錆喰いビスコ

20

 巨大なキノコのさくれつは、殺風景なこうに、ものの一分でさびいの森を築いてしまった。

 かつてのテツジンの身体のあとには、ひときわ大きなさびいがキノコのしん殿でんのようにそびえ上がり、ほの暖かくかがやほうをちらちらといている。

 その場にいるだれもが、そのこの世ならぬ光景にれ、言葉のひとつも発しなかった。


「……。れいだ……」


 降り注ぐほうの中、くすパウーが、知らずつぶやいた。はちがねをゆっくりと外し、そこらへ放り捨てると、長いくろかみが静かに降りる。


(勝ったのか、私たちは)


 美しく燃える巨大なキノコの城を、そのひとみが映して、まつおくでふるりとれた。


じよう────ッ、無事だったかーッ」


 すなけむりを巻き上げてアクタガワがけ、パウーの横へつけてブレーキをかける。興奮冷めやらぬジャビは、転ぶようにしてアクタガワを飛び降り、パウーにってそのかたさぶった。


「よく、よく無事だった。やあ。大した女じゃわい」

「ジャビ殿も。よかった……。」

「……お前さん、顔が!」


 ジャビのおどろきを受けて、パウーはてのひらで自分の顔にれてみる。いていたはずの顔の半分は、降り注ぐほうぬぐかされて、今やすっかりはくはだもどしていた。


「あ……!」

「なンとまァ、れいなことよォ」ジャビはうっとりとパウーにれ、ため息まじりに言う。


「すっかり、さびの取れちまって。こんを持たしとくにゃ、もつたいねえよお」

「あなたの、息子むすこのおかげです」


 パウーはジャビから目をはなし、もう一度、キノコの城を見つめた。


「彼が、救ってくれた……あなたを救う、旅の終わりに。あなたや、私だけでなく、みんなを。人間を……」

「あ。あの、バカ!」パウーの言葉を聞いて、ジャビはたんあわてふためく。


「まさか、くたばったんじゃあるまいな! あんたの、弟もじゃぞ!」


 パウーは、おだやかにくすくすと笑って、はるか上空、キノコ城のてつぺんを指差した。

 ジャビが、その指の先を追って、高く、雲に届かんばかりのキノコのかさを見上げると、そこからこちらを見下ろす、小さなひとかげをふたつ、認めることができた。


「ああっ。ビスコじゃ。ビスコじゃーッ! 生きとった、あんの鹿もの、一日に二度も、死んだと思わせおってーッ」


 ジャビはとしもなく、手までたたいてはしゃぎ、喜びにまわった。


「いやまて。あいつら、降りれんのじゃないか。こうしちゃおれん」


 アクタガワに飛び乗ろうとするその首根っこを、パウーがつかまえて、ひょいと引き寄せた。おどろいてげんそうに見上げるジャビと目を合わせて、パウーはいたずらっぽく、くちびるに指を当てる。


「もう少し。もう少し、待ってあげてください。今、あなたを行かせたら……弟に、口をいてもらえなくなる」

「な、何を言うとるんじゃ!?」

「わかるんです。姉弟きようだいだから……。」


 パウーはジャビをきすくめながらおだやかに笑い、はるか上空の弟を見上げた。二つのがいとうが風にはためいて、陽光が照らすキノコの森に、かげとなってびていた。


「……人間ふたり、救うつもりがさ」


 そのまま晴れた空にけてしまいそうな、空色のかみを風にあおられて、ミロが言う。


「とんでもないことになっちゃった。これだけさびいがあったら……いみはまどころか、日本中のサビツキが、治せちゃうよ」

おれはスケールがでかいんだ」

「それ、めっちゃ不器用ってだけじゃないの?」

おれは小器用な男でもある」

「こちら側のどこからでも切れます、ってやつ、どこからも切れないじゃん」

「お前、日本を救った男に、言う言葉か、それが! オウ!」

「見て! ビスコ。みんな、手をってる!」


 地上では、さびあらしを生き残った自警団の面々が、えいゆうたたえるようにかんせいをあげ、手をっている。もうキノコをおそれる者はおらず、だれもが顔いっぱいに勝利の笑みをかべている。

 ビスコもミロの横で地上をのぞむが、くろかわの最後のいちげきで焼けた目は、まだ視力を回復してはいなかった。それこそ遠い地上の様子なんて、ふんぐらいしかわからない。


「まだダメだ。ぜんぜん見えねー。他に何が見える?」

「うん。……パウーが、自警団のみんなにつかまって、どうげされてる! あはは、チロルはトラックいっぱいに、さびいを積んでるよ! アクタガワは……イグアナを追っかけまわしてて、それを、ジャビさんが……」


 ミロのとなり、キノコのかさこしけてビスコは目を閉じ、おだやかな顔で、うれしそうに話すミロの言葉を聞いていて、ふと……れたミロの言葉の、その先をうながす。


「ジジイが、どうしてるって?」

「ビスコ」

「?」


 とすん。と、胸に飛び込んできたミロの頭に、思わずバランスをくずしかけるビスコ。その、こうの言葉を押しとどめるように、何か熱いものが、ビスコの胸を暖かくらすのがわかった。


「ちゃんと、心臓の音が、する……。」


「……約束。……したじゃんか。死ぬ時は、いつしよだって。」


「もう、ぼくを。……ぼくを……、おいてくなよ、ビスコ……!」


 相棒の、せんさいな心が、こらえにこらえてとうとう、けつかいするようになみだになってあふし、ビスコのはだにあたかかくみてゆく。

 ミロはだいに大きく、外聞もなく何度も、何度もしゃくりあげて、ビスコの胸にすがいて子供のように泣いた。

 ビスコは何か、気のいた言葉をかけてやろうと試みて……、それでやはり、こいつの言うようにおれは不器用なんだな、と思い直し、そこでもう何か言うのはやめにした。

 風がひとつ、大きく吹いた。ビスコはおだやかな顔で気持ち良さそうにそれを受け、赤いかみをばさばさとおどらせた。

 二人を照らす陽はやがて夕日となって、遠く地平線の向こうへもぐっていくところだった。


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影