をしぼる。ビスコは、ここが死域のぎわであることを知っている。どうあっても、ここでくろかわかなければならぬ、その一心で、ぎり、と歯をしばる。

 その、右手に。

 暖かい手が重なり、重圧にふるえかけるそれを、ぴたり、と押さえた。矢を引く手にも、同じように。ビスコは、眼をふさがれたくらやみの中で、失いかけていた確信をもどすのを感じる。


「弓に、大事なのは、ふたつ。」

「ひとつは、「よく見ること」」

「もうひとつは?」

「信じること。」

ぼくが、」


 すずやかな声が、ささやいた。


ぼくが、きみの眼になる」


 ミロの手が静かに、ほんの少しだけ、照準を動かした。えかけていた力が、意志が、ふつふつと燃え上がり、ビスコの心に火をともす。


「だから、きみが信じて。

 引くんだ。

 強く……」


 ビスコはくらやみの中で、強くしぼられた矢が、二人の命を吸って、かがやくのを感じた。


「当たるよ、ビスコ。」

「うん。」



『ぱしゅん』






 矢が、きらきらと光をまとって、不思議なほどゆっくりと飛んでいくように、ミロには映った。それは、真正面からとらえたくろかわの腹に、吸い込まれるように飛んで行き、

 とす、と、さって、

 ばずごん!!! と、すさまじいごうおんとともにくろかわあとかたもなく消しとばし、テツジンの頭に満月のような大穴を空けた。そのままカッ飛んだ矢は、ほうらしながら、テツジンはおろか背後の岩山をぶっつらぬいて、その腹に風穴を空けてしまう。

 ばがん! ばがん! と、連続的にほこさびいが、テツジンの身体、地面、岩山と、およそ矢がいた空気がかすめたすべての場所から生え出す。

 テツジンは連続して咲くさびいの圧力におさえこまれ、とうとうつぶされるようにしてそのさびいの山にもれてしまう。


『お─────────』


 細く長く、テツジンがだんまつえ、じよじよにその声も、ほこり続けるさびいのばくはつおんつぶされ、聞こえなくなってゆく。

 かつて日本をほろぼしたかい兵器の、それがさいだった。

 ほろびのさびは、無限の生命の力にらされて、今そのなえどこになってたおしたのである。


 落下したしようげきを、さびいのかさかろうじて受け止められて、二人は脈動を続けるその上に転がった。ばくはつてきふくらむキノコの群から、すぐにでもさないといけないのだけれど、もう、二人ともとっくに身体の限界をえていて、指一本動かすのがやっとのありさまだった。


「動けるか! ミロ!」

「むり!」

おれもだ!」


 満身そうの中で、それでも、二人のキノコ守りは、大きな達成感の中で高らかに笑った。


「ビスコ!」

「おう!」

ぼく、役に立てたかな。きみの相棒に、なれたかな!?」


 大きくなっていくごうおんに負けないように、ミロはあらん限りの力で、ビスコへ呼びかけた。

 ビスコはさいに、ぎらりと犬歯を光らせて、高らかにミロへ答える。


おれが矢で、お前が弓だ。俺達は弓矢だ! そういう、二人だった!」


 キノコの脈動がひときわ大きくなり、ばくはつの予感にふるえだす。ミロはさいの力をしぼってキノコの上を転がり、眼をふさがれたビスコににじり寄って、そのうでを強く胸にきしめた。



『ばぐん!』




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
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錆喰いビスコの書影